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とらいあんぐるセッションズ


束の間のバラード
#8 in the deak


「調子はどうだ?」
 突如現れたその男に、部隊長は驚愕を隠せずにいた。
 組織のナンバー3が今、自分の目の前にいる。
 どこから来た、いつからいた? いや、そんな事より、何でこんなところにいる?
「落ち着きたまえ。驚かせてすまないとは思うが、どうしても自分の眼で現場の確認をしたくなってな」
 穏やかで諭すようにそう言って来る男に、部隊長は少し落ち着きを取り戻し、答えた。
「申し訳ありません。Kオリジナルがこの街に潜伏していることは分かっているのですが、今だに発見できません」
「構わんよ。それで、他には何か?」
「我々を邪魔する者達がいます。警察や自衛隊等は我々が圧力をかけているはずなのですが……」
「ふむ。だとしたら、個人あるいは圧力の裏にあるモノに気付いて、正義感で動いている警察か、でなければ他国の軍関係者か何かだろう」
「はい。我々もそう考えております。ですが、どうにも動きが組織だっており、慣れた感じがします」
「それで、その邪魔者の正体は分かったのか?」
「不明です。ですが――」
「ああ」
「部下の一人がリーダー格と思われる男の名前を聞いたといっておりました」
「それで?」
「その男も『キョウ』と呼ばれていたようです」
「なるほど。オリジナルKではない『K』か。さしずめアナザーKといったところか」
「それで、そのアナザーKですが、仲間と連絡をとっていたところを盗聴することに成功しました。
 その内容から、アナザーKの一味がオリジナルKを匿っている事が予想でき、オリジナルKを逃がす為の作戦について話し合っていたと推測できました」
「ふむ――おかしな話だな」
「は?」
「君の話を聞いた限り、アナザーKの一味は裏の荒事に慣れているようだ」
「そうです。軍等経験者ではないかと調べてみたのですが、そうではないようです」
「だろう? アナザーKの正体が何であれ、軍人並みの戦術と戦闘力を持ってオリジナルKを我々の眼から見えないところへ隠している。何度も盗聴しても有力な情報を得られない。そこまで巧妙にやっていた彼らがなぜ今更、盗聴の危険を犯してまで電話などで作戦会議をしたのだと思う? アジトや隠れ家等で落ち合わせて話し合えばいいのに、だ」
「それは――」
「そう。会話自体がフェイク。あるいはよほど作戦に自信があるか、そのどちらかだろう」
「………………」
「聞かせてくれないかね? その盗聴記録を」


      ※


 黒地に白い十字模様がプリントされた長袖のシャツ。色の濃いジーンズ。白の上着。そして、黒革のドライバーズグローブ。
「この格好も久しぶりだな」
 鏡に映る自分の姿を見て京はつぶやいた。
「準備できたか?」
「ああ」
 横で準備をしながら訊いて来た恭也にうなずく。
 恭也の方は黒いシャツの上に灰色のジャケット。下は京よりも濃い色のジーンズといったいでたちだ。
 京もうそうだが、二人とも普段着でこれから争いごとに行く姿とは思えない格好である。
「悪いな。わざわざ色々とお膳立てしてもらってよ」
「構わんさ。こっちが好きで首を突っ込んだことだ」
 恭也はそう言いながら、袖や上着の内ポケット。ズボンの裾にと、あらゆる場所にナイフに飛針、鋼線といった様々暗器を身に付けていく。
「報酬だけどよ」
「驚いたな。ただ働きは覚悟していたんだが」
「本来ならそっちが首を突っ込んだことだ――とか言って誤魔化すんだけどよ。ここまでしてもらって、礼なしってのは後味が悪りぃからよ」
 京は肩を竦めて苦笑する。
「オフクロの口座を教えっから、そっから好きな額持っていってくれ」
「おいおい」
「そういつは冗談だとしても、だ。親父とオクフロには連絡を入れといてくれ。そん時に依頼料の話とかもしてくれて構わねぇよ」
「わかった」
 恭也はうなずいてから、小太刀を二振り手にして立ち上がる。
「行くか?」
「ああ」
 京も立ち上がりグローブを握りなおしながら、恭也に続いて部屋を後にした。


 タートルネックの黒いインナーに茶色のロングスカート。その上にやや袖の長い白いGジャンと、やはり美由紀も戦闘に向かうとは思えに格好で武器を確認していた。
 恭也同様、各所に武器を仕込み、最後に小太刀に手を伸ばす。
 二本の内、尺が若干短い方だけを背中のホルスターへと仕舞い、もう一方を少しだけ抜く。
 龍麟――御神流の免許皆伝を認められると、師から託される名刀。美由紀と共に、いくつかの戦いを乗り越えてきた剣。
 柄と鞘の僅かな隙間に除く刀身をしばらく眺めてから、龍麟を収め、背中のホルスターに仕舞う。
 それからメガネを外し、ケースに入れて机の上に置いて、美由紀はゆっくりと部屋を出た。


 ネスツにばれたら元も子もない。故に、普段着を着ることになった。もっとも、御神の剣士に動きやすい服装である必要はなく、剣士といえど剣が必要なわけではない。
 ようするに、動きやすいことに越したことはないし、使いやすい武器があることに越したことはない、という考えである。
 だからというべきか、今回の作戦に関しては御神の人間に不都合などなく、むしろ万全を期すことが出来る作戦といえるだろう。
 そんなことを思いながら、美沙斗は赤紫色のタートルネックのトレーナーの袖口を小さなベルトで止める。茶色のスラックスの中にトレーナーを入れて、小豆色のコートを羽織った。
 そしてやはり、恭也や美由紀同様に袖やコートの裏等に武器を隠し、普通のものよりもやや長めの小太刀を二本手にする。
 それから、美沙斗は部屋にある机まで移動すると、二つの写真が収まったフォトスタンドを手にする。
「それじゃあ、行ってくるよ。静馬さん。兄さん」
 夫と兄と、それぞれに声を掛け、フォトスタンドを元の位置に置くと、美沙斗は部屋を後にした。


      ※


 日曜だというのに街は静まり返っていた。商店街の周辺など特にそうだ。
 まるでこれからこの街で人知れない戦争が始まるのを知っているかのように、店は閉じ、家には鍵とカーテンが掛けられている。
 それもそのはずである。
 海鳴総合病院。槙原動物医院。翠屋。明神館空手道場。エトセトラエトセトラ。
 海鳴を代表するといっても過言ではない場所――ではない場所も混じってはいるが――から、そして海鳴市の中でも街の人たちから信頼や人望のある人たちがこっそりと今日のことを仄めかしていたのだ。特に海鳴商店街には、そういった噂話に信憑性を持たせる人種が多いため、街の人たちは噂を信じた。
 噂は数日も経たぬうちに口コミで広がり、ネスツの名前こそ知れなくとも、人々の中では今日、この街に犯罪組織の部隊がやってくるということ、そしてその組織と海外の軍や有志のボディーガード達で組んだチームが争うことを噂として知っていた。
 故に街には人がいない。
 この噂を流すことを提案したのは啓吾だ。彼のネットワークと翠屋のネットワークを利用して、街の人達を危険から遠ざけようという案であった。
 その効果は現状を見れば一目瞭然である。
 だが、ネスツはそんな噂を知ることはなかった。
 噂の中に、街には犯罪組織の人間が一般人のフリをして偵察に来ている可能性があるというものがあり、不用意に外でこの話をしようという人間が少なかったためだ。
 結果として、ネスツは行動開始と同時にやや混乱することになる。


      ※


 この街で根城にしている廃ビルの一室――そう決めたわけではないが、半私室と化した部屋――のベッドで、ウィップは愛鞭ウッドドゥを見ながら、一昨日の事を思い出していた。


「まったく。用意周到なのか、大雑把なのか分からない作戦だな」
 呆れたような感心したようなどちらともとれる声でそう言ったマキシマにウィップも似たような表情を浮かべてうなずいた。
 彼――恭也が話した作戦とはこうだ。
 昨日、敢えて盗聴されていることを知った上で、電話で話をし、暗号化して伝えられた場所と、その後の話し合いで増えたプラスアルファ全てにヘリを呼び寄せる。
余談ではあるが、呼び寄せる場所が他人の敷地である場合は全てその土地の所有者に話をつけてあるという。
ヘリは決められた時間に一斉にやってきて、十五分後に一斉に飛び立つ。
 彼らはそのヘリのどれかに京を乗せ海外へと輸送する。ウィップ達はその間の時間稼ぎをすればいい。概要としてはそんなところである。
 ちなみに、どれか――というのは、別に隠しているわけではなく、文字通りにどれかに乗るかは、当日の状況と気分次第だという。
 そのヘリ達のうち一機を自分達に作戦協力の礼としてくれるらしい。つまり、それがウィップ達の足となる。
「聞きたいことがあるんだが」
「なんだ?」
「俺達も好きなヘリに乗っていいのか?」
「いや、そっちにはここ――」
 広げた地図に指を指す。
「『桜より月が借りた宴会場』に来るヘリに乗ってもらいたい」
「ふむ。アジトからはちと距離があるな。ヘリが来る前にはもう出ておかないと間に合いそうにない」
 そう言いながら、マキシマは頭の中でどう行動するかの計算を始めている。
「場所指定する意味は?」
「囮になってもらうっていうのは言っただろ? 君達が向かう場所をわざと漏らすのさ。昨日みたいにな」
「なるほど――でも気をつけてね。ネスツはあなたが思っているよりもずっと狡猾な組織よ」
「胸に刻んでおくよ。元組織の一員からのアドバイスだ」
 そう言って恭也は微笑む。どうにも、彼の笑みには毒気を抜く以外になにか作用がある気がしてならない。
「ええ。そうしておいて」
 嫌ではないがなんとなく妙な気分になりつつウィップは微笑み返す。
「俺からも一つ言いかい?」
「ああ」
「俺達も他のヘリと同時に動いた方がいいか?」
 恭也はやや考えてから、
「出来れば」
 そううなずいた。


 時間は今日の正午きっかり。
 目的地はのんびりと歩いていくとここから二時間近くはかかる場所だ。その為、恭也は足として中古車を一台用意してくれた。どうにも彼というよりも彼の仲間のネットワークがケタはずれのようである。
「おい、ウィップ。そろそろ出るぞ」
 部屋の外からマキシマの声が聞こえた。
 ウィップはウッドドゥを襟の裏にある隠しポケットに収めて、立ち上がった。
「今、行くわ」


      ※


 彼はフラフラと歩いていた。
 アテがあるわけではない。だが、自由になったのに何をしていいのか分からないため、イライラとしながら歩いたのである。
 突然、
 ――ドクン!
 血が騒いだ。
 Kの血は特殊なものだという事は知っている。そして、血は血に反応することも、ヤガミイオリだと思われる人物と対峙したことで知った。
 だが、今の血の騒ぎ方はヤガミイオリと対峙した時とは違う。
 血を川のような物だとすると、自分の血は分流と言える。そしてこの騒ぎよう――言うなれば、血が自分の本流を見つけ出したかのようなのだ。
 今まで、同胞達が近くにいても、微弱ながら血が反応を示していたが、これはそんなものと比べ物になどならない。
「へへっ……そうっだったよなぁ……親父殿とはまだ、顔を合わせたことねぇもんなぁ。挨拶がてら行ってみるのも悪かねぇな」
 そう口に出して見るとそれが自分のすべきことのような気がして、俄然と動く気力が湧いてきた。
 血が場所を示している。
「案外近けぇみてぇだな」
 陽炎を纏いながら、彼はまだ見ぬ父親の元へと歩き出した


      ※


「グラキエース様!」
「どうした? ラクセウ隊長?」
 やや慌てた調子でやって来た部隊長に、グラキエースは落ち着いた声で尋ねた。
「新たにアナザーKの会話を傍受しました」
「ふむ――聞かせてくれたまえ」
 グラキエースが促すと、ラクセウはスティック状のメディアをグラキエースの背後にあった機械に入れる。
 それから、少し機械を操作すると、スピーカーから盗聴したとは思えない程鮮明は音で会話が始まった。
〈最終的な場所は決まったか?〉
〈ええ〉
 男と女の会話――と言っても色のある会話などではなく、言語をころころと換え、それぞれの言語が分かったとしても知らない者が聞けばまったく意味を理解出来ない内容だ。
それは明らかに盗聴されていることを意識しての会話だとしか言いようが無い。
「ふむ。相変わらず隙の無い会話だ」
 グラキエースは小さく洩らす。
〈『桜より月が借りた場所』で、行こうと思います〉
〈わかった〉
 どこかを示す会話なのだが、言語の意味を理解できるグラキエースとはいえ、さすがに暗号化された場所までは特定できない。
 以前の盗聴以後、この街の地図と暗号を照らし合わせて見たのだが、どうやら地元の人間や当事者達にしか知らない言葉を利用しているらしく、情報も集まらない為、解析は難航していた。
〈九台の湖のぞばだったな〉
 だが、今回は好機を得た。
 たった一言だ。注意して聴いていなければ聞こえないような小さな独り言。
それはたぶん自身の記憶の確認であり、無意識に漏れた言葉だろう。
 あまりにも小さいその声は、電話相手であるアナザーKの耳に入ったかどうか――だが、女が使っている電話はその小さな声を拾っていたのだ。音さえ拾えればこの盗聴用の機械がノイズを消して声としてグラキエース達の耳へと送る。
〈分かった。決行は十五時でいいね?〉
〈ええ〉
 会話はそこで終わった。
「先程は気付きませんでしたが、最後の方で女が何かつぶやいているようですが――何と言っていたかお分かりになりましたか?」
「ああ。だが……」
 正直、グラキエースは迷っていた。
 先日も同じような方法で電話をし、明かに自分達を挑発しているとしか思えない会話をしていた。
 そして、今回のこれだ。
 我々に気付かれず、Kオリジナルを隠してきた者達にしてみれば、迂闊過ぎるとしか言いようの無い最後のつぶやき。
 グラキエースは地図を見やる。
 ラクセウの部下達の調べで、空あるいは海から何らかの助けが来た場合、それらの乗り物が上陸できそうな場所は検討がついている。
 つぶやきにあった九台という場所はその候補の一つであった。
「ラクセウ隊長」
「なんでありますか」
「今、君が動かせる部下と手駒の合計を大まかで構わないので教えてくれないか?」
「私を含め七十人ジャストですが、それが何か?」
「その内、Kナンバーズは何人だ?」
「九人です」
「ふむ」
 グラキエースはしばし黙考する。
 人数は心もとないが、いまから増援を呼ぶには時間が少ない。
 ならば、
「ラクセウ隊長」
「は」
「我々が目星を付けたのはこの十箇所だ」
 広げた地図を指しながら、そう言って、
「私はここ」
 指したのは何もない草原に書かれた×印。
「君を含めた二十人はここ」
 指したのは九台桜隅と呼ばれるリゾート地。ここにも印が付いている。
「あとの場所には、十人づつ……必ず一チームに一人、Kナンバーズを入れること。もちろん、君のチームにもだ」
 地図をたたみ、ラクセウに差し出す。
 それをラクセウが受け取るのを待ってから、グラキエースは続ける。
「翌日十五時より、アナザーK一味はこの街にて、Kオリジナルの脱出作戦を開始する。我々はそれを阻止し、あわよくばKオリジナルを抹殺するのが目的だ。
 そこで、十五時より若干早く各チームは指定の場所に向かえ。相手の作戦までは詳しく分からないが、その近辺で必ず、何かしらあるはずだ。現地では各チームの自己判断にまかせることになるだろうが、アナザーK一味だと思われる人物を一人でも確保するあるいは消す。大雑把過ぎるが、これが明日の作戦だ。詳細は君が決めてくれたまえ」
「分かりました――ですが……」
「どうした?」
「お言葉ですが、グラキエース様はどうなされるのですか?」
 その問いに、グラキエースは小さく微笑むと、
「何、問題はない。気を悪くしないで欲しいが、こう見えても私自身、Kオリジナルなどより強いと自負している。それに、今回は試作段階だが新兵器も持ってきている。相手が何人いようと、ひとりひとりがKオリジナル程度なら問題ない」
 淡々と告げるその口調が、その言葉を過信でも驕りでもなく、ただ事実を述べているだけだという真実味を持たせていた。


      ※


「そろそろ、か」
 日本ではそろそろ十五時に差し掛かる頃だ。
 ハイデルンは自分宛に来た何十もの暗号とパスワードで構成され、昨日ようやく解読できたメールに目を通しながらつぶやく。
 まったくもって困った送り主だと、解読したときにやや呆れもした。
 わざわざ、ハイデルンの元部下である少女――コードネーム・ウィップであるかのように思わせておいて、最終的にタネを明かされて見ると、旧友からのメールだったわけである。
 その旧友とはハイデルンが職業暗殺者として最後の仕事のときに、対峙したことが切っ掛けで付き合っている人物で、その頃の彼はまだ駆け出しであった。
 そしてハイデルンはその駆け出し相手に苦戦をしてしまい、結果として最後の仕事は成功しなかったのだ。
 その後、ハイデルンも法を守る側に付いてからは、稀に彼と連絡を取ることがある。
今の彼は部隊長まで昇格したらしい。もっとも、彼の実力から考えれば当然のような気もするが。
「もともと食えん男ではあったが」
 まさか自分がこうもあっさりと踊らされるとは思わなかった。気付いていれば、部下に休暇などといって日本になど向かわせはしなかったというのに。
「だが、まぁ――」
 意味の無い呟きをもらしながら、ハイデルンは新たに届いた二通のメールを開く。
 一つは、優秀な三人の部下から。日本で休暇をしているはずにもかかわらず何かの作戦内容が書かれている。
 もう一通は、本物のウィップから。内容はなぜか部下の物と非常に酷似しており、場所も同じだ。
「まったく、無駄足にはならなかったわけだ」
 互いに顔を合わせてはいないうえ、重要参考人までみすみす逃がしてしまう結果になるが、
「もはや、軍内部でも信用がおけんからな、保護するよりも逃げてもらっていた方がネスツに捕らえられる心配は無い―――それに」
 ハイデルンは一枚の封筒をデスクから取り出す。
「いい加減、草薙京も決着をつけたいだろうからな……これを見れば無理をしてでも顔を見せてくれるだろう」
 封筒の差出人は不明だが、これの協賛企業の七割はネスツの息のかかった会社であることは調べが付いている。
 それにしても、
「今年の開催は遅くなったようだな。例年通りなら、もうとっくに終わっているハズだが」
 封筒を再びデスクにしまい、ブラインドの隙間から外をのぞく。
 そして、かちりと時計の針の動く音が小さな執務室に響く。
 それは日本時間が一五〇〇時になったことを示す音でもあった。



〜NEXT〜







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