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とらいあんぐるセッションズ


束の間のバラード
#12 Blaze / inside of a wilderness



「受けてみな……このブロォォォォッ――……ッ!」
(これが……俺のオリジナルの実力――かよ……)
 凝縮した炎を拳に乗せた京の渾身の一撃。それをナギは両腕をクロスして受け止めた。
「甘ェッ!」
 直後、鋭い京の声とともにその拳に集っていた炎が炸裂する。
 ガードの上から来る強烈な衝撃に耐え切れず腕は弾かれ、それによりバランスを崩した身体は爆炎による衝撃に踏ん張ることが出来ずに吹き飛ばされて地面に転がった。
「へへっ……燃えたろ?」
 人差し指に火を灯し、京はおどけたようにそれを吹き消す。
 地面に横たわりながら、ナギは内心で奥歯を噛み締めていた。
 戦いが始まってから、まだこちらからの有効打を一撃も浴びせられていない。だが、それでもナギは何処か不快な気分にはならなかった。
 確かに多少の悔しさなどはあるものの、こうして京と手合わせしている事に妙な安心感を覚えているのは確かである。
(さすがは親父殿――ってか? とはいえ……一発くれぇを気持ちいいのキメてぇよなぁ……)
 地面に大の字に横たわりながらそんな事を思っていると、突然脳裏に閃くものがあった。
(よし! これなら!)
 全身がギシギシと悲鳴をあげるのを堪えて、笑みを浮かべながらナギは立ち上がる。
「いくぜぇ……親父殿」
「まだ立ち上がれるのか? いいぜ……来な!」
 立ち上がるナギの姿を見、京は口の端を吊り上げた。
「うおおおおぉぉぉ………」
 ナギは右手を掲げると炎を生み出す。見た目だけなら、普段使っている量と変わらないものだ。だが、ひたすらその炎に全力を注ぎ込む。
「ほう――大蛇薙(おろちなぎ)か」
 京がつぶやく。確かに脳内にインプットされている技のそういうのはある。同じように炎を溜めて、その膨大な火力を相手に叩きつける技だ。
 しかし、これからナギがやろうとしているのは大蛇薙ではない。今しがた閃いたナギのオリジナルの技である。
(しかし……俺はなんでこんなに熱くなってんだ?)
 右手に膨大なエネルギーを籠めながら、ふとそんなことを思う。勝敗はもう付いている。これ以上戦ったところでナギには勝ち目はない。それは理解している。
 だが、せめて一撃――と心が、身体が、魂が、自分の全てがそれを熱望していた。
 理由は分からない。それでも、これは絶対にやらなければならない事だと、自分の裡にある何かが訴えている。そう――それこそ、自分の自由を得る為の儀式なのだとでもいうように。
「いくぜぇッ!」
 そこまで考えて――ごちゃごちゃと考える事をナギは止めた。そして走り出す。
 今やるべきこと――それは、
(俺の全力をアイツに……草薙京に――ぶつける!)
「大蛇薙……じゃねぇ!?」
 京が驚いた事にちょっとした喜びを感じながら、ナギはショートレンジまで一気に踏み込む。それと同時に、溜めに溜めた炎を京の足元に向かって解き放った。
「…――ンだとォッ!」
 凝縮された炎は地面に触れると爆発し、巨大な火柱を立たせる。
「見せてやるぜ親父殿! この俺――ナギの全力をォォォォォォァァァァ――……ッ!」
 火柱が京の防御を崩すのを確認するやいなや、ナギは躊躇う事無くその焔の中へ踏み込んだ。
 自らの生み出した紅蓮に染まる視界の中で、ナギはその炎を全身に纏い身体ごとぶつかりにいくかの如き渾身の拳を京に向かって打ち付けた。
「やるじゃねぇか……見直したぜ、ナギ」
 轟々と炎が唸りをあげる中、父親の声がナギの耳に届く。その時、唐突になぜ自分が熱くなっているのかを理解した。
(そうか……俺は親父殿に認めて欲しかったわけだ――親父殿の細胞から生まれたクローンなんかじゃなく、ナギという一人の人間として……親父殿(オリジナル)に――……)
「元からのデータか? 閃きか? どっちにしろ無式級の火力を生み出せる底力があるとはな」
(へへ……)
 なぜコレだけの炎の中で京は平然とこちらに語りかけられるのか分からない。だが、少なくとも自分は認めてもらえた。
「いい一撃だったぜ。だからお礼をやらねぇとな」
(まったく、オリジナルってのは化け物なのか? これを喰らって平然としてんじゃねぇよ)
 自嘲気味にナギが笑う。同時に両肩を掴まれる感触があった。
「……あ?」
 思わず間の抜けた声をだしてしまう。炎が晴れた時、ようやく自分が京に掴まれているのだと気が付いた。
「だが、これで遊びは終わりだ」
 こちらの全力をただの火遊びだとでも言うようなふてぶてしさに、ナギは笑いが込み上げてくる。
「もう俺からは逃げられねぇぞ?」
 言葉通り、ナギを掴む京の手が爆発した。ゼロ距離からの攻撃だ。ガードも何も出来るはずがない。
 そしてその生まれた爆炎を京は纏うと、先のナギの如く自身が炎の化身となって拳によるラッシュを仕掛けてくる。
「うおおおおお――……」
 締めに力強い踏み込みからのボディーブロー――百拾五式・毒咬みが放たれる。さらに返す刀による手刀――四百壱式・罪詠みで腋を打ち、続けざまに身体を捻りつつ地面を蹴って飛び上がり逆の肘――四百弐式・罰詠み――で顎をカチ上げた。
「響けぇぇぇぇっ!」
 そして最後にトドメとばかりに、空中で身体を回しながら両腕を開いて裏拳を放つ。通常の百式・鬼焼きとは比べ物にならない――それこそ京そのものが火柱であるかのような――炎を纏ったその一撃は、爆音を轟かせ、ナギのその身体を大きくぶっ飛ばした。
(強ぇ……マジ強ぇ……)
 オリジナルはネスツによって力の一部を失い最終奥技が使えないということをナギは聞いていた。
 しかし、それがどうしたと言うのだろうか。奥技なんぞ使えなくとも、オリジナルはクローンなど物ともしない強さを持っているではないか。
 どうやらネスツは彼を――彼ら三種の神器と呼ばれる力の持ち主たちを甘くみているようだ。こんな『力』、代々受け継いでいる連中以外が勝手に弄くってどうこう出来るモノではない。
 そうは思うが、ナギは逆にその事実が嬉しかった。これは目標になる。生きていく糧になる。オリジナルに対して自分はどこまでやれるようになるのか……それはクローンとしてではなく、ナギという一人の人間として試してみたい。挑んでみたい命題だ。
 激しく地面に打ち付けられながらも、ナギは仰向けになりながら満足げな笑みを浮かべて言った。
「俺は……アンタのクローンだ……だが、Kナンバーズなんて十把一絡げなんてごめんだし……K‐108って認識番号なんぞクソ喰らえだ……俺は――俺は……ナギって言うんだぜ、親父殿」
「ああ――知ってるよ」
 その言葉に京はうなずき、ニヤリと笑った。
「俺をそこそこ燃えさせてくれる格闘家――草薙流の使い手だってことぐらい、な」
「へ……へへ……っ」
 地面に横たわったままナギはヘラヘラと笑うととぼけたように京に聞いた。
「燃えたろ?」


     ※


 同じ手は食わないと――あの男は二人の傭兵に告げていた。
 確かにそうかもしれない。
 物陰で気配を殺し、出るタイミングを窺いながら、恭也は胸中で男の言葉にうなずく。
 ラルフとクラークのコンビは恭也が到着するよりも若干速くそこにいた。
 すぐに助っ人に出ようかとも思った。だが、二人には悪いが相手の手の内を少しでも知る為に、僅かな間だけでも見ておこうと決めたのである。
 そして、二人の打ち合わせた様子もなく完璧なコンビネーションをとった攻撃をグラキエースという名のネスツの幹部は防ぎきった。
 あの動きを凌ぐとは非常に驚嘆すべきことではあったが、同時に恭也はグラキエースの戦術をある程度まで予想を付けられた。
 確かにグラキエース本人の動きは悪くない。一流レベルと言っても差し支えないだろう。だが、だからといって超一流たる美由希や、あの傭兵達をいとも容易くいなせる理由にはならない。
 グラキエースを超一流たらしめているのは、あの不自然に大きい袖口と、マントの両端の先端についている鞭のような武器。
 ビームを撃ち、使い手よりも早く反応する。
 しっかりとそこまで反芻してから、恭也は八影の片割れを腰のホルスターから外し、左手で鯉口を握った。
 確実に攻撃を与える方法ならあった。
 つまるところ、野生の獣じみた反応を見せるあの四基の武器よりも早く行動すること。
 恭也はラルフとクラーク、そして美由希が確実な援護をしてくれることを祈り、物陰から飛び出した。


     ※


 グラキエースを中心に、ラルフとクラークは円を描くようにジリジリと動きながら間合いとタイミングを計っている。
 油断無くその二人の様子を伺いながらも、グラキエースはとある事に懸念を抱いていた。
 イーリスランスの一つが時々だが、すぐ背後の茂みにほんの僅かな反応を示すのだ。
 警戒と疑惑。生物という特性からくる本能が、茂みの向こうの何かに反応するのだが、機械としての一面が反応がないと判断し、クラーク達への警戒をしろと命ずる。そんな生物と機械――二つの思考が衝突(コリジョン)しているような反応だ。
 こういった時、兄――イグニスならば、機械の反応を信じるだろうが、グラキエースは違った。
(私はレーダーの反応などよりも――生物としての本能こそが信用にたるものだと考えているッ!)
 つまり、茂みの向こうに何かが居るというイーリスランスのカンのようなものを信じたのだ。
 何よりこの街は自分達にとって完全にアウェーであり、予想外の増援等があっても不思議ではない。この場において、戦闘以外の事柄であっても、懸念事項に対してはいくら警戒しても損はないはずである。
 両イーリス、ガーリオンに軍人二人だけでなく、茂みへの警戒もするように命令し、自身は動けないだろう女性達を警戒した。
 手負いな上、ほぼ身動きが取れない状態といっても彼女等もまたプロ。何かの手を講じてこないとは限らない。
 緊迫した空気の中、先ほどレオナに切り裂かれた傷が唐突に痛んだ。一瞬だけ、顔を顰める。
 瞬間――
 美由希が大振りのナイフを投擲してきた。
 そのナイフを正面とすると、丁度左右にラルフとクラークが居た。
 当然、二人はそのナイフに合わせて地を蹴っている。
 ナイフは先ほどまで投げてきていた飛針のような速度も鋭さもない。ナイフ投げとして見れば、手負いで投げたとは思えないほどの高レベルの投げ方をされているが、それでもグラキエースからしてみれば、容易に受け止めることの出来る投げ方だった。
 だが、彼は敢えてそれを左のイーリスランスによるエネルギー弾で弾く。
 それからほぼ同時に、右のイーリスランスをクラークへ照準し、左手を掲げてラルフへ向かってガーリオンソードを伸ばした。
 直後、背後の茂みから何かが飛び出してくる。
 何か――というのまでは分からないが、間違いなく音がした。
 猛スピードで地を駆けてくる音がする。
 即座に右のガーリオンソードと左のイーリスランスに迎撃命じようとし――改めてこの兵器が優秀であったと、内心で驚嘆する。
 命令するよりも早く、二つの武器は迎撃に動いていたのだ。
 だが、その刹那の間に感じたどうしようもない焦燥。
 さきほど美由希が見せた独特の歩方。さまざまな武術を見てきたが、文字通り眼にも留まらぬ速さで動く技というのは始めてだった。
 背後から来る謎の存在の正体が、もし美由希と同門で同格かそれ以上の使い手であったとしたら――
 本能が鳴らす警鐘。カンと経験が煽る焦燥。
 グラキエースは自身の中のそれらの感覚を信じて、躊躇わず前に向かって跳躍した。
 ナイフをエネルギー弾で弾いた事で、ここに活路が生まれたのだと、グラキエースは信じて……


     ※


 気配を殺し、可能な限り殺気も消して、恭也は風の如く草を薙いでグラキエースへと肉薄するッ!
 四方からのほぼ同時攻撃。さらに言えば、向こうは恭也の事をほとんど警戒していなかったはずだ。
 完全な不意打ち。まだ相手を倒していないので油断するつもりは無いが、間違いなく悪くない一撃を浴びせられるだろうタイミング。

 御神流――

 神速による高速移動から放つ、文字通り神速の抜刀術。  地面が土である事を無視するような激しい踏み込み。それとほぼ同時に響く、涼やかな鞘鳴り。そして――

 ――虎切!

「斬ッ!」
 刹那遅れて放たれる黒刃と、恭也の喉から迸る壮絶な気合い。
(――取ったッ!)
 直感的に恭也はそう思った。
 だが――
 神速発動中特有のモノトーンの世界で、グラキエースの身体がゆっくりと前のめりになっていくように見えた。
 自身の剣閃とグラキエースの動き。
(これは……ッ!)
 そこから導き出される結論に、恭也は胸中で愕然とした。
 切っ先がグラキエースの背中を切り付ける。だが、致命傷からほど遠い切り傷。
(あのタイミングで……躱した――だとッ!?)
 身体の感覚と、色彩がゆっくりと戻っていく中で、絶好の機会を逃してしまった事に舌打ちした。
 左右を見れば、ラルフは肩から血を流して膝を付いており、クラークは足をエネルギー弾に打ち抜かれたらしく地面に倒れている。
 神速は終わってしまったが、まだ攻めれる――そう頭を過ぎったが、すでに二つのイーリスランスが口を開き、エネルギーの充電を始めていた。迂闊に動けばアレにやられる。
 恭也は小さく嘆息して、構え直す。
「今のを……まさか抜けられるとはな」
「いや――偶然だよ。私とイーリスランスの本能が、君が茂みから飛び出してくるよりも一瞬速く、君に気付いていただけに過ぎない。それも、信じて良いか分からぬほど僅かな警鐘だ」
「それでも躱した――ならばそれは実力だろう」
「君に褒められるのは悪い気がしないな」
 優雅な物腰で、グラキエースは恭也へと振り向いた。
 余裕を感じさせる動作であったが、汗で顔に張り付いた髪や、時々痛みに顰める顔が、そうではない事を物語っている。
「やはり来たかアナザーK――不破恭也!」
「光栄だな。ネスツの幹部に名前を知られているとはな」
「知ったのはつい最近だがね……クリステラの遺産を狙っていた、イギリスのマフィアの一つを潰したそうではないか。
 いやはや……それだけの実力者を警戒していなかった事、今更ながら後悔しているよ」
「かいぶりすぎた……と、言っておこう。
 偶然が重なっただけだ。それに、あくまで俺は前に出てきた幹部の一人を斬っただけに過ぎないし、幼馴染を守った結果、組織が一つ潰れただけにすぎん。
 ましてや、組織そのものを潰したのは、俺じゃない」
「謙遜するな。君が関わった犯罪組織は、手痛い損失を負ってしまう。
 そういう意味で、犯罪組織の間では死神扱いだ」
「光栄だな。なら、その死神様の首苅りリストに、お前達ネスツの名前も書き込んでおいてやろう」
 言いながら、もう一刀を抜き放ち、構える。
 ラルフはまだ動けるだろうが、足をやられたクラークの動きはあまりあてには出来ないだろう。
 美由希も投擲くらいは出来るのは先ほど分かったが、それでも戦力とは数え難い。レオナも同様だ。
(それに動けると言っても、ジョーンズ大佐もケガの具合を考えれば厳しい……か)
 グラキエースも満身創痍といえばその通りだが、彼の身に着けている兵器がある限り、油断など出来ない――いや、それを含めて考えても、コレだけのメンツ相手に、あの程度のケガで済んでいるのは、まさに彼の実力そのものだと言えよう。
(奇策――は無駄だな。中途半端な攻撃は、全て自動防御で防がれる……。
 仮に自動防御を抜けても、やつの体術は思っていたよりもハイレベルだ。辿り着いた時にヘタレていては意味がない……)
 ならばどうするべきか――
(いや……考えるまでもなかったか……)
 奇策で抜けないのなら正攻法で抜ければ良い。
 自動防御が追いつかない速度で踏み込み、グラキエースの反応速度を上回る攻撃を仕掛ける。
 すでに神速は二度使っている。神速は身体への負担が非常に大きい。せいぜい使えて一日に数度。使う状況タイミング等で多少前後するだろうが、どう考えても今日は次に使う時が最後だろう。
「さて、君はどんな手で私を驚かせてくれるのかな?」
「驚かせるような戦術なんてないさ。
 踏み込んで斬る――俺に出来る事なんてその程度だからな」
「だが、先ほどのような不意打ちはもう出来ないのだよ?」
「関係ないさ。俺の前に戦っていた四人が、思いつく限りの奇策珍策は一通りやってくれてそうだからな」
「残るは正攻法だけ……ということか。
 嫌いではないよ――そういう考え方は」
「そうか。
 さて――そろそろ始めないか? おしゃべりの続きは、監獄の中でするとしよう。
 面会くらいになら行ってやるさ」
「それは残念だ。ならば、君とのおしゃべりはここで最後という事になってしまうのだからね」
 二人の会話の中、グラキエースの隙を探していたラルフは、結局見つける事が出来ず、舌打ちしている。
 各種兵器達が常に周囲からの攻撃を警戒しているのだ。
 恭也は彼を見据えて、軽く息を吸い――そして、小さく吐く。
「ふッ!」
 直後!
 一瞬だけ身体を沈ませると、地を蹴り、まるで何かに弾かれたようにグラキエースへ向かって、風と共に草原を駆けた!






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