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とらいあんぐるセッションズ


束の間のバラード
#4 Rumbling on the City





 自分の姉――美由紀が悪漢の最後の一人を地面に叩きつけた。
 なのはは最後に倒された男を見る。素人目から見てもその男――いや、その男を含めた男達は動けそうにない。
 そしてもう大丈夫なのだと確信した。
 直後、
「お姉ちゃん!」
 なのはは大粒の涙を流して美由紀に抱きついた。
「よしよし――良く最後まで泣かなかったね、頑張った」
 美由紀は抱きついてきたなのはを優しく抱き返す。そこには、先ほどまで男達と対峙したときのような冷たさは微塵もない。
「でもね、なのは。
 自分が安心する前に、まずはお客さんを安心させないと。ね?」
 美由紀はなのはを優しく引き剥がしてから微笑んだ。
「うん」
 なのはは美由紀から受け取ったハンカチで涙を拭うと、店の真ん中まで歩いていき、頭を下げた。
 美由紀とレン、晶も頭を下げる。それからコトの成り行き呆然と見ていたアルバイト達も我に返ると、四人にならって頭を下げる。
 ゆっくりと頭をあげ、お客さんたちを見渡してから、なのははお詫びを告げた。
「お客様方、大変ご迷惑をおかけしました。ですが、お店に入ってきた男達はご覧のように倒れました。
 警察もすぐに呼び、彼らを引き取ってもらいますのでご安心してお食事の続きをお楽しみ下さい。
 また、お詫びと言っては何ですが、当店自慢のシュークリームを皆様にご馳走させていただきたいと思います。
 本当にご迷惑をおかけしました」
 それから、再び頭を下げた。
 それと同時に、店内が一斉に拍手で包まれる。
 中学生にも上がっていない少女のものとは思えないしっかりとした態度と、なにより男達に銃を付きつけられても凛としていたその姿にお客さんたちが拍手を送ったのだ。
 突然の拍手になのはは目を丸くするが、それが自分に向けられたものだと気付くと、照れながら慌ててお辞儀をした。
 そんななのはを横目に、美由紀は眼鏡をかけてから、店の奥にいる大男と茶髪の少女のコンビへと視線でお礼をする。

 ――ありがとうございます。助かりました――

 二人ともそれに気がつき、それぞれ小さなジェスチャーで返事を返す。
 美由紀はなんとか事無きを得ずに終わったことに安堵の息をつくと、知り合いの警察――リスティに電話をかけるため、そっとなのは達の側を離れた。


     ※


 レオナは目を覚ますと、ゆっくりとベッドから起き上がる。
そして、今しがたまで眠っていたとは思えない機敏な動作で部屋に備え付けられた洗面所へと向かった。
 軽いシャワーを浴び終えると、下着姿のままベッドの元へと戻る。
 乾ききっていない青みがかった髪が艶やかに蛍光灯の光を反射し、幼少の頃から鍛えてきたそのしなやか肢体は風呂上がり特有の湿り気を見せている。見ようによってはかなり色っぽい光景だというのに、レオナからはそういった色気のようなのが微塵も感じられない。
 その原因は彼女特有の刃物のような鋭く近寄りがたさを感じさせる雰囲気のせいだろうか。
 彼女からしてみれば色気などというものは、戦場では役に立たない無意味なステータスといった程度のものでしかない。
 レオナはカバンからレディーススーツを取り出して手早く着ると、ベッドの柱にかけてあったネックレスを手に取った。
 任務中は基本的にこのネックレスを髪止めにしてポーテールにしている。
今回はどうするべきか――彼女はネックレスを手にしたまま一瞬だけ考え、素早く首から下げると、ルームキーを持って部屋を出た。
現在の時刻は朝七時五十分。別の部屋に泊まっているラルフ・ジョーンズ大佐とクラーク・スティル少尉の両名とは朝八時にこのホテル一階のレストランで会うことになっている。
 この時刻ならば問題なく、集合時間の五分前にはレストランへつけるだろう。
 左腕の時計で時刻を確認し、レオナは見る者が見ればまったく隙のない歩き方でエレベータへと向かった。


「ようレオナ」
 レオナがレストランに着いた時にはすでに二人の仲間は席に着いていた。
「悪いな。腹減っちまってよ。先に食ってるぜ」
 そう言ってラルフはハンバーグの挟まった大きめのサンドウィッチにかぶりつく。
「どうだレオナ。ちゃんと寝れたか?」
 ガツガツと朝食を食べているラルフに呆れながら、クラークが訊く。
「ええ」
 レオナはそれにうなずきながら席に着いた。
 ラルフとクラークも普段のダウンジャケット姿ではなく、スーツを着て座っている。だが、二人ともトレードマークである赤いバンダナ、青い帽子とサングラスを外していないのでどうしても胡散臭く見えてしまう。その上、二人の筋肉はスーツ程度では隠すことが出来ず、見様によってはどこかのマフィアにしか見えない。
 レオナはやってきたウェイターにミルクティーとサンドウィッチを頼むと、クラーク――ラルフよりも建設的と判断した――に視線を向けた。
「どうやって、調査をするの?」
 クラークはコーヒーをひと啜りしてから答える。
「一応、俺達が探偵だってコトにして、街の人間から最近の出来事を聞き出そうってコトになった」
「なら、階級で呼び合うのは適切ではないわね」
「ああ。ちなみに架空の事務所の名前はジョーンズ探偵事務所。名前の通り大佐――ラルフが所長。俺は事務所員。お前が所長の助手。各員の呼び方はお前に任せる」
「了解」
 敬礼こそいないものの、軍人としか思えない返事をしたレオナと、朝から重そうな料理をがっついている上官を見て、クラークは本当に探偵のフリなどやっていけるのだろうかと頭を抱えた。


     ※


 ウィップはあの騒ぎの後、マキシマと別れ、我が侭小僧に頼まれた物を買うためにスーパーに入った。
 我が侭小僧の好物であるビーフジャーキーを二パック。ビールも頼まれていたのだが、敢えてコーラと紅茶を購入。そして、無くなるとうるさいので一応タバコも買った。他にも簡単な日用品を数点。
 それらと、翠屋でもらったシュークリームの詰め合わせを袋に詰め、左手で持ち外へ出る。
 普通なら、シュークリームセットの箱を右手に袋を左手に持つ事も問題にはならないのだが、ウィップには常に片手を空けておかなければならない理由があった。
 いつでも臨戦体勢に入れる事。それが、理由。
 追われている身である以上は、警戒をし過ぎても問題はない。
 そういうわけで、ウィップは左手だけに荷物を持ってスーパーを出た。
 そのときだった。
 彼らを見たのは―――
 運良く、向こうはこちらに気がつかなかった。
 彼らの前で普段着ていたカーキ色の軍服でなかったことと、彼らは街行く人達になにか尋ねまわっていたので、隙を付いてその場を離れられた。
 しばらく歩いて、追われていないことを確認してから、彼らの姿を思い出す。
「レオナはともかく、少尉と大佐にスーツは似合わないわよ。特に大佐はなんていうか根本的にスーツとは無縁の人間なんだから。あれじゃあ、ただのマフィアにしか見えないわよね」
 思わず吹き出しそうになるのを堪えて、ウィップはアジト代わりに使っている街外れの廃墟ビルへと足早に向かった。


     ※


「ふぅ〜」
 京は熱めのシャワーを浴びながら、つい先ほどまで手合わせをしていた美沙斗のコトを思い返していた。
(とんでもねぇ技を使うんだな、御神ってのは)
 KOFにも古武術や暗殺拳を使う選手がいないわけではない。だが、そのどれもがどこかスポーツナイズされた感がいなめない。
 もちろん自分が操る草薙流古武術も美沙斗――いや御神の人間から見れば、スポーツナイズされた古武術の一つなのだろう。
 とはいえ、京は草薙の技に対して誇りを持っているし、その辺の古武術とは比べ物にならない本当の意味で古い武術だと思っているし、その強さも比べ物になるまいと自負している。
 だが――
(あれが、昔から姿を変えるコトなく受け継がれてきた古武術……か)
 草薙の技も千八百年という歴史を持っている。だが、長い時の流れの中で、その時世に合うように幾度も姿を変えている。
 もしかしたら、御神のように技が暗殺に特化していた時期もあったかもしれないが、今では一対多数で使える技も少ない。
(たぶん、本当の意味で初代と同じ動作の技ってのはもうねぇんだろうな)
 時代と共に進化しているのは科学技術や人だけではなく、代々その家に伝わる独自の技もなのだろう。技と言うのは、茶道や華道といった格闘技以外のものにだって当てはまる。
 どんな技も、その姿を大きく変えるコトがなくとも、時代に適応したマイナーチェンジを繰り返している。
(進化こそしても時代には適応しない技……か)
 決して綺麗事にならない技。磨いたところで白くならない技術。
 美沙斗はそう言っていた。
(武術の本質を極めた流派って感じだよな)
 それでも、美沙斗達は御神の技で大切な物を守っている。
(そうだよな。どんな技であろうと大切な物を守るための力になるなら――)
 京の脳裏に、しばらく会っていない恋人の顔が浮かぶ。
「ユキ――」
 ただがむしゃらに格闘技をやっていた頃とは違う。少なくとも、彼女と出会ってからの自分の炎はただ敵を倒すためのものでなく、大切な物を守るための力だと思えるようになった。
 だが、
「なにが――ユキを守るため炎なのかね?」
 右手に灯した炎を見ながらつぶやく。
 炎は降り注ぐお湯をひたすら蒸発させている。
「自分のコトに手が一杯でまったくユキに会えてねぇのによぉ」
 自嘲気味に笑い、炎を握りつぶすように消してからシャワーを止めた。
 丁度そのとき、高町の家の呼び鈴がなった。
 京はすばやく風呂場から出ると身体を拭き、急いで服を着る。
 ただの客だとは思うのだが、ただの客ではない場合、裸では色々と不便だからだ。
 家には美沙斗がいる。生半可な刺客なら逆に返り討ちにあうだろう。
(まぁ、用心するに越したことねぇよな)
 玄関の方から感じる気配は美沙斗のほかに三つ。
「三人か――KOFの参加者だったりしてな?
 そういや、最近は四人だっけかね」
 あながちハズレではないコトをつぶやきながら、京は脱衣所のドアをあけた。


     ※


 シャワーを浴び終わり、リビングで寛いでいると呼び鈴が鳴った。
 本来のこの家の住人は今、全員留守にしているコトを思いだし、美沙斗は腰を上げる。
「今、行くよ」
 リビングで言った所で誰に聞えるわけではないのだが、一言そう言ってから玄関に向かう。
 玄関への僅かな距離を歩く過程で、美沙斗は自分の手持ちと周囲にある武器の数を数える。
 鋼糸二本。飛針十本。確か、玄関付近には処分予定の破損した木刀が三本。
「まぁ、よほどの敵ではない限り余裕か」
 独りごちてから、玄関をくぐり、門を開ける。
 そこにいたのはスーツを着た三人組。
 男二人。女一人。
 三人とも明らかに日本人ではない。
 男達はそれぞれ、赤いバンダナと青い帽子をかぶっていた。帽子の男の方に関してはサングラスまでしている。だが、良く見ればそのサングラスは目の傷を隠す物だと知れた。
 二人に共通していることといえば、スーツの上からでもわかる隆々とした筋肉。しかも、見掛け倒しの木偶ではない。過酷なトレーニングと過酷な実戦からのみ生まれる、酷使することだけに特化した戦闘用の筋肉だ。
 女の方は特にこれといった特徴はない――いや、その無駄の一切ない体付きを特徴として上げられるだろう。二人のように見て分かる筋肉ではないが、彼女の身体も戦いに特化したものだ。
 一目でそこまで感じ取ってから、美沙斗は即座に訊く。
「君達はマフィアか何かかい?」
 彼らと顔を合わせて数秒と経っていないのだが、思わずそう口に出た。


 マフィアか何かか――とこちらの顔を見るなり、突然訊かれ、クラークは自分たちを軽く眺め……納得し、そして頭を抱える。
 言われてみれば、自分たちはどう見てもそういった物にしか見えない。
 だが、頭を抱えている場合ではない。フォローをしなければ。
 そう思って、クラークは口を開こうとしたのだが、それより先にラルフが不機嫌そうに言葉を発した。
「マフィアだぁ?
 俺達はなこう見えても探偵なんだよ、た・ん・て・い!」
 再びクラークは頭を抱える。
 堂々とそういうコトを言う探偵などいるはずもない。
「それは失礼。それで、なんの用かな?」
(――って、信じるのかよ)
「話を会わせてくれているだけよ。かなり警戒してるわ」
 目の前の女性のあっさりとした返答に驚いているクラークに、レオナは女に気付かれぬように耳打ちする。
 言われてみれば、本当に注意深く探らなければ分からないほど微弱な警戒の空気を感じる。
 僅かにクラークが眉をひそめるのを横目に、レオナは名刺を差し出した。
「紹介が遅れてすみません。我々はこういった者です」
 それを女性は受け取ると、軽く一瞥する。
「ジョーンズ探偵事務所……なるほど。確かに探偵のようですね」
 その名刺を見る仕草で、クラークはようやく相手の技量に気付いた。
(この女……隙が……ない?)
 今まではどうってことのない女の立ち振る舞いが、その瞬間から別物に見えてくる。
「日本語、お上手ですね」
 そのセリフをレオナとラルフはどう思ったのかは分からないが、クラークは即座に駆け引きが開始されたのだと判断した。
「ええ。日本にはわりと長いものでしてね」
 不自然に思われぬようにラルフとレオナの前に出る。
「そうでしたか――それで、探偵さんがこの家にどういった用件で?」
 クラークは怪しまれない程度の僅かな間をあけて答える。
「人を探してるんですよ」
 もちろん嘘だ。先の僅かな間に考えたものである。
 とはいえ、あながち嘘ともいいきれない。もっとも、彼らの探しているのは個人ではなく団体であるのだが。
「そうですか――でもそういうのは警察の仕事じゃないですか?」
「ええ、まぁ、本来はそうなんですけどね。依頼人がどうも警察に通したくないらしいんですよ」


 美沙斗は彼らについて判断しかねていた。
 探偵――言われてみれば見えなくもないのだが、どうにも胡散臭い。
 なによりこの帽子の男。こちらの罠であったセリフにいち早く気付き、他の二人がボロを出す前にフォローをした。こういった会話での罠や駆け引きに気付くのはなかなか身につくものではない。
 そう考えると怪しいのだが、殺意や敵意といったものは感じられず、純粋になにか探しているだけのようにも見える。
「少々、その依頼、怪しいのでは?」
「まぁ、そうは思いますけどね。
 この不景気――探偵業にも影響がありましてね、事務所が客を選り好みしてられない状況にまで負い込まれてるんですよ。わりと派振りのよい依頼人だったんで断れなくて」
 そのセリフを元に美沙斗は仮定をたてる。

 1 彼の言葉が全て事実であった場合、依頼人はネスツの人間で、探しているのは当然、
   草薙京のことである。

 2 彼の言葉が全て嘘であった場合、まったくもって目的は不明。
   ただし、人探しの一点だけを事実ととるのなら、彼らはネスツの人間であり、
   草薙京を探し回っていると考えられる。

 3 また1、2共にネスツではない場合が考えられる。
   自分と同じような草薙京を保護することを目的とした司法組織、
   あるいはなんらかの機関に属する人間が絡んでいる場合である。

 そして、どの仮説であっても一つだけ言えるコトがある。
 草薙京を差し出すことは、現状を不利にするだけでだと言うことだ。


 クラークは表情がほとんど変わらない目の前の女性に苦戦していた。
 何をどう思っているのかイマイチ予測が出来ないのだ。
「それで、いったいどんな人を探しているんだい?」
 その言葉を聞いたとたん、クラークは目の前にいる人物がいったいどういった人間なのかの検討がついた。
 これまでの駆け引き、そして彼女の技量。
 ようするに彼女もどこかの組織に属しており、ネスツに対し警戒を抱いているのだ。
 そして今の質問は完全な選り分けを意味する。つまりネスツがらみか、そうでないかの。
 クラークも忘れていたわけではないのだが、思い浮かばなかった人物――確かに、会話の流れ的に彼を連想することはできる。
 彼女も草薙京のことを知っている―――
 つまり、迂闊に草薙京に関するようなコトを訊けば事態がこじれるのは請け合いだ。だからといって、咄嗟に人相など思いつかない。
(――と、待てよ)
 誤魔化す必要などないのかもしれない。
 相手も何らかの組織に属する人間だというのなら、うまくやればこちらが手に入れていない情報を聞き出せるかもしれないのだ。
(まぁ、本来ならば情報部の連中がやるべきなんだろうがな)
 ならば、そのカマ掛けに乗ったフリをして情報を聞き出してやろう。
 そう考え、クラークはわざと相手が気付くようににやりと笑って答えた。


「えっと――ですね、二十歳前後で、やや童顔。身長は百八十前後の男です。どんな格好をしているかは分からないんですけど、もしかしたら薄汚れた格好をしているかもしれませんね」
 男はやや思案したものの、あっさりとそう答えた。
 カマ掛けに成功したとは言いがたい。先ほどの笑み、明らかにわざとだろう。
 それに、今の答え方――どうにも引っ掛かる。こちらが、草薙京を仄めかした事に気付き、わざと彼を連想させるような人物像をあげたような気がするのだ。
 とすると、草薙京を探しているフリをして実はまったく別の何かを探っている可能性も出てきたと言える。
 だが、おかげで男達の正体は漠然と掴めた。
 つまり、先ほどの仮定でいうところの3に当る者達なのだろう。
 そして、彼らは探偵ではない。
(うまくいけばこちらの知らない情報を聞き出せるかもしれないな)


     ※


 飛行機を降りてから電車に乗り、数回の乗換えをしてようやくこの海鳴市に辿り着いた。
 駅の改札をでるなり、男は伸びをして欠伸を噛み殺す。
「さてと、『娘』達は元気かな?
 新しい『娘』も増えてるだろうしね」
 つぶやいてから、タクシー乗り場へと向かう。
 乗り場で少し思案してから、
「まぁ、寮まで大した距離も無いし――久々の故郷だからな、歩くのもいいか」
 そう結論を出した。
 それから、商店街へと向かう。
「どうにも……平和な街の人間とは思えない連中がいるな」
 適当に辺りを見渡しながら、独りごちる。
 数年前に戻ってきたときから変わり映えしない風景。いや、本格的に香港へと出向く前からほとんど変わっていないだろう。
「やっぱ、この街は落ちつくね」
 自分の記憶と今の商店街を照らし合わせながら歩く。
 ふと、仕事中知り合った男の奥さんがやっているという喫茶店が目に入る。
「香港で土産を買い忘れたからな――ここで買うか」
 それで、許してくれない『娘』が何人かいる気がするが、まぁそれはそれだ。
 男は店にはいると、喫茶店には似付かない光景があった。
「なんだこれ?」
 積み重なった五人の男。
 それを眺めている銀髪の女性――『孫娘』のリスティだ。
「いらっしゃいませ」
 ウェイトレスの声に合わせて、リスティもこちらに向いた。
 少しは驚くのかと思ったが、さして驚いた様子もなく、むしろ、
「おぅ――お帰り。日本に帰ってきてたんだね。ちょうどよかったよ。こいつらをどうやって運ぶか悩んでたところだ」
 仕事から帰ってきた――いや、事実その通りではあるのだが――友達に自分の手伝いをさせるかのような口調で言ってきた。
「あのなぁ、リスティ……」
「かわいい『孫』の願い事なんだ。聞いてくれるだろう? なぁ、啓吾」
 なんとなく、この『孫娘』に口では勝て無い気がして、男――陣内啓吾は嘆息する。
 そして、よく考えると、口で勝てる『娘』など家には一人もいない気がして、少し悲しくなった。


〜NEXT〜




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