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とらいあんぐるセッションズ


束の間のバラード
#9 KD-0079


 まず最初に彼らが感じたもの、それは『異様』だった。
 日曜の午後三時も近いというのに人気がない。
駅前、商店街など本来人がいなければならないような場所にすら気配がない。
しかし、彼らにとってそれは好都合であると言えた。
無駄な行動を省けるのなら願ってもないことだ。
 とはいえ、これではまるでゴーストタウンだ。活気というものが感じられない。昨日までの賑わいが嘘のようにこの街から消えていた。
 いや、気配はある――そうあるにはるのだが、ほとんどの者がみな家に閉じこもり、カーテンやブラインドを閉じている。
 まるで――
「まるで――我々が今日、この街にやってくることを住民たちがあらかじめ知っていたかのようだな」
「まさか。そんなことは――」
「ああ。あるはずないと、言いたいところだが」
 やや呆然としていたラクセウは、しばしして気を取り直し、部下達へと向き直る。
「呆然としている時間はない。相手があらかじめフィールドを用意してくれていたと思えばいい。余計なことは考えず、作戦の成功のみを考えろ――行くぞ!」
 ラクセウの言葉に部下たちは我に返る。それを確認してから、彼は目的地へと進行を始めた。


      ※


 人気のない閑散とした街は悪くはない。
 庵はそんなことを考えながら商店街を歩く。
 この街に長居をしすぎた。こんなに滞在する気はなかったのだが、奴の血の気配が濃かったことと、それなりにいいライブハウスがあったことで、思っていた以上に長居をしてしまった。
 だが、この街にはまだ奴の血の気配がある。ここ一週間ほど動いていないのだが――
「……ん?」
 どうやら、奴が重い腰を上げたようだ。
 そもそも、動いていないのだから会いにいけばよかったのだが……
「あの女がいなければな」
 本人は自嘲しながら言ったつもりなのであろうが、その笑みには僅かだが喜びが混じっている。
 感慨などはない。たまたまライブハウスで一緒に演奏しただけの仲だ。後は勝手に彼に付き纏っていた。
 ただそれだけだというのに――
「この雰囲気の中を出歩くほどバカだったとはな」
 ちらりと後姿を見かけたが、無視をして奴の元へ急ぐ。
 だが、
「何なのよアンタ達!」
 声が聞こえた。
「バカかあの女」
 自分にはもう関係はない。無関係ならばそいつがどうなろうとそいつの勝手――それが持論のはずだ。
 だというのに、
「なぜ、俺はあの女を助けようとしている?」
 いつだったか出会った音楽好きの姉妹とあの女が被るからか。いや、だからといって、彼女を助ける理由にはならない。結局、あの姉妹とも一度きりの付き合いだ。分かれて以降、一度も会った事はない。
 自分の目的は奴――草薙京を殺すこと、それだけのはずだ。
 他の事など、奴を消した後で考えればいい。それ以外で何かするのはただの気まぐれ。別に、なくなったからといって後悔するものではない。
 草薙京を追い、さらには庵にまで手を出してくるネスツ。だが、彼らですら庵にしてみれば眼中にない。
 そう、だから、あんな女などどうでもいい。どうなろうと知ったことではない。
 しばらく足を止めていた庵は、
「くっ……バカが……」
 つぶやいて、再び歩き出す。
 それは、誰に対しての言葉だったのか。


      ※


「あれか」
 ヘリを視界に収めるなり、ウィップの運転するトラックが止まるのも待たず、K’は荷台から飛び降りる。
「おいおい。時間にならなきゃ飛ばないんだ。何もそこまで慌てる必要ないだろ」
 止まったトラックから降りながらマキシマは呆れた声でK’に言うが、当の本人の耳には届かないようである。
「さて、あと十五分で飛び立つんだが……どう思う? ヘリに乗ってるお嬢ちゃん」
「私ですか?」
 突然話をふられ、ヘリに乗っていた女性は軽く驚く。
「当然妨害はあると思いますよ。なんたって相手は世界規模の犯罪組織ですから、こちらの流した偽の情報を掻い潜ってくると見て間違いないと思います」
 それでも、特に考える事なく返答すると、マキシマとウィップが同意するようにうなずく。
 それを見てから彼女は何かを思いついたように付け加える。
「あ、それとですね」
「どうしたの?」
「私の任務は、このヘリコプターをあなた達に手渡す所までですので、これで失礼しようかなぁって思うんですが」
 マキシマはヘリから降りてきた彼女を一瞥し、
「それは構わないぞ」
 おどけたように答える。
「連中が見逃してくれるならな」
 二十近い人の気配が、ヘリを中心に囲っていた。
「それは……ちょっと難しそうです」
 気配にいち早く気が付いていたらしいK’はすでに手近な方向へ走り出している。
「俺達のリーダーは気合が入ってるなー」
「K’の場合早くこの場を収めたいだけでしょ?」
 ウィップはマキシマにそう返しながらK’が駆けていた方向とは逆方向にデザートイーグルを三発打ち込む。
 それと同時にうめき声が三つ聞こえてくる。
「悪いが手伝っていてくれ。不服なら後で君のボスにでも特別手当でもねだるといい」
「それでちゃんと手当てが出てくれるといいんですけど」
 その言葉を合図に、彼女も銃と短剣を抜くと駆け出した。
 それを見てマキシマもどっしりと構え、
「さて、雑魚がいっぱい来ました……で、終わればいいがな」
 周囲を油断なく見渡しながらそうつぶやいた。


     ※


 京とリスティが指定の場所に到着すると、地面には黒服や京のクローンが転がっていた。
「まさか、俺達が来る前に終わってるとはね。ヘリのパイロットもやるじゃん」
 気の抜けた口笛を一吹きしてヘリへと視線を移す。
「君、本気でそう思ってる?」
「思ってねぇよ」
「だろうね」
 リスティも肩を竦めてから、ヘリへと視線を向けた。
 ヘリの中にいるのは、パイロットと、革のツナギを来た『草薙京』。
 パイロットの方がリスティと共に現れた京と、自分の横に居る京をひっきりなしに見比べている。
「ようやく来たな親父殿」
 ヘリに乗っていた『京』はそういうと、ヘリから降りリスティと京の元へとやって来る。
「誰にも邪魔されたくなくてな。雑魚は全員燃やしといてやったぜぇ」
 嬉しそうに言う『京』にリスティは思うことがあり訪ねた。
「君は、他のクローン達とは違うみたいだね」
「ああ、その通りだ。他の連中は命令を遂行する事が快楽になってるみてぇだが、俺は違う。命令なんかクソくらえだ!」
 吐き捨てるようなセリフと共に『京』の周囲に陽炎が立ち上り始める。
「俺だけみてぇなんだがよ。俺は最初から自分って奴を持ってたらしい。だから、今こうしてここに居る。俺自身の意思で、だ!」
「それで? お前は俺に何のようだ。ドラ息子」
「自由を手にしたのはいいが、何をしていいかわからねぇんだ。だからよ、とりあえずは親父殿に手荒い挨拶でもしようと思ってよ……」
 口の端を釣り上げて、『京』は右手に炎を灯す。
「へへっ……面白れぇじゃねぇか。時間、あんだろ?」
 京は『京』と似たような笑みを浮かべてリスティに時間の確認をする。
 どこか呆れつつも、兵器として生み出されたクローンという存在が、自らの意思で動いているという事実に嬉しいような気分が入り混じり、複雑な気持ちで時計を見る。
「ああ、いいよ。十分くらいなら好きにやってて。それと、そっちの……えーっと……めんどいから『ナギ』って呼ばせてもらうけど。ナギ、君の親父殿は忙しいんだ。決着の有無に関わらず、十分経ったら手を引いてもらうけど、文句はないだろう?」
 ナギはうなずいてから、嬉しそうにニヤニヤとする。
「? どうしたんだい?」
「なんかよ。名前……一時的なニックネームとはいえよ、製造コード以外のちゃんとした名前で呼ばれんのが嬉しくてよ」
 ナギの言葉にリスティはうなずいて、
「確かにね……名前で呼んでもらうっていうのは嬉しいものだよね」
 そう、微笑む。
「そんなもんなのか?」
「君は最初から両親に育ててもらってるから分からないかもね。けど僕はナギと似たような経緯の持ち主だったりするからさ、共感できる部分があるのだよ」
「ふ〜ん」
 京は自分で訊いておきながら、まったく興味無さそうなあいづちをうち、構える。
「じゃあ、ナギ。やろうか?」
「ああ。手加減なんかしないでくれよ。親父殿」
 ナギも構えるのを見てから、リスティは手を掲げた。
 この二人の戦いは、戦闘ではない。お互いの合理の上での戦い。ようするにケンカ。でなければストリートファイトだ。いや、この二人の事だからKOFの前哨戦か前座試合か。
 だから、
「それじゃあ、十分間。適当に楽しんでくれたまえ。準備はいい? 始め!」
 最後の言葉と共に、試合開始の合図として、リスティは手を振り下ろした。


      ※


 やや強めの風が吹く。
 ざぁぁっ、という音と共に踝ほどまでの長さの草達が一斉に同じ方向へと揺れる。さながら、櫛に梳かされた髪のように。  妹が、本当は誰にも教えたくはないといっていた秘密の場所。静かでどこか穏やかで、こんな状況でもなければゆっくりと寝そべっていたい、そんな場所だ。
 そんな所をこういった事には使いたくはなかったのだが、妹の、
「草薙さんを助ける為だったらいいよ」
 という一言に甘えて作戦場所のひとつにさせてもらった草原。
 自分の横にいるのはレオナという庸兵の少女。年の頃は自分と同じかもう少し下か。だがその鋭さ――そうナイフのようなという言葉が似合うかのような鋭さはまさにプロそのものといえる。
 実戦経験などから考えると、こういった状況での総合力はどう考えても彼女の方が上だ。実力の如何は関係ない。
 自分に出来る事――そうこの場では彼女の足を引っ張らない事。
 美由希が静かに気合を入れ始めると同時にヘリが十数機やってきた。その内の一台はまっすぐにこちらへとやってくる。
 遅かれ早かれ、ネスツにバレているであろう場所ではヘリを死守するための攻防が開始されるはずだ。
 誰も大きなケガをすることなく終わって欲しいと思うのはただの偽善かもしれないが――
「誰か、来たわ」
 レオナの声に美由希は思考を止めて気持ちを切り替える。
 現れたのは赤い衣装に身をつつんだ、見た目若そうな男だった。
「ここは関係者以外立入禁止ですよ」
 美由希が告げる。
 別にこれで相手が帰ってくれるなどとは毛頭おもっていない。
 ウェーブのかかった長い銀髪を風に靡かせてながらその男は微笑む。甘い顔たちをした男である。もし、男がフードとマントの付いたようなローブを着ておらず、これが街中であったのなら美由希は少しは受ける印象が変わったかもしれない。
「それはすまないな。だが、私は君達と無関係とは言い切れない人間なんだがね。特に――そこのレオナ・ハイデルン嬢とは、ね」
 その言葉に美由希とレオナは完全な臨戦態勢となる。
「あなた一人?」
「そうだが……何か不満はあるかね? レオナ嬢」
 嘲るでも憤慨するわけでもなく、その男は告げる。
「部下全て他の場所に向かわせた。少なくとも部下数十人よりも私一人の方が強いという判断だ」
「だからといってあなたが一人でここへ来る理由にはなりませんが」
 口ではそう言うが美由希は分かっていた。レオナだってそうだろう。この男の言葉に偽りがない事を。
「なに、私も数人は部下が欲しいと思わないわけではないが、何しろ人員不足だったものでね。相手が君たちクラスならば何人束になろうとも私一人で何とかなりそうだと判断したのでね。他へできる限りの部下を回したのさ」
 その言葉にはやはり驕りは感じられない。ただ淡々と事実を告げているだけであるかのようである。
「ずいぶんと舐められたものね」
「そう取られるのは仕方ない事だな。だが、君達からしてみると私一人と言うのは随分と都合がいい状態ではないかね?」
 二人は何も言わない。黙ってその男の動きに全神経を集中させる。
「私の名はグラキエース。言葉としてはあまりいい響きではないが、ネスツのNO.3といわれる存在だよ」
 美由希は一瞬だけ驚愕に顔が歪む。レオナも僅かに顔をしかめた。
 雰囲気からしてかなり上の地位にいるような気はしていたのだが、まさかそこまでの地位の存在がこうもあっさりと目の前に現れるとは予想だにしていなかったからである。
「それを信じろと?」
「信じる信じないは君達の勝手だが、わざわざ君達への冥土の土産として教えてあげたのだから素直に受け取って欲しいモノだがね」
「……じゃあ……本当に……」
「ああ。そうだとも」
 恭しくうなずく。
「なら好都合だわ。ここで、捕らえる」
「ふっ……来るか?」
「はい。あなた達のような罪なき人たちを簡単に傷つけるような真似を出来る存在をこのままにするつもりはありませんし」
「では、二人同時に掛かって来たまえ。君達にも目的があるように私にも目的がある!」
 グラキエースが吼える。それに呼応するようにローブの裾についていた槍の刃のような飾りが二対、どういう仕組みなのか、まるで鎌首を擡げる蛇のように、こちらへとその先端を向ける。
「だが、君達を無下に扱うつもりはない。私と君達。互いに打と意地があろう。だからこそ、全力でもって私を止めてみたまえ!」
 そのグラキエースの言葉に、美由希とレオナは無言で――だが、地を蹴り、彼に向かって疾駆する事で応えた。



〜NEXT〜






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