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とらいあんぐるセッションズ


束の間のバラード
#11 Trust You’er Truth



 マキシマが投げてきた戦闘員を避けようと動くラクセウ。だが、そこへ銃声が二つ響く。
 ウィップとヘリのパイロットが撃ったものだ。その三つをどうにか躱す事に成功するが、更に何かが飛んでくる気配を感じてそちらの方へと銃の引鉄を引く。
(サン……グラス?)
 自らが打ち落としたものに対しラクセウが訝しんだ直後、K’が懐へと入り込んでくる。
 何とか遠のこうとするが、それよりも速くK’の肘が鳩尾へとめり込んだ。
「ぐ……」
 ついでK’はローキックを繰り出し、
「オラオラオラオラオラオラオラァ――……ッ!」
そこからジャブ、フック、ハイキック――と息を付く間もないようなラッシュを仕掛けてきた。
「ソラァッ!」
 そして最後に炎を纏った強烈なボディブローで締める。
 爆発。まさにそう呼ぶに相応しい威力を持ったブローを受けてラクセウは数歩たたらを踏む。
 その隙をK’は見逃さない。少し距離を開け、
「終わりにしようぜ……」
 小さくつぶやいてから、全身に炎を纏って体当りを放つ。
「……ッ!」
 ラクセウの目は、火の玉となりこちら目掛けて高速で向かって来るK’を追う。
 避けなければ――そう頭に過ぎるが、身体がまったく言うコトを聞かない。
 結果、躱す事が出来ずにK’に弾き飛ばされて宙を舞う。
 激しく地面に叩きつけられてもんどりうつが、それでも二挺の相棒だけは手放さなかった。
 痛みを堪えて立ち上がり、周囲を見渡すと丁度、マキシマとパイロットの女が残った兵を叩き伏せたところだった。もう立っているのは自分しかいない。
 せめて三人の裏切り者のうち誰か一人は始末したい――そういう意思を込めて拳銃を握りなおすが、ポンと突然肩を叩かれて愕然とする。
「もう、終わりなんだよ。アンタ――」
 耳元でK’の声がした。すでに背後にいる人間の気配に気が付かないほど自分は痛手を負っているのだろうか。
 それでも組織への忠誠はなくならない。せめて一矢報いなければ――そう思い背後にいるであろう裏切り者へと発砲した……つもりだった。
「黒だぜ……」
 だが、引鉄を引いた感触はなく、耳元で再びK’の声が響いて聞こえただけ。気が付くと目の前に左手をポケットに突っ込み右手を高く掲げたK’の姿がある。
「……何時の――間に……?」
 そんなラクセウのうめきは風に溶け、
「真っ黒ッ!」
 K’が声と同時に右手の親指を下に向け振り下ろす。
同時にラクセウの身体のあちこちから爆発するように炎が噴きだす。紅蓮に染まった視界の中、ラクセウは膝を付きゆっくりと地面へ倒れ込む。
「………ったく、どいつもこいつも――」
 そんなK’の呟きを聞いたのを最後に、ラクセウの意識は闇へと沈んでいった。


     ※


「これだけの打ち合いをしても刃毀れしないとは――素晴らしい名刀だ。だが、私に一太刀も浴びせられないのであれば棒切れと変わらんよ?」
 肩で息をし、身体の至る所に切り傷を負いながらも眼光鋭く、美由希とレオナは真っ直ぐにグラキエースを見据えていた。
 彼の言うとおり美由希は愛刀による攻撃を一撃も加えていない。共闘しているレオナもまた一撃らしい一撃をグラキエースに当てていない。
 美由希は大きく息を吐き、強引に呼吸を整えると腰溜めに身体を落とし、左手を前に出し右手を大きく引いた構えを取る。
「ふむ――これまでの数十分のやり取りの間、君が構えらしい構えをしたのはコレが初めてだな。だが……あからさまに突きだと分かる構えに意味があるのかね?」
「余裕ぶりたければ好きなだけ余裕ぶっていて下さい。私達は諦める気はこれっぽっちもありませんから。いくらでも何度でも持てる技を試して、あなたを絶対に出し抜きます」
 その美由希の言葉に、グラキエースは左手を掲げてみせる。
「ならば何度でも試してみたまえ。如何なる手段とて私は防いでみせようではないか」
 交差する視線。対峙し互いに動く機会を探るその脇で、レオナは高まった緊張の真ん中に向かって自身がしているイヤリングを投げる。
 地面に落ちた瞬間――イヤリングが小さな爆発を起こした。
 それが合図。
 美由希は全神経を集中して地を蹴った。ただ一点――グラキエースに意識を向けられる。余計な情報は不要と脳が色彩を排除。極限まで高まった集中力は一瞬を数秒へと感じるほど感覚を引き伸ばし、美由希は自身の神経が生み出す遅々としたモノクロの世界の中を駆け抜ける。
 グラキエースから美由希はどう見えているのか。だが確実に彼は反応し、ガーリアンソードとイーリスランスは鎌首を美由希へと向ける。だがその速度は今の美由希からすれば遅く、漂い舞うイヤリング爆弾の煙の中を彼女が抜けるまでに間に合う事はなかった。
 僅かだがグラキエースが眉を潜める。ここへきてようやく彼が見える焦りの色。もっともそんな物が見たいわけではなく。美由希が欲しいのは確実な一撃。
 伸びてくる触手たちの間を縫って踏み込み、
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 神速の突きを放つ。
 人間離れした速度の突き。グラキエースはそれに反応し、掲げていなかった右手を素早く胸元へと寄せてガーリアンソードで盾を作って防ぐ。
 しかし、美由希はそれを承知で突きを撃っている。
「ぬ?」
 突きが当たるか当たらないかのタイミングで手はすでに背のホルスターへと伸びており、突きが防がれるなり逆手で抜刀し鋭い呼気とともに振り上げる。
「ふっ!」
 その一撃で相手の右手を僅かばかり弾く。そこへ振り上げの際引いた右手でもって右から左へ一閃を描いた。
「せいっ!」
「……っ!」
 だがそれはグラキエースが強引なスウェーバックをした事で腹部を浅く裂く程度で終わる。しかし美由希の攻撃はそれだけでは終わらず、上に伸びきった左手の刃を順手に持ち直し、
「破ぁぁ――………ッ!」
 袈裟懸けの要領で振り下ろした。それもグラキエースは右手で防ぐが美由希の連撃は終わらない。交差している手を同時に動かし両の刃で間にいるグラキエースを挟み込むように、
「斬ッ!」
 振り抜いた。
 ……それも当たらずに終わる。グラキエース本人の意思では避けられなかったかもしれないが、イーリスランスが咄嗟に足元に向けて衝撃波を噴射。彼の身体を強引に後方へと吹き飛ばした。
 連撃が決まらなかったものの、それでも美由希は焦る事はなかった。
 グラキエース本人はバランスを崩させる事は出来たし、各生体兵器達も動き終えた直後ならすぐに動けないだろう。ならコレで隙を作ることには成功した。こんな大きな隙を――レオナが逃すはずがない。
「キルッ!」
 美由希のその確信にも似た思いに応えるように、レオナは美由希とグラキエースの間に滑り込んで三日月を描くように鋭く手刀を振るう。
 その手刀はザックリとグラキエースの左肩を切り裂くが、同時に触手たちが一斉に衝撃波を放ち美由希もろともレオナを吹き飛ばした。
「なるほど……確かに――届いたな……」
 右手で左肩を抑えつつもその優雅な立ち振る舞いは崩れない。
 ほとんど満身創痍で美由希とレオナは起き上がり、そして何度目かの間合いの開いた対峙をする。
「はぁ――…はぁ――……」
「ふぅ――…ふぅ――……」
 二人とも呼吸は上がり体力も残り少ない。それでも彼女達の精神力だけは尽きる事無く、グラキエースに真っ直ぐ注がれる。
 作戦が潰される事は当然防がなければならない。だがそれとは別に、ここでグラキエースを捕らえる事が出来るなら、もしかしたら彼によって行われるネスツの理不尽な暴力に苦しめられる人が減るかもしれない――そういう思いが美由希の中にはあった。
 レオナもまた……果ての見えぬネスツ絡みの事件に対し、この男を捕らえられれば何かの進展があるだろう事を見越していた。今の任務は香港警防隊との共同戦線ではあるが、ネスツの幹部を捕らえる事は元来の任務として存在している。
「相当息が上がっているようだね高町美由希嬢。あれだけの技、そうとうの消耗があるだろうから当然だろうが――そしてレオナ・ハイデルン嬢。君は今の衝撃波が直撃したのだ、立っているのも厳しいのではないかね?」
 まったくもってその通りだ。二人は胸中でうなずくが、表に出す気などさらさらない。
「別に――まだ、全然やれますよ」
「私も……あの程度で動けなくなるほどヤワではないわ」
 美由希は右手の刃を真っ直ぐにグラキエースに向け、レオナは手刀を構えることでまだ戦えるという意思を示す。
「組織にとってもっともな邪魔者は、圧力や権力、脅しなどでどうにでもなるような軍や事業の上層部などではなく……確固たる信念という槍を胸の裡に持つ――君たちのような戦士、か」
 どこか悟ったような苦笑を浮かべて、グラキエースは軽く右手を掲げる。
「やはり君たちは、今のうちに倒しておかなければならない障害のようだ!」
 言葉に合わせてマントに付いた二本のイーリスランスが襲ってくる。
 二人は悲鳴を上げる身体に鞭打ち、地を蹴る。
「動きにキレがなくなったようだが?」
 グラキエースのその言葉通り、美由希はイーリスランスを躱しきれずに左脇腹を浅く抉られた。
 そしてレオナも一度躱したイーリスランスが地面で跳ね再度襲い掛かってくるのを避けられず、足を掴まれそのまま高く放り投げられた。
「さて? その状態でコレを避けられるかね?」
 そこへガーリアンソードが数発のエネルギー塊を撃ってくる。
「……クッ……」
 強引に身体を捻ることで直撃は避けられたが、左肩と右足を貫かれ、まともに受身を取れないまま地面に激突した。
「あの状況で致命傷を避けられるとは――賞賛に値する。だがもう気力だけでは動けないのではないかねレオナ嬢?」
 レオナは殺気のこもった視線を向けるが、彼の言うとおり睨むだけで精一杯だった。
 美由希もまた、構えてこそいるがもはや攻めるだけの体力は残っていない。
「美由希嬢も――もう攻めてこないのかね?」
 それを知ってか知らずかグラキエースは油断のない、だが優雅さ感じさせる口調で問う。
 美由希もレオナも答えない。だが、それを肯定と受け取ったのか彼は四本ある触手の鎌首を全てもたげさせる。
「では、これで終わりにしよう」
 各二本ずつ、美由希とレオナに向けられる。そしてそれぞれの先端が青白くスパークし始め――
 タン! タン!
 突然響いた銃声に、
「む!?」
 グラキエースはエネルギーのチャージをキャンセルしてそれらを弾く。
「ギリギリ間に合ったか」
 サングラスをかけた大柄の男――クラークが銃を構えながら林の中から姿を現す。
「少尉……」
「ようレオナ。随分とボロボロだな」
「――大佐」
 そしてクラークの横からもう一人、クラークと同じくらい大柄の男――ラルフが姿を現した。
「これはこれはクラーク・スティル少尉にラルフ・ジョーンズ大佐。あなた方には、うちのゼロが――彼の独断とはいえ迷惑をかけた。申し訳ない」
「そう思うなら出頭してくれ。それなら面倒がねぇ」
 慇懃無礼に頭を下げてくるグラキエースにラルフはそう軽口を叩きながらレオナの元へ。クラークは美由希に元へと向かう。
「申し訳ないがそれは出来ない相談だ。私は捕まる気など無いよ」
「それはそれで構わねぇよ。それなら、うちの紅一点と知人から預かった大切な嬢ちゃんを傷つけてくれた礼が出来るってもんだ」
 言いながら上着のポケットから簡単な応急キットを出してレオナの止血をする。クラークも同様に美由希の手当てをした。もちろん、二人とも応急処置をしながらも常にグラキエースの動きに注意を払っている。
「なぜ攻めてこない?」
 クラークが訝しげに問うと、グラキエースは小さく笑い答えた。
「ふ――なぜだろうな。不思議と治療の邪魔をする気が起きないだけ……という答えでは納得いかないかね?」
 言葉の真意を測りかね、ラルフとクラークは眉をひそめる。
 そんな二人を愉快なものでも見たかのように微笑をし、彼は告げる。
「有体と言えば、お嬢様方を気に入った――と言ったところだ。そう訝しがることもあるまい? 私は賞賛しているのだよ。その実力を……そしてギリギリとはいえ君たちという増援が間に合ったという運に――いや、運も実力のうちという言葉もある。ならばそれも実力なのかも知れんな。まぁ……そのような理由から、彼女達への手当てを見逃しているわけだが、納得はしてくれたかね?」
「たぶん――本当です」
 まだどこか納得のいかないラルフとクラークに美由希が、そう応えた。
 それに二人はうなずくと、手早く美由希とレオナの応急処置を終わらせて離れているように告げる。
「待たせたな、って言うべきか?」
「何――この程度待ったうちには入らんよ」
「ケッ――どうにもいけ好かねぇ優男だぜ」
 コキコキと肩を鳴らしながらラルフがうめく。
 だがそんなラルフに対してもグラキエースの立ち振る舞いは変わる事無く、悠然としている。
「それはすまない。私個人としては君たち二人のコンビの優秀さ――聞く限りでは非常に好ましいのだがね」
「なら、俺達のその優秀な経歴に汚点が残る事がないように素直に捕まってくれるとありがたいんだがね」
 ラルフの横へとやってきてクラークが言うとグラキエースは軽く一礼して詫びてきた。
「重ね重ね申し訳ない。私は君たちのその優秀な経歴においては汚点にしかならない存在だよ。しかし、我々のような組織からすると噂に名高い――君たちや香港警防隊のような者達にとっての汚点となりうることは非常に名誉あることかもしれんな」
「……良くしゃべる男だ」
「同感だクラーク」
 うんざりするように肩をすくめて二人は銃を握りなおす。
「いや、失礼。普段まともにしゃべれる相手が兄ぐらいなものでね。まぁ、それもどちらかといえばプライベートよりも仕事の話ばかりだ。こういう機会にあうとどうしても饒舌になってしまうのだよ」
「そうかい。なら俺達がおしゃべりできる場所に案内してやるよ。もっとも、片道切符でしかいけねぇ場所だけどな!」
 最後の言葉を合図に、ラルフとクラークは左右に散開する。
「ふ、面白い。ならばその片道切符――見事私に届けて見せたまえ!」
 左右から放たれた弾丸をグラキエースはそれぞれがーリアンソードで叩き落とし、二人へイーリスランスを伸ばす。
「大佐、少尉、気をつけて! その武器は使用者がふるうだけでなく、武器自らの意思で使用者を守るわ」
「おいレオナ! 何をどう気をつけろって言うんだ?」
 数発銃を撃つがその全てが袖から伸びる触手に阻まれる。クラークも同様だ。
「二人とも気をつけてください。その武器、先端からビームとかも撃ってきます」
「おいおいどこのSFの兵器だ? まったく……」
 レオナと美由希を助けるときに先端がスパークしていたのを見ていたとは言え、改めて戦った人間からそう言われると、驚きを隠せない。
「ええい――クソッ!」
 ラルフは一つうめいてから、銃を右手から左手に持ち変えてグラキエースへとダッシュで近寄る。 「銃が無理なら肉弾戦か? 単純な思考だが、さて――」
 その間にもクラークは空になったカートリッジを入れ替えて銃を使って攻撃する。
 グラキエースの意識はそんなクラークよりも接近してくるラルフに向けられていた。クラークからの攻撃は全てクラーク側のイーリスランスに防御を任せている。
「おおおおおおおおっ!」
「まるで猛牛だな」
 つぶやきグラキエースはラルフに向かってガーリアンソードを伸ばす。
 ラルフは高速で伸びてくる剣を見据え、それをギリギリで避けると素早くナイフを取り出して投げる。
 伸びきったガーリアンソードはすぐに戻りきらない。だから防御にはイーリスランスを使わざるを得ない。あるいはグラキエース自身が避けるという事も出来るだろうが、ラルフがナイフを投げるのに合わせてクラークも同じように走り出していた。走りながらもクラークは銃を撃ってきている。ヘタに身体を動かして防御を担当しているイーリスランスが銃を弾きそびれたなら目も当てられないだろう。
「くっ!」
 一瞬よりも短い逡巡ののち、グラキエースは防御を選ばずにその場から強引に飛びずさり、イーリスランスを無理矢理二人へ向けてほとんどチャージしていないエネルギー波を打ち出した。
 威力こそ大した事はないものの、クラークは銃を弾かれラルフは足元を穿たれてたたらを踏む。
「ふむ……やはり君達は実に優秀だ。今のは少々冷や汗をかかされたよ」
「チィ……おしかったぜ」
「二人が苦戦したのもうなずけますね」
「ああ」
 クラークの言葉にラルフは苦々しくうなずく。
「言っておくが、同じような手はもう食わんよ?」
「だろうな」
 忌々しげに肩を竦め、ラルフは次の一手を考えながらゆっくりと動き出した。



〜NEXT〜






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