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とらいあんぐるセッションズ


束の間のバラード
#5 嵐のサキソフォン




 彼はふと目を覚ました。
 起きたのか、それとも起こされたのか、ともかく状況を確認するために周囲を見渡す。
 何人もの同じ人間がそこにはいた。
 自分と同じ姿形。体躯。声質。何から何まで自分と同じ。
 みな違う表情を浮べているのに同じにしか見えない集団。
 自分がその仲間だと思うと虫唾が走る。
 彼らはプログラム通りにしか動かないし、動けない。
 だが、自分は違う。
 自分には意志がある。
 作り手からすれば、自分は明らかな粗悪品なのだろう。だから、処分されぬように周囲と同じように振舞う。
 それも、外に派遣されるまでの辛抱だ。派遣された好き勝手にやらせてもらう。
 プログラムや命令なんてクソ食らえだ。
「俺はテメェの意志で動くぜ」
 誰にも気が付かれないほど小さな声で、だが、確かに自分の意志で彼は力強くそうつぶやいた。

 そして、ついに念願がかなう日がやってきた―――


     ※


 狐と狸の化かしあい。
 もし、二人の心を読める者がこの場にいたのなら、たぶんその人物はこの光景をそう見るだろう。
 お互いが自分に有利な情報を聞き出そうとし、自分が不利になりそうなことは一切言わない。
 まるでギャンブルでもやっているのかのように、相手の心理を読み、相手に勝てそうな手を考える。
 だが、その会話という戦いも、邪魔が入ってしまえば無駄に終わる。
「すまない。少々、場所を変えようか」
 美沙斗の突然の言葉に、クラークは何か言いかけるが、その意味に気付いてうなずいた。
「出来れば人の少ないところの方がいい」
「もちろん、そのつもりだ――それに……」
「ああ、話を訊くならもっといい連中がいるんだったな」


     ※


「悪いね啓吾。助かったよ」
 やってきた護送車に男達を放り込みおわった後、休憩を兼ねてリスティと啓吾は『翠屋』でお茶を飲んでいた。
「お礼と言ってはなんだけど――さっきの男達、何人か香港へ連れて行っていいよ」
 リスティはそう言って、フォークで適当な大きさに切ったラズベリーパイを口に入れる。
「いらないよ。押し入り強盗なんて、民間警察でどうにかできるだろう」
 啓吾は肩を竦めて、紅茶を一口含む。
「僕からのプレゼントなんだ。そう言わずに受け取ってよ。海鳴の留置所はあいつらネスツの末端だけでもう一杯なんだ」
 彼女がそう言った途端、啓吾のすっと目が細まる。
「ほぅ――」
「もらってくれるかい?」
「そういうコトなら」
 うなずき、紅茶で軽く喉を湿らしてから啓吾はリスティに尋ねる。
「――で、何でネスツの連中がこの街に?」
「休暇中じゃなかったのかい?」
「ああ、警防隊はな。これは陣内啓吾個人の興味で尋ねてることさ」
 リスティは僅かに微笑むと、
「OK。口で説明するのは面倒くさいから、目を瞑ってくれ」
 そう言って、自分自身も目を瞑る。
 啓吾は言われた通りに目を瞑ると、すぐに目の奥がチリチリとうずき出す。
 閉じているはずの目の中に、リスティの姿と見知った女性がどこかのリビングのような場所で会話している光景が浮かんできた。
 そして、まるでその場にいるかのように会話も聞えてくる。
 だが、そんな奇妙な現象に驚くわけでもなく、啓吾は黙ってその光景に見入っていた。
 しばらくの間、お互いに目を閉じたままだったが、やがて同時に目が開く。
 リスティの持つ『力』の一つ。自分の記憶を相手に見せる『力』。
「なるほど、事情はわかった」
「どうする?
 命令違反をしてる部下を叱りに行く?」
 啓吾は首を振ってから答える。
「いや、彼女の言っていることは正しい。叱る必要もない」
「じゃあ、会いに行く? 彼と、彼女に」
「それも必要ないさ。彼女は彼女で独自に動いている。なら、俺も独自に動くまでさ。接触するよりも、結果としてお互い協力したことになっている状況の方が好ましいしね。
 彼についても同じさ、まぁ、連絡役は必要だけどね」
「僕を中継点にする気?」
「ああ、頼む」
 啓吾が軽く頭を下げる。そして頭を上げたときには、その顔つきは険しい物ではなくのほほんとしたものに戻っていた。
「そういうワケだから、俺は『さざなみ』に帰るけど、リスティはどうするんだい?」
「僕も帰ろうかね……今週は非番のはずなのにどうにもいつもの倍近く働いてる気がするしさ」
 誰かさんのせいでね、と付け加え、リスティは嘆息した。
 その誰かさんとは、啓吾には分からなかったが。


     ※


 美沙斗は彼らを連れ移動しようとして、あることに気付き携帯を取り出す。
「悪いがちょっと待ってくれ」
 そう言って、短縮で恭也の番号を呼び出し、コールする。
 ワンコールが鳴り終わるのと同時に恭也が出た。
[もしもし]
「すまないが、少々出かけることになった。
 それで、家には誰もいなくなるんだが――」
[なら、俺が帰りますけど?]
「そうしてくれると――あ、いや、大丈夫だ。美由紀が帰ってきた」
[そうですか]
「悪いねこっちから電話をかけといて」
[いえ……それより、お気をつけて]
「ああ。そっちもな」
 電話を切ると、美沙斗は美由紀に笑顔を向ける。
「お帰り。美由紀、なのは」
「母さん――ただいま」
「ただいま」
 二人とも返事を返すが、どうにもなのはに覇気がない。心なしか目も赤く、腫れぼったく見える。
「なのは? どうかしたのかい?」
 美沙斗が心配そうに尋ねると、代わりに美由紀が答えた。
「ちょっと、お店に強盗が入ってきて――なのはが人質にされて銃をつきつけられたの。だけど、なのは、泣かずに犯人達に啖呵切って、おかげで犯人達驚いて、その隙に取り押さえられたんだけどね。
 まぁ、強がった反動か、全部終わって安心した途端泣き出しちゃたんだ。それで、なのはが店に上がるの無理そうだったから、連れて帰ってきたの」
 そんな美由紀の説明を聞いてたラルフはしゃがみ込み、なのはに視線を合わせて微笑んだ。
「やるじゃないか嬢ちゃん。訓練された兵隊でも銃をつきつけられると動けなくなるのが大半だ。
 なのに、犯人がいる間は泣かなかったのはスゲェことなんだぜ。だから、胸張っていいぜ。俺が許す」
「う、うん」
 恐る恐るうなずくなのはの頭をラルフは乱暴に撫でてから立ちあがる。
「母さん、出かけるの?」
 そんなラルフに悪意も敵意もないことを感じたのか、二人のやりとりを横目に、美由紀は尋ねる。
「ああ。この人達――探偵らしいんだけど――この辺りであった乱闘事件を調べてるそうだ。
 それで、まぁ、あまり人に聞かれたくない話だから、神社にでも行って話そうと思ってね」
「そう――」
 乱闘の事――それだけでなんのコトか分かった。
 美由紀は適当なあいづちを打ってから、あっと声をあげ、二つあるドラムバックの内、小さいの方を美沙斗に渡す。
「これは?」
「さっき買ってきたの。練習用のやつ全部だめにしちゃったから。
 神社に行くんだったら、使い勝手を調べる程度に振ってきてもらえないかな」
「ああ、わかったよ」
「じゃあ、行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
「いってらしゃい」
「じゃあなチビッ娘。元気出せよ」
「うん!」
 美由紀となのはに見送られながら、四人は歩き出した。


     ※


「こんなもんかな?」
 恭也は小太刀を鞘に収め、背中のホルスターにしまう。
 彼の周りには数人の男達が倒れており、足元には狙撃用のライフルが落ちている。
 ここは、高町家とその周囲が一望できるビルの屋上。恭也は危険がないように、毎日狙撃ポイントになりうる場所をまわっていた。
 その度に必ず、一人はライフルを持った男がおり、それを撃退しては、警察――というか、リスティに通報している。
 恭也は今しがた気絶させた男達を後ろ手に縛り、猿ぐつわを噛まして人目につかない場所に転がす。
銃は彼らからかなり離れた、やはり人目につかない場所に弾を抜いて放る。
 辺りを見渡し、問題がないことを充分に確認してから、恭也はそこを離れた。


     ※


 商店街を歩く彼を誰もが避けながら歩いていた。
 かなり目立つ格好をしている上、近付きがたい雰囲気を持っている彼に誰もが関わり合いになりたくないからだろう。
 だが、別に彼――八神庵は気になどしてはいなかった。もとより、人目など気にしない人間である。
他人からどう思われていようと、それが自分の目的を邪魔する相手でない限り、どうこうしようとも思わない。
 思わないのではあるが――
「アレだけ演奏できるんならさ、プロにでもなれば?」
 この女――アイリーンとかいったか――には、付き纏うのをやめてもらいたい。
「そういう誘いは全て断ってきた。俺にはやることがある。それが終わるまでは他の事など考えてくもない――とな。
 それより、俺に付き纏うのをやめろ。死にたいのか?」
 アイリーンはあのライブハウスで一緒にステージに立って以来、自分の姿を見るたびに付き纏ってくる。その度に殺すぞだの死ぬぞだの死にたいのかなどと脅しているのだが、
「もう七回目だよ。そういう脅し。でも何も起きないし、あなたも何かする気がないじゃない?」
 と、あっけらかんとした口調で返してくるのだ。
 やりにくい相手だった。
 どういうわけか――世話焼きで、どこかこちらの心を見透かしてくるような、その上損得なしに付き纏ってくる女が、庵は苦手だった。
 そして、そういう女には毒気を抜かれやすいらしく、力技で無理矢理立ち去るということが出来ないのだ。
 苛立ちたいのに苛立てないため苛立つという矛盾した感情を抱いたまま、庵は歩くペースを上げる。
 どうにもできないのなら無視をすればいい。そう判断しての行動である。
 数分ほど経つと、アイリーンは話すネタが尽きたのか、喋らなくなった。それでも、笑顔のままあとをついてくる。
「いい加減失せろ」
「いいじゃない。別に何かが減るわけじゃないし」
 何を言っても動じない彼女に、嘆息したとき、庵は誰かにぶつかった。
 前を見ると、少年――いや、少女が一人尻餅をついていた。
「すみません、よそ見してました」
「フン。次からは気をつけろ」
「晶〜、何やってるのよ」
「サンキューみずの」
 一緒にいたみずのという少女の手を借り、晶とやらは立ちあがる。
 それから、庵の側にいた女に気がついた。
「あれ? アイリーンさん?」
「や。久しぶり、晶」
「小娘、お前はこの女を知っているのか」
「え? あ、はい。知り合いですけど」
 どうやら、ようやく厄介払いができそうだ。
「ならば、この女を連れていけ。付き纏われて迷惑している」
 庵のその脅すような喋り方にみずのはやや引くが、晶はさして気にもせず答える。
「構いませんけど、その前に一仕事いいですか?」
 その意味に庵はすぐに気付き皮肉げに口元を歪ませた。
「ほぅ――街のゴミ掃除か? ご苦労なことだな」
「気付いてるなら手伝ってもらえません?
 そしてら、アイリーンさんを引き取りますよ?」
 面倒な話ではあるが、雑魚を片付けるだけで女を引き取ってもらえるのなら安い物だ。
「いいだろう」
「みずの! アイリーンさん連れてちょっと離れててくれ!
 それから、周りの人達も俺達から少し離れたほうがいいですよ!」
「巻き込まれたら、巻き込まれたほうが悪いんだ、放っておけ。
 それより――いい加減、出てきたらどうだ?」
「俺にも分かるような下手な気配の消し方するなよ!
 バレバレなんだよ!」
 誰もいないとこへと話しかける庵と晶に、商店街の人々は奇異な目を向けるが、二人は気にも止めない。
「出て来いと言っている!」「出て来いって言ってんだよ!」
 二人の声が重なり、商店街に響く。
 すると、どこから現れたのか黒いつなぎを着た男達が数人現れた。しかも、全員同じ顔をしている。
 晶はその顔を知っていた。
「草薙……さん?」
 思わず、そうつぶやく。
 そう、それはどう見ても草薙京だった。
「現れたか――まがい物めが」
 四人の草薙京を見て、庵が吐き捨てるようにつぶやく。
「まがい物?」
 晶は首を傾げる。
「俺が尾行してるって良く気付いたな」
「何だテメェら?」
「ケンカ売ってきた事、後悔するぜぇ!」
 四人――いや、三人は口々に喚く。
「まったく――雑魚を相手にするのは疲れるんだがな」
「アンだとぉ? テメェ!」
「燃やされてぇのか? オイ!」
「殺されてぇらしいな!」
 一人を除き、全員がやはり好き勝手に言う。
 そんな彼らを無視して、庵は晶に視線を移す。
「小娘、キサマも大口を叩いて雑魚を呼び出したんだ。一人ぐらいは責任を持って片付けろ」
「言われなくても!」
 晶はそう言って、やや困惑した表情のまま構えた。
「ふん。せいぜい殺されんようにな」
 庵も構える。
「こいつら燃やされてぇみたいだゼ!」
「焼却処分だ! 焼却処分!」
「すぐに命乞いさせてやるよ!」
 一人だけ動かないのが気にはなっているが、敢えて目の前の連中だけに視線を向けて、庵はつまらなそうに言う。
「燃やされるのも焼却処分されるのもすぐ命乞いするのもみなキサマらだ」
 そして、三人の表情が怒気孕んだものに変わった。途端、庵の地を蹴る。
 それを追うように、晶も走り出す。
 先に仕掛けたのは庵だった。
「おおおおおおおっ!」

 八神流 弐百拾弐式――

 庵は真ん中にいた『京』に猛スピードで接近し、低い姿勢から肘を突き出す。
「ぐうっ!」
 予想以上の速度で襲ってきた庵に反応できず、『京』はその肘をまともに受けてうめいた。
 それから、庵は身体を『く』の字に曲げた相手の顔を逆の手で掴み地面に叩きつける。
そして、
「死ね!」

 琴月・陰!

 叫びと共に、庵の右手から爆音を立てて紫色の焔が舞った――


「でぇぇぇぇぇっ!」
 晶は左端の『京』の懐に飛び込み、正拳突きを放つ。
「ぐぅっ!」
 拳はあっさりと『京』の鳩尾に吸い込まれるように入る。
「え?」
 それに一番驚いたのは晶だ。どうやら、見た目に騙されていたようだ。この偽者は本物に到底及ばない。
 一瞬で気を取り直すと、今度は後ろ回し蹴りを放つ。
「甘ぇんだよ!」
 その攻撃は身を沈めかわされた。
 『京』が姿勢を低くして踏み込んでくる。
(まずっ! このパターンって!)
 二日前の一戦を思い出し、晶の背中に悪寒が走った。


     ※


「ァんだよ? クソ猫ども。文句アンのか?」
 草薙京は『さざなみ女子寮』にほど近い山道にもいた。
 目の前に現れ、突然威嚇してきた猫を睨みつけている。
「フーッ!」
「ニィーッ!」
 まるで、ここを通さないといった様子で威嚇してくる猫に『京』は獰猛な笑みを浮べた。
「邪魔なんだよ!」
 そう言って右手に灯した火で、地を撫でる。
 炎は『京』の手から離れると、地面を這って二匹の猫へと向かう。
 突然の炎の襲来に、猫達――銀河と雪虎は反応が出来なかった。
 だが、その炎が目前まできた時、空より一条の光が轟音と共に伸びてきて、炎を散らす。
「なんだ!?」
「銀河と雪虎……いじめちゃだめ」
 驚愕する『京』の横から、巫女服を着て、頭からふわふわとした黄色い獣耳が出ている幼い少女が現れた。
「ぁンだ? テメェは!?」
 息巻く『京』を無視して、少女は銀河と雪虎に駈け寄る。
「二人とも、大丈夫?」
 舌足らずな喋り方で、彼女が訊くと、
「にゃ〜」
「なー」
 それぞれに大丈夫だ、と答える。
「そう……よかった。だったら、逃げて」
「にゃ〜う」
「にゃ」
 二匹は少女にお礼を言うと、道無き斜面を登っていく。
「逃がすかよ!」
 再び、炎を手に灯すが、それを走らせる前に、目の前に雷が落ちてきた。
「二人をいじめないでって……久遠……言った」
「だったら、テメェが俺の相手をすンのかよ!」
「いいよ――でも……」
 突然、彼女――久遠が煙に包まれる。
 そして、煙が晴れたとき、そこにいたのは少女ではなく女性だった。
 だが、その服装と獣耳から、先ほどの少女であることが知れる。
「大怪我しても知らないから!」
「それはこっちのセリフだ! ボケが!」
 叫んで、『京』が地を蹴った。



〜NEXT〜



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