#6 ESZKA?(AcidMIX)
「食らえっ!」 晶は捻った身体を一気に伸ばし、力のベクトルを全て拳に伝えるかのように正拳突きが放った。 「がぁっ!」 それを腹部に受けた『京』はうめき声を上げながら数メートル程吹き飛ぶ。 「本物は――あんな絶好のチャンスを逃したりはしないんだよ!」 晶が自分の倒した『京』に向かってそう言ったのと、庵は二人目の『京』を叩き伏せたのは、丁度同じタイミングだった。 ※ 「これで、ゆっくりと話が出来るな」 神社の境内の前で美沙斗はラルフ達に向き直って静かに言った。 「そうだな」 周囲に倒れている黒服の男達を見渡しながらラルフはうなずく。 高町の家の前で話をしていたときからしていた複数の気配。挑発しておびき出すのは簡単だが、昼間の住宅街でコトを起こすのはまずいため、わざわざ人気の少ないこの神社まで移動してきたのである。 「予想以上ね」 レオナがつぶやく。 「ん? 何がだ?」 それが聞えたのか、ラルフが尋ねる。 「彼女」 「ああ」 彼は納得した。 確かに、彼女――美沙斗の強さは半端ではなかった。 「何かやっているとは思ったが、これほどとはな。KOFの上位組並とは思わなかったぜ」 「違うわ」 「何がだ?」 「彼女は格闘家ではないわ。私達と同じ、戦争屋あるいは殺し屋――違う?」 最後の言葉は美沙斗への問いかけ。 だが、それに対して美沙斗は薄く笑っただけで答えず、 「さて、お互いの素性は訊かないものとして、目的と情報を交換しようか」 代わりにそう言った。 三人はうなずく。 そして、らルフが口を開き、確認をする。 「仕事内容を言うことは出来ないぜ?」 「構わないよ――あくまで大雑把でもいいから目的を知りたいんだ。言いたくない事まで言う必要はないよ。 お互いの利害が一致しているなら協力をしたいだけだからね」 「なら――」 クラークはうなずく。 「俺達の目的はこの街にいるネスツ連中の邪魔をすることってトコだな。何を企んでるかまではわからんがね」 美沙斗はその言葉の裏にある意味までも把握するように目を瞑ってから、ゆっくりと開く。 「私の目的は、ある人物のボディーガード。最終的には国外逃亡させるまでが、仕事だよ」 本業じゃあないけどね、と付け加えた美沙斗の言葉の意味を反芻するようにラルフ達もしばらく黙り込んだ。 「その人物はネスツに狙われているの?」 「ああ」 レオナに問われ、美沙斗はうなずく。 「その人物をこちらに引き渡すつもりは――」 「ない」 美沙斗とレオナ問答をクラークとラルフは訝しげに聞いている。 「それに君達に引き渡したら、私は依頼人を裏切ることになる」 「じゃあ、確認だけ――その依頼人というのは草薙京ね?」 美沙斗はしばらく黙り込んだ。 素直に答えるべきか、はぐらかすべきか。 「ああ」 悩んだ結果。 美沙斗はうなずいた。 ラルフとクラークは驚いた顔をする。 「おい――」 ラルフが何か言いかけたとき、突然、空が光った。 「!?」 全員が辺りを見渡す。 そして、再び光った。 「雷…?」 誰ともなしにつぶやく。 「あっちは……『さざなみ』方面か!?」 美沙斗はハッとすると慌てて駆け出した。 「お、おい!」 クラークとラルフが声を上げるが、美沙斗は無視して林の中に飛び込んでいく。 二人がレオナに視線を向けると、彼女はすでに美沙斗を追うように走り出している。 「クラーク! 俺達も追うぞ!」 「了解!」 二人も走り出す。 だが、 「クソッ! 追いつけねぇ!」 「彼女達はほんとに人間なんですかね?」 ラルフとクラークとて足が遅いわけではないのだが、雑木林の中を普段と同じ速度で走るのはさすがに難しい。それでも二人が常人とは比べ物にならない速さで走っているのはさすがといったところだ。だが、美沙斗とレオナは木々や悪路をものともせずに、それ以上の速さで走っている。 「なんだってんだ一体!」 ラルフは毒づいて、ウサ晴らしとばかりに手近の枝を力任せに殴ってへし折る。 「イラつくのは分かりますけど自然破壊はいけませんよ大佐。いつも俺が言ってるでしょ?」 「うるせぇぞ! クラーク」 ラルフはとりあえずクラークを怒鳴りつけた。 だからと言って状況がどうにかなるわけでもないのだが。 ※ 先ほど雪虎と銀河をいじめている男はすぐに倒せた。その証拠として、すぐ側に転がっている。 だが、まったく同じ容姿の男達が後から後からやってくる。 それだけではない。銃を持った、黒服の男達もやってきて戦いに加わっている。もう何人倒したか分からない。 久遠はすでに自分の力が限界に来ているのを感じていた。 「まだ、だめ!」 叫んだところでどうにもならない事は分かっている。 久遠は光に包まれると、女性の姿から子供の姿へと戻っていた。 「ほう、上に引き渡すと喜びそうなガキだな」 「ああ、出世もまちがえねぇぜ」 にやにやと笑みを浮べている男達に雷を落とし、逃げようとするが、 「あ……」 がくりと膝をつく。 体に力が入らない。 久遠は再び光に包まれると、子狐の姿に戻ってしまった。 「化け狐か……ますます上がゴフッァ」 黒服の男の一人は、舌なめずりが終わらぬうちに、木刀でこめかみを強打され昏倒する。 「ウチの家族になんか用?」 「なんだ!?」 その場にいた黒服の男と、同じ顔ばかりの青年達が一斉に声のあった方へと視線を移す。 そこにいたのは、無地の半袖シャツにジーンズという飾り気のない格好をし、眼鏡をかけた女。木刀を肩に乗せ面倒くさそうな視線を男達に送っている。 「人ン家の敷地でなにやってんだって言ってんだよお前ら」 そしてもう一人、一振りの太刀を携えた長身の男もやってきた。 「人のって……耕介。ここいらは愛の敷地だろーが」 女が男――耕介にそうツッコミをいれる。 「真雪さん……人が格好良く決めようと思ってたのに茶々入れないで下さいよ」 「あんたはどんなに格好良く決めてもオチをつける三枚目キャラなんだ。諦めろ」 「何なんだ貴様らは!」 訊かれて耕介は得意げに答える。 「俺か? 俺はな、通りすがりの寮管理人さんよ!」 「あたしゃ、通りすがりの漫画家だよ。文句ある?」 「ふざけるな!」 「奴らを殺るぞ! 狐はその後だ!」 男達の殺意が、全て二人に集中する。 「来ますよ! 耕介様! 真雪様!」 そんな中で突然、二人に注意を呼びかける少年の声がした。だが、他に人など見当たらない。 「なんだ? もう一人いやがるのか!?」 男達が意識を反らした瞬間には、すでに耕介と真雪は地を蹴っていた。 「俺達からのアドバイスをやるよ」 「見えない相手がいたとしても、最低限は目先の相手に注意をしときな」 「もう何人かは、聞えてないみたいですけどね」 まるで倒れた相手を見ていっているかのような声が聞こえる。 「真雪さん。こいつら、リスティの言ってた犯罪組織の連中じゃないですか? なんか、クローンみたいのをいっぱい従えてますし」 「ああ。そう言えばそんなこと言ってたね、アイツ」 のんきにそんな言葉を交わす二人。 だが、 「あいつら、ふざけてはいるが強いぞ!」 「ああ。それと、見えない三人目は手を出す気はなさそうだ! まずあの二人を殺れ!」 男達は耕介達に対する認識を改めたようだ。 「フィリスとシェリーの時はかわいい三つ子って感じだったけどさ、ああやって同じ顔の男が十人近く並んでると壮観だと思わないか耕介?」 「それは同感。不気味だけど」 「確かに不気味だよな。可愛げがあるクローンならあたしも歓迎なんだが――あ! そうだ、次はSF風味ってのもアリだな」 「前もそれを言って、メカ描くのがダルいからって理由で下書き……どころか、ネームで止まったでしょ?」 「嫌なこと覚えてやがるな」 「テメェら! 俺らをことごとく無視してるんじゃねぇっ!」 とうとう堪忍袋の尾が切れたらしい男達が一斉に動き出す。 「しかたない。やりますか……」 「言っとくけど、あたしゃ五分しか動けないからね」 「へいへい」 やはり緊迫感のない会話を交わしながら、二人は構えた。 すでに半分近くに減った男達。 その中の『京』の一人が真雪に向かって炎を放つ。 真雪は地を走るその炎を飛び越えて、炎を放った『京』の目の前に着地する。 「ちっ!」 『京』舌打ちして身体を引く。 だが、真雪の速度はそれよりも速く、木刀の突き出し、その切っ先が『京』の喉に……突き刺さらなかった。 真雪が寸止めしたのだ。『京』は唖然としている。 そんな彼を無視して、真雪は木刀を投げ捨てると、邪魔にならないところでうずくまっていた久遠を抱きかかえ、 「時間切れ。M78星雲に帰らせてもらうよ」 耕介にそう告げた。 「せめて、自分が相手をしていた奴ぐらい倒してけよ!」 思わず耕介が叫ぶ。 「平気だよ。増援が来た」 真雪は耕介に言うと、撤退しようとしている自分に襲いかかってきた『京』に一瞥をくれる。 瞬間―― 「BANG!」 銃声の真似た女性の声が響き、真雪に仕掛けようとしていた『京』が吹っ飛んだ。 さらに、耕介を囲むようにして銃を付きつけていた黒服の男達の隙間を縫う様に人影が通り抜けていく。 すると、全員ともうめきながら倒れてしまった。 「え?」 驚き、目を丸くする耕介に、 「いやー、現管理人もなかなかやるねぇ」 そんな声がかけられた。 「啓吾さん!」 「久しぶりだね。でも、挨拶は後回しだ」 「耕介、無事?」 「リスティ!」 「二人ともあたしには声をかけないのかよ!」 不満げな真雪に啓吾は苦笑を浮べ、リスティは視線を送り、ポンと手を打つ。 「ああ! 真雪、無事?」 「ついでみたいに言うんじゃねぇよ……まぁ、いいや。あたしは帰るから、あとはよろしくな。啓吾さん、リスティ」 「ああ」 「Yes」 啓吾とリスティは真雪にうなずく。 真雪は手を振って、その場を離れようとした時、 「ぐあっ!」 「うおっ!」 横の林の中から黒服の男と『京』が一人づつ、まるで吐き出されたかのように飛び出してきた。 二人は地面に叩きつけられ、昏倒する。 全員がその二人が飛び出してきたほうに注目した。 そんな中、啓吾とリスティ、そして『声』に促がされた耕介は、気のそれた敵を片っ端から叩き伏せていく。 「私達が駆け付ける必要はなかったようね」 そんなことをつぶやきながら、スーツを着た女性が一人、林の中から現れた。 「そうでもないさ。もしかしたらと言う事もあった」 そしてもう一人、小太刀を二本携えた女性がそう言いながら姿を現した。 小太刀の女性は啓吾と目が合うと、 「総隊長!?」 「いや、ここでは通りすがりの不動産屋でちょっと腕の立つ元女子寮管理人ってコトにしといてくれないか?」 驚いた女性に啓吾は微笑みながらそう返した。 その後、スーツ姿の男を二人加えた耕介達は、場にいたクローンと男達を先ほどの半分の時間も経たないうちに片付けた。 ※ 暑くもなく寒くもない。だからといってどうにも過ごしやすいとはいえないこの場所は、仄かに暗く、そして静寂が満ちていた。 薄暗く静かなせいだからであろうか、この鋼鉄の城を過ごし易い温度にするための空調の音が妙に仰々しく、どこか厳かで厳格な雰囲気を醸し出している。 そんな城の廊下を一人、赤いローブを纏った男が歩いていた。 やがて目の前に現れた幾何学的な紋様が描かれたドアは、彼を招き入れるかのように重々しく開く。 その部屋の中央には玉座が一つ。そこには老人が座っており、その横には青いローブを纏った男が立っていた。 「グラキエースか……どうした?」 「不用となった草薙京の始末の件で報告をしに来た」 青いローブの男に問われ、グラキエースと呼ばれた赤いローブの男が答える。 「君自らが報告に来るとは――何かあったのか?」 「まずは事後承諾の形となるが、お前のKナンバーズを使わせてもらっている」 「構わん――それで?」 「Kナンバーズを草薙京が潜伏していると思われる街に送り込んだのだが、送り込んだ半数が戦闘不能となった」 グラキエースの報告に、青いローブの男が眉をひそめる。 「予定よりも戦闘力が下回っているのか?」 グラキエースは首を振った。 「いや、予定よりも高いくらいだ。もっともKオリジナルやK’には劣るがね」 「ならばなぜ戦闘不能になった?」 「どうやらその街にはKナンバーズ以上の実力者達が何人も住んでいるらしくてな」 「なるほど。それで、対策をたてに私のところへ来たわけか」 「そんなところだ。 それともう一つ、タイプGソードとタイプIランスの試作品が完成した」 青いローブの男――イグニスは最後の報告に笑みを浮べる。 「遂に出来たか。それで、いつ試運転をする気だ?」 口調と態度こそ冷静ではあるが、イグニスはどこか焦っている。その様子は、新しい玩具を手に入れた子供のようにも見えなくもない。 「件の街にいる者達相手に俺自らが試運転に行こうと思ってな。お前の許可をもらいに来た」 「なるほど。私は構わんよ。それに許可を取る必要など君にはないだろう? 自己判断で好き勝手にやれるだけの権限を君はもっている」 イグニスは総帥――ネスツの息子にして、ネスツの実質ナンバー2だ。そして、イグニスをネスツの右腕と呼ぶのなら、グラキエースは左腕にあたる男である。 「それでも、研究管轄が違うから、一応な」 「君の仕事に対する姿勢にはいつも感心させられる」 「良く言う。お前ほどではない」 「ふっ」 イグニスは微笑を浮べると、改めてグラキエースに視線を向けた。 「こちらのプロジェクトも最終段階に入った。 そして、総仕上げとしてキング・オブ・ファイターズ2001を開催しようと思う」 「なぜKOFを?」 「KOFは全世界の格闘家達が集う祭典だ。その頂点に立つチームこそ、世界最強に恥じない強さを持っていることだろう。 そんな優勝チームをあっさりと倒す事の出来る者がいたとしたら、その者のことを民衆はどう思う?」 どこか楽しげに話すイグニスに、グラキエースも笑みを浮べながら返す。 「逆らう気も起きなくなるだろうな。もっとも、軍などは黙っていないだろうが」 「軍などどうにでもなる。それはゼロワンが実証済みだろう?」 「そうだった」 「私はその優勝チームを足がかりに、『神』となる! 命を創造する力、そして命を吹きかえらせる力の二つはすでに完成したのだからな」 そう言って笑うイグニスに、グラキエースも笑う。 だが、グラキエースのその心中では笑ってなどいなかった。 クローン技術も、生命蘇生装置もイグニス一人で造ったのではなく、イグニスが考案したものをネスツの研究員達が造った物だ。 それをこの男は、まるで自分が造りだしたかのように言っている。グラキエースはそれが気に入らなかった。 別にイグニスが神になろうが魔王になろうが構わない。だが、その際にはネスツの中でたゆまぬ苦労を積み上げてきた者達にも何か恩恵を与えたい。 だが、ラストプロジェクトが成功した暁にはイグニスが一人だけ栄光を手にすることだろう。 傲慢で自分勝手な神候補をグラキエースは心の中でずっと睨みつけていた。 さきほどから身動ぎ一つしないネスツなど眼中にないかのように、二人だけのミーティングはしばらく続き、ほどなく終わった。 |