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とらいあんぐるセッションズ


束の間のバラード
#2 ESAKA?




 お世辞にも広いとは言えない小さな道場の中央で、京は足を組み、左で頬杖をつきながら目を瞑っていた。
 特に何をするわけでもない。ただ、そうやって心を落ち着けているだけ。
 追われる身となってから、余裕ができるとたまにやっていたこと。
 座禅や瞑想に近い物だと自分では思っているものの、他人から見るとただ眠っているだけにしか見えないらしい。別に他人の目などどうでもいいコトだが。
 それはそうと、やはり道場はいいと思う。高町家の庭にあるこの小さな道場で瞑想――だかなんだか――をしながら、京は思いを馳せていた。
 逃亡の途中立ち寄った、普段、人が近付きもしないような場所。そういった場所は、確かに話通りに修行や瞑想にうってつけであったが、やはり道場の方が落ちつくし安心もできる。
 自分が道場と共に育ってきたからだろう。
「ふぅ」
 特に理由もなく息をついてから、新ためて気を静め、思いを馳せる。
 朝食の席でのこと―――


「なるほど」
 風呂に入る前にはいなかった銀髪の女性――リスティとかいったか――が、美沙斗の説明を聞き終え、朝食の朝粥を口に運びながらうなずいた。
 最初は京も、リスティを訝しげに見たものの、高町の人間はさして気にした様子もないし、美沙斗が彼女に対してあっさりと事情をしゃべったことから、信頼に値する人間だろうと勝手に判断し、気にせずに朝粥の征服にかかった。
 明らかにこういった裏の荒事に慣れている美沙斗が判断したことにケチを付ける気はない。
今は余計なことは考えずに、半月ぶりの人間らしい食事を満喫するのがベストである。
 しばらく、美沙斗とリスティが情報交換をしていたが、それが終わったのか、リスティは声をかけてきた。
「京だったけ?
 君を狙って襲ってくるのは、先のような戦闘訓練を受けただけの下っ端だけなのか?」
 とりあえず、口の中に入っている粥を飲み込んでから答える。
「さぁな。今ンとこはザコだけみたいだけどよ。そのうち、幹部みたいな連中も腰を上げるんじゃねぇの?
 俺はネスツじゃねぇからわからねぇってのが本音だけどな――まぁ、俺のクローンぐらいなら使ってくるんじゃねぇ?」
「そう」
 つぶやくと、リスティは立ち上がった。
「ご馳走さま。ちょっと、用を思い出した。失礼させてもらうよ」
「いえ。無理言って出てきてもらってすみません」
「謝る必要はないよ恭也。わたし達は市民を守るのが第一だからね。事前に海鳴が荒れることが分かっただけでも儲けモノさ。
 それより、京。一つ聞かせてくれ」
「なんだ?」
「君は人工的に作られた命をどう思う?」
「俺のクローンのことを言ってるのか?」
 だとしたら答えは簡単だ――ムカツク。そんだけだ」
 そう答える京に、リスティは一瞬だけ睨むような視線を向けてから、深呼吸をした。
「そうか――変な質問をしたね。謝るよ」
 胸のポケットからシガレットケースを出しながら謝る。それから、煙草を一本取り出し、
「だけど、余裕があるときでいいから、そのクローン達のことも考えてみてやってくれ。あんたは父親なんだからね」
 そう告げてから、咥えた。
「バイ。また今度ね、みなさん」


(俺が父親……? なんの?
 ……って、クローンの……だよな)
 リスティが帰る直前に告げた言葉が脳裏で反芻される。
 なぜ、クローンを気にかけるようなことをいったのか。理由は分からない。
(そもそも、俺のクローンは全員敵意剥き出しのワルモンだぜ――気にかけてたら火傷しちまうっての)
 少しの間そのことについて黙考する。
 だが、しばらくして京は急にぐるぐる回っていた思考を止めた。
 背後に気配を押し殺している気配――どうやら気配を消すのに不慣れのようだ。
 姿勢はそのまま、京はゆっくりと目をあける。
 道場の中の空気が張り詰める。
「うらぁっ!」
「甘ぇっ!」
 突如、裂帛の気合いの弾けた背後に向かって、京は炎を放った。
「うわっ!」
 気配が小さく悲鳴を上げて飛び退く。
 京はその隙に素早く立ちあがり、気配へと身体を向けた。
 そこにいたのは一人の少年――のように見える少女。確か名前は、
「晶……だったか?
 不意打ちをするならもう少しうまく気配を消しな」
「へへっ……師匠にもよく言われます」
 軽く舌を出して、晶は苦笑する。
「で、なんのようだ?」
「炎を操る古武術――草薙流の使い手にして、全世界の格闘家たちが集う格闘技の祭典KOFで過去三度の優勝を経験した格闘家……」
「詳しいねぇ……勉強熱心なもんだ」
「手合わせをお願いできますか?」
「構わねぇぜ」
 晶の申し出に京はうなずくと、ゆっくりと右手を掲げる。
「ただし!」
 その声と同時に、掲げた手に炎が灯る。
「燃えてから後悔すんなよ?」
「もとより覚悟の上です!」
「へっ」
 京は小さく笑ってから、
「……かかってきな!」
 炎を握り潰すように掲げた手で拳を握り、気合いを入れる。
「応っ!」
 晶はうなずき、気合いと共に地を蹴った。
(そういや久しぶりだな……まともな格闘家とやりあうのは)
 迫ってくる晶を見据えながら、ふと思う。
 なんとなく緩みかけた口元を閉め直し、雑念を振り払う。
 突き出された晶の右の拳を受け止め、続けて放たれる上段回し蹴りを身体を沈めることで避けると、京はすぐさま踏み込んで肘を突き出した。
 晶は一瞬、驚いた顔をした。回し蹴りに使った左足はまだ宙を泳いでいる。だが、晶はその肘を食らうまいと、軸足だけで後方に跳ぶ。不自然な体勢で跳んだためバランスを崩して転ぶが、受身を取って素早く立ち上がる。
 だが、立ち上がったときには目の前に京がいた。
「――っ!」
 京の姿勢や構えから上段に来ると直感的に読んだ晶は、その拳を受け止めようと、両腕を高めに構える。
 直後、
「えっ!?」
 急に京は姿勢を低くした。
「ボディが甘いぜっ!」
 低い姿勢のまま、炎を纏った右手でショートフックが放たれる。
 そのフックは晶の脇腹へと吸い込まれるように向かう。
「ぐ……」
 晶はなんとか拳のベクトルと同じ方向へと身体を動かし、威力を削ぐ。それでも、充分にキツイ。
「ふっ!」
 だが、京の攻撃はそれで終わりではなかった。
 フックを放つときに左に捻れた身体を元に戻すかのように、一歩踏み込みながら右へと身体を捻りつつ左手でアッパーを繰り出す。 「くっ!」
 腕を高く構えていた晶は、咄嗟に脇を締めアッパーを受け止める。まるで腕の骨がバラバラになるかのような重い衝撃が走る。だが顎にこなかっただけ良しとする。
「まだだっ!」
 安心したのも束の間、京はまたも身体を逆方向へと捻った。今回は足が上段へ上がっている。アッパーによって巻きあがった炎の燻りをまるで吹き消すかのように風を切る右のハイキック。
 晶は右腕でしっかりとそれを受け止めた――はずだった。
「うわっ!」
 ガードの上から吹き飛ばされ、背中で床を滑る。
「痛っ……」
「今のが草薙流の基本連携の一つだ。最初のボディへの技が『百拾四式・荒咬み』。  次のアッパーが『百弐拾八式・九傷』。
 んで、ラストの蹴りが『百弐拾五式・七瀬』だ。まぁ、七瀬に関しては俺流のアレンジを効かせてあるけどな」
 そこまでしゃべってから、京は晶を見やる。
「回復したか? この程度で終わる気はねぇよな?
 むしろこれからなんだろ?」
 京がおどけた口調で尋ねると、
「もちろん!」
 晶は立ちあがり、額の汗を拭う。
 そして右手を軽く振って調子を確かめてから、構え直す。
「そうこなくちゃな」
 京も再び構えを取った。


「どう思う? 恭也」
 道場の入り口で二人の戦いを見ていた美沙斗は恭也訊ねた。
「KOF連続三回優勝の肩書きはダテじゃないですね。晶には悪いと思いますけど、勝ち目はないですね」
「そうだね。晶の動きも悪くはないんだが、いかんせん真っ直ぐすぎるからね」
「真っ直ぐじゃない晶なんて晶じゃないですよ」
「うん……私もそう思うよ」


(悪くねぇ……いや、むしろKOFの予選に出てくるザコチーム連中よりすっと強ぇんじゃねぇか?)
 何度目かのダウンを奪いながら、京はそんなことを思った。
「おい、そろそろ限界だろ? 
 お前の持てる中で最強の技を打ってきな。受けてやるぜ」
 晶は目でうなずくと、彼女がもっとも得意とする間合いで構えをとった。
(伸び、捻り、スピード、体重……全てを右の拳に集束させて放つ正拳突き――ってトコか)
 京も受け止めるための構えを取る。
 そして、技を出すように促がそうとしたとき、唐突に、道場の入り口から声がかかった。
「京」
「覗き見ってのはあんましいい趣味じゃねぇと思うぜ」
 晶から視線をそらさずに京は皮肉げに言う。
 そんな京に、恭也は苦笑してから告げる。
「晶の一撃を甘く見ない方がいい。俺も一度ダウンさせられたことがある」
「へぇ……あんたがね……」
 答えてから、京は気を引き締め直す。
(確かに、どこか侮ってた部分はあるな。アイツがどういう状況で技を食らったかわからねぇが……)
「来な」
 しっかりと構えを取ってから、京が小さく言う。
 晶は力強くうなずくと、地を蹴った。
 拳が届く間合いになる。
(来る!)
 京は直感的に全身に力を込めるが、晶は打ってこなかった。
(?)
 すでに、投げの間合いと呼べるところまで接近している。
 もうこれ以上ないというところまで近付いていながら、
「うおおおおっ!」
 晶はさらに踏み込んだ。
「なっ!?」
(この間合いで――さらに、踏み込んでくるだと!?)

 孔破・改!

 ゼロ距離から放たれる渾身の一撃。
 最初に京が予想した通り、伸び、捻り、スピード、体重など、威力を高めるための全ての要素が拳に集約されている。
 腕をクロスさせ、その拳を受け止めるが、
(冗談……ッじゃねぇっ!?)
 腕が衝撃に絶えきれるか不安になるほどの重い衝撃が走る。
 その衝撃はガードの上から胸へと流れてきた。
「……っだぁっ!」
 衝撃に身体が支えきれなくなり、京は後方へ数メートルほど吹っ飛ぶ。
 だが、なんとか受身を取ってすばやく起き上がった。
「……っ痛ぅ」
 なるほど――京は納得する。
 これほどの技ならば、恭也がダウンを奪われておかしくない。
「へへっ……やるじゃねぇか。わりと燃えたぜ」
 京は微笑を浮かべながらそう言って、これでお開きと合図をする。
「草薙さんはとっておきを使ってくれないんですか?」
 不満げにそう言う晶に、京は近付きながら告げる。
「今のお前は立ってるのも辛ぇんじゃねぇのか? そんなヤツにとっておきなんざ仕掛けらんねぇよ」
「そんなの! やってみないと……」
 そう言いかけた晶の額に指を突き付け、
「自惚れるなよ? イッパシの格闘家を気取るつもりなら、テメェと相手の技量、テメェと相手の状態をちゃんと把握してから物を言え。
 修行中ならいざしらず、戦いで自分が一杯一杯の時に、そうやって無茶をしていいのは――本当に負けることの出来ない物を背負い、本当に負けることの出来ない相手と対峙した時だけだ」
 オロチという化け物と対峙したときのことを思い出しながら告げる。
 本気でもうだめかと思った瞬間、思い出したのは恋人の――ユキの顔。
 自分がオロチに負ければ、ユキはオロチ完全復活のための生贄にされる。
 全世界の人間が死のうが無に帰ろうが正直知ったことではなかったのだが、ユキが殺されるコトだけは絶対に阻止しなければならないと思った。だから、自分の身体にムチを打てた。
「わかったか?」
 デコピンをしながら京が訊ねるが、晶は答えない。
 反論が浮かばないのか、それとももっと別の理由があるのか――とにかく、何も言わない晶に背を向けて、京は恭也と美沙斗の所へと向かう。
「それで――俺になんか用かお二人さん?」


     ※


「わかったよ。俺もいちいちあいつらの相手をするのもかったりぃからな……言う通りにはする」
 恭也と美沙斗から、注意と警告をされ、京はそううなずいた。
 簡単に言えば、高町家の敷地内でなら好き勝手していいが、敷地の外へは出るな――と、いうことだった。
 買い物やゲーセン等へ行けないのはつまらないが、見つかって面倒なことになるよりずっとマシだろう。
「それより、ああいう言い方をしちまったて、随分とヘコんでたみたいだけど、大丈夫かね?」
 三人で話をはじめてからしばらくして、ふらりと道場をでていった晶の様子を思い出し、京は訊ねる。
「正直、晶には悪いがあのぐらいは言われて当然だろう」
 答える美沙斗に、恭也もうなずく。
「晶はなまじヘタな同級生より強いから、どこか慢心してる部分もあると思う。
 一回だけとはいえ晶は俺にも勝っているから、それがますます拍車をかけてるだろうし。
 晶自身、無意識にウチの人間と館長以外には絶対勝てる、という思い込みをしてる……実際問題、晶はまともな格闘家とやる機会が少ないんだ。
 今回のことはいい薬になったとは思う。
 あの程度の言葉でへこたれてたら、これまで晶が空手をやってきた意味もなくなるからな。
 まぁ、晶のことだからすぐにでも立ち直るさ」


     ※


「全員やめ! 十分ほど休憩だ」
 明心館空手館長――巻島の太い声に全員が手を止め、各々休憩を始める。
 晶は適当な壁に寄りかかりながら座り、スポーツドリンクを一口飲んだ。
「晶――おめぇ、また考えごとか?」
 そんな晶のそばに巻島はやってきて声をかけた。
「館長……」
「俺に話せることなら話してみな。いつぞやのような腑抜けさはねぇから、格闘技がらみの話だろ?」
 晶は相変わらず人の心を読むのがうまい館長に多少驚きながらも、
「実は……」
 昨日、京と戦ったことを京に関することだけぼかしながら話した。
 そして、
「まぁ、おめぇの対戦相手が誰であったかは追求しねぇが、概ねそいつの言っていることは正しい」
 と、聞き終るなりそう言った。
「館長まで…………
 俺、そんな無茶してますか?」
 訊かれて、巻島は少し思案してから口を開く。
「ぼうず。おめぇ、身内以外に格闘で負けたヤツってのは何人いる?」
「身内以外って……師匠や美由紀ちゃん達を除いてってコトですよね」
「当然よ――とりあえず言っておくが、レンフェイや美沙斗、赤星ンとこのセガレも除くぞ。あと、俺もな」
「そうすると……たぶん十人くらいですね」
「そうか――それじゃあ、そン中で明らかに自分の負けだと言える相手は何人だ?」
「四人……かな?」
「そいつらの名前は? フルネームでな」
「鷹城唯子先生。神咲薫さん。千堂瞳さん。草薙京さ――」
「おい」
 最後のまで言い終わる前に、巻島が晶を制す。
「今の――恭也のヤツに口止めされてるんじゃねぇか?」
「あ…」
「あ――じゃねぇっ!
 いいか? お前が今あげようとしたヤツの名前はな、表立っては何ともないが、裏では口にするだけでとある組織に狙われることで有名なんだぞ!
 幸い今のは誰にも聞かれていなかったからよかったものの――
 ボディーガードなんぞをしとる恭也や香港警防で隊長なんぞを張ってる美沙斗なんかがそのことを知らなんわけがないだろ!?
 警告されてるんだろ!?」
「はい…」
 しゅんとした様子で晶は答える。
 それを見て、
「あ〜…すまん。ちとばかり強く言いすぎたな。
 だが、肝には銘じておいてくれよ」
 すこしバツの悪い顔をして巻島が言う。
「じゃあ、話を戻すぜ」
 それから軽く咳払いをして、口を開いた。
「神咲薫ってのは、鹿児島の神咲一灯流の手の者か?」
「そうですけど……知ってるんですか?」
「七年ぐらい前か? 彼女が風芽丘で剣道部の部長を張ってたころのコトを唯子から聞いたことがある。
 あれから、鍛錬を欠かしてなければ、恭也に負けず劣らずの強さをもっててもおかしくねぇな」
「はい――すごく強かったですけど、なんでそこで鷹城先生の名前が出てくるんですか?」
「あん? 坊主、お前知らないのか?
 唯子のヤツはな、護身道なんぞに浮気するまではこの道場にいたんだぞ」
「…………………」
「唯子は天才的なセンスと天性の飲み込みの早さで、あっという間に上位まで上がってきたんだが、護身道に浮気をして、ここをやめたんだ。
 だがな、護身道でもその天才ぶりを発揮して、始めて二年目で全国出場した化けもんだ。
 ちなみに、千堂瞳ってのは、そんな唯子が唯一、護身道で一本も取れなかった相手だ」
 巻島の説明に晶は唖然としている。
「そんな風にだ――お前がやって負けた連中ってのはだ、もとより才能とセンスがある上で、人一倍の努力から成り立っているような化け物ばかりなんだよ。
 それ以外の負けは、試合ン時のタイムアップによる判定負けなんだろ?
 要するにお前は、圧倒的な実力差を持った相手か、僅差の実力をもった相手としか戦ったコトがないから、自分の実力をはっきりと理解できてねぇんだ。
 だから無茶をしちまうし、自分の実力を過大評価しちまう。
 草の字に言われたことは、遅かれ早かれ俺なり恭也なりが言うつもりではあったコトだったんだ。
 めげてる場合じゃないぞ。立ち直るヒントはくれてやったんだ。
 あとはテメェで考えるこったな、晶」
 巻島は言い終わると、軽く伸びをする。
 それから、良く通る野太い声で、
「練習を再開すっぞ! 全員集まれ!」
 そう、声を張り上げた。
「よし!」
 晶はペットボトルのキャップを閉めてから、立ちあがる。その顔には、さっきまでの悩んでいた雰囲気が微塵もなかった。


〜NEXT〜






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