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とらいあんぐるセッションズ


剣士と聖女のノクターン
#6




「よ!」
 正面入り口に並んで立っている二人の警備さんに、俺は気安い口調で挨拶をする。
 場所が場所だし、本当はこっそりと忍び込むつもりではあったんだけど、まぁ三十分も遅刻しちまったんだからしようがない。
 そんなわけで、ここまで来るルートを昔取った杵柄ってやつで、可能な限り短縮してやってきたわけだ。
 途中でジャンヌっぽい人影があった気がするけど、まぁ気にせず。
 ……そういや、ジャンヌもまだ来てないのか?
「え?」
 それはそれとして、こっちの挨拶に対して、完全に面を喰らった二人へ、わざとらしく俺は挨拶をする。
「遅刻して申し訳ない。
 怪盗シンドバット。これより仕事をさせて頂きます。
 夜分ではありますし、守るも攻めるも……なるたけ静かにお仕事をすると致しましょうか」
 我ながらいかにも作り物っぽい恭しさで一礼すると、ようやく警備さんは我に帰ったのか手を伸ばしてくる。
 もちろん、それで捕まるほど俺はアホじゃない。
 ひょいと一歩後ろに下がって、それを躱した。
 ちなみに今の格好は、初代シンドバットをリスペクトした感じの格好だ。さすがに天使の法衣は怪盗するにはゆったりしすぎてて不向きだしな。
 そんで俺は左手を掲げると、二人の目の前を撫でるように動かした。同時に光の霧みたいのが生まれて、警備さんの顔の周りを包み込むと、そのまま眠りへと誘った。
「ん。天使の力が使えるって楽だねぇ」
 この調子で眠らせながら進んでいけば、とりあえず大きな騒ぎにはならないで、目標を盗めると思うんだけど……。
 そこで、ふと背後から強烈な――色々な意味で強烈な気配を感じ取って振り向いた。
「シィィィンンンンンドォォォォォバァァァァァァッドォォォォ!」
「ひいい!」
 それは、夜の静寂(しじま)を引き裂くように、おおよそ聖女の顔とは思えない怒りに満ちた形相で、こちらへ向かってやってくる。
 すげー、怒り狂ったこの少女の正体は考えるまでもなく、リトル・ジャンヌだ。
 こっちもこっちで、どうやら先代をリスペクトした感じの格好をしている。ついでにいうなら、どちらかっていうと前期バージョンに近いかも。
 まぁそれはともかくとして――
「ちょっとアナタ!
 こっちがせっかく宣戦布告してやろうと待ち伏せしてたっていうのに! いきなりフラっと姿を見せたと思ったらいきなり始めるってどういうことよ!
 っていうか、遅刻してきておいてごめんなさいもないの!? ねぇ!?」
「あ……いや、すまん!」
 ジャンヌに気圧されて思わず俺は謝ったけど……なんか、俺が謝るのも変じゃね?
「……何でお前は怒ってるんだよ!
 そもそも待ち伏せしてたのはそっちの勝手じゃねーか!」
「なっ……! こいつ、遅刻したくせに開き直ったわっ!?」
「なんだよ! 悪ぃかよ!」
 ぐぬぬぬぬぬ……。
「いやあのさ、ジャンヌ。シンドバッド」
 睨み合う俺とジャンヌの間に、ゼンが割り込んでくる。
「なんだよ?」
「なによ?」
 同時に睨まれて、思わず身を竦ませるゼンだったけど、そこはそれ。何とか自分を奮い立たせて、一言告げた。
「騒ぎすぎ」
 ついでに、一応、病院だぞここ――と、ぼそりと付け加えやがる。
 それを確信させるように、どこからともなく警笛の音が聞えてきた。
 普段は寝静まった街以上に静かな場所が、徐々に騒がしくなっていく。
「…………………」
「…………………」
 どうやら俺のこっそり大作戦は、病院へ入るよりも先に頓挫しちまったようである。
 ううっ……ごめんよ先代。俺達は二人のように華麗な舞は踊れないみたいです……。


          ★


 警笛が響き渡ってから周囲が徐々に騒がしくなっていく。
 病院である以上は、基本的に静かでなくてはならないはずなんだけれど、話題の怪盗がやってきたとなれば、患者さん達の野次馬心が刺激されてるんだと思う。
 正直言ってしまえば好都合。
 みんながみんな、二人の怪盗に注目がいけば、それこそ私がフィリス先生を狙いやすくなるわけだ。
 フィリス先生の気だけこちらに向けられれば、あとはリスティさんがうまいことお二人さんを誘導して、盗ませるはずだしね。
 闇夜にまぎれるように、照明が絞られた病院内を私は足音を立てないように駆けていく。
 だけど――
「そりゃまぁ……そうよねー」
 警笛が鳴ってからにしては若干のタイムラグがあったものの、廊下の電気が一斉に点灯した。
 暗いままだと怪盗に有利だからってのは分かるんだけど……困った。
 こんな清潔な白一色の病院内で、闇色を纏った私は逆に目立ちすぎる。
 それに――
 目を伏せて周囲の気配を感じ取れば、病室内の患者さんはほとんど起きているようだ。
 当たり前っちゃ当たり前なんだけど、ますます私の仕事がやりづらい。
 患者は大人しく寝とけ――と、胸中で毒づきながら、私は廊下の脇の給湯室へと滑り込んだ。
 このまま廊下を走っていてもまともな仕事が出来そうにない。
 そんなワケで、私は給湯室の天井にある配線工事用の天蓋を開いて、そこへと入っていく。
 正直、埃だらけだし、虫やらネズミやらがいるしで、出来ることなら使いたくはなかったんだけれども、こればっかりは仕方が無い。
 帰ったら思いっきりシャワー浴びてやる!
 そんなことを誓いながら、私は天井裏を進んでいく。
 目指すは一階。だけど天井裏からだと下の階には降りられないので、階段付近で一旦外へと降りてから、周囲を見渡す。
 好都合なことに、怪盗を追うために階段の見張りが手薄になってるみたいだ。
 とはいえ、いくらなんでも階段に見張りがいないのは減点ものだぞー。後でリスティさんにチクっておこう。
 そうして、ラッキーなことにあっさりと一階まで到達する。さすがに一階は怪盗たちが走り回っているらしく、一番賑やかだ。
 私は誰かに見つかる前にと、素早く天井裏へと移動する。
 そうして、一階の天井裏をしばらく進んでいると、なんだか足元が騒がしくなってきたので、ちょっとした好奇心で、近くの天蓋から盗み見た。
「ちょっとシンドバッド! 何で私と同じ方向へ向って走ってるのよ!
 そっちの追っ手とこっちの追っ手が合流しちゃったじゃない!」
「仕方ねぇだろ! 目的の絵はこっちなんだから!」
「そっちが絵を諦めれば無問題(もーまんたい)よ!」
「出来るわけねーだろ! お前こそとっとと降りろよこの仕事!」
「い・や・よ!」
 まさに売り言葉買い言葉。
 ゼンなんて、すごいやる気なさそうな顔しちゃってる。やる気ないっていうか、うんざり顔かもしんないけど。
 お世辞にも仲が良いとは思えないそんな口論をしながらも、二人は器用に追っ手達の体当たりやらとトラップを躱していく。
 あっはっは……あれは、警察側も腹立つだろうなぁ……。
 他人事のように私は胸中で笑いながら、天蓋を閉じる。
 二人の行き先は多分、半分はフィリス先生の私室となっているカウンセリング室だ。
 内装は普通の診察室だけど、患者さんのメンタルケアに使われている部屋なので、小物とか申し訳程度のインテリアなどに、先生らしい優しい気遣いを伺わせるように置いてる部屋だ。
 カウンセラーって、基本癒し系キャラのフィリス先生にぴったりの仕事だと個人的には思う。
 それでいて先生は内科外科もOKというスーパードクターっぷり。手術の執刀にしても、メインだろうがサブだろうがどっちでも出来るというんだから恐れ入る。
 ちなみに、高町家関係者の担当医みたいにもなっていたりするのよね。私とか父さん、あるいは美由希叔母さんが怪我した時とか、あるいは整体を頼んだりするとだいたいフィリス先生だったりするのだ。
 そんなワケで、結構彼女とは家族ぐるみで仲良しだったりして……。
 だからこそ。お姉さんであるリスティさんが強がりだと見て取れる笑顔を向けて私に相談を持ちかけた時から、力になろうと思ったんだ。
 リスティさんの裏を取るために、下調べしたけど、やっぱり最近のフィリス先生はおっかない感じがすると、患者さん達も漏らしていた。
 無意識に、邪魔にならないように服の下で背負っている小太刀に触れていた。
 ……リスティさんを、患者さんを、そしてフィリス先生を助ける為に、私は今のフィリス先生に剣を向けることを躊躇わない。
 フィリス先生さえ居なければ、絵を盗むのは容易になるはずだから。
「おいジャンヌ!」
「なによ!?」
「絵があったのって、今の診察室じゃねーか?」
「え?」

「「しまった! 通り過ぎたぁぁぁぁぁぁ!!」

 仲良く二人の声が唱和する。
 当然、後ろからは警官達が追いかけてきているので、そう簡単には引き返せない。
 これはさらに好都合。
 二人が来る前に診察室へ行くのが間に合いそうになかったから、二人の突入し合わせて飛び込み、混乱に乗じてフィリス先生を引き剥がそうと思ったんだけど、私の方が先に彼女と会えそうだ。
 私は背中から小太刀を一刀、抜き放つ。
 無銘の小太刀だけど、八景――父さんの持ってる、御神裏・不破流に代々継がれている小太刀だ――と同じく黒塗りの刃をした、私の愛刀。
(今日も、よろしく頼むわよ)
 小さく口付けをするフリをして――錆び止めが肌につくと痒いのよ――私は診察室の天蓋をゆっくりと開いて、音もなくその部屋の中へと着地する。
 それに気がついたのは、フィリス先生一人。
 だけど、彼女が振り向くよりもはやく、私の剣が彼女に首へと突きつけられる。
「……っ!」
 息を呑むフィリス先生に、私は出来る限り低い声で、感情を押し殺して問告げた。
「フィリス・矢沢先生だね?
 恨みはないけれど、仕事をさせてもらうよ」


          ☆


 目的地を通り越し、どうしたものかと頭を抱えていると――
 ドカンという大きな音と、同時に揺れるような衝撃が響いた。続けて聞こえてくるのはガラスが連続して割れる音と、何か重くて硬いものが壊れるような音。
「ちょ……ッ! シンドバッド! さすがに爆弾とかシャレにならないから!」
「俺じゃねーよ! つーか俺も超ビビッた!」
 診察室に待機いるだろう刑事さん達や、絵の持ち主の先生は無事なのかしら?
 さすがにあんなものに巻き込まれたらたまったもんじゃ――
 と、そこで私は気がついた。
 そして、シンドバッドは気がついていない。
 にやり――と、私は笑うと、こっそりと足を止めて踵を返す。
 今の爆発で、刑事さん達がみんな音のしたほうに向いているのだ。
 何人かはそれでもまだ追ってきているけれど、そんなのものの数じゃない!
 廊下で横並びになって走ってくるので、普通には通り抜けられないだろうけど。
「あっまーい!」
 このジャンヌちゃんにかかれば、こんなのジャンプでひとっ跳び!
 ちょうど刑事さん達の間に落ちる形になるけれど、同じ要領でびっくりしている人達をさらに飛び越える。
 ふっふっふショートカット成功!
 これで勝負は私の――
「甘い」
 胸中で勝ち誇っていた私の耳に、ひどく冷めた声が届いた。
 直後、
「え?」
 身体が空中に固定される。
 ふと見れば、こちらに手を掲げている女性が一人。
 銀髪に火のついていないタバコを咥えたその人は――
「ま、これも仕事だ。許せよ」
 掲げた手を下ろして、パチンと指を鳴らすと、クンと私の身体は後ろに引っ張られるように飛んでいく。
 っていうか、え? なにこれ!?
(今はタイミングが悪い。適当に時間が経ったらもう一度来てくれ。その時は歓迎しよう)
 混乱する私の頭に、銀髪の刑事さんの――リスティさんの声が聞こえた。
 そうして、私は廊下の先を走っていたシンドバッドに背中から激突する。
「きゃぁぁぁぁぁぁッ!」
「ぐげぇっ!」
 カエルが潰れるような声を出しながら、シンドバッドはうつ伏せに倒れる。
 まぁおかげで私は怪我らしい怪我をしなかったから良しとしましょう。
「いやー助かったわー」
「そういうセリフはまずどいてから言え」
 ぐったりとうめくように言うシンドバッドに、私は笑ってひょいと彼の背中からどいた。
「何なんだお前は!?」
 私がどくなり、シンドバッドはガバッと立ち上がって睨んでくる。
「いやー。なんか診察室の前にいた銀髪の刑事さんに吹き飛ばされちゃって」
「吹き飛ば……て、は?」
 視線を診察室の方に向け、再び私のほうへと視線を戻す。
「人間技かそれ……。いや、そうか」
 一瞬訝ってから、なんだか自己完結するシンドバッドを私は半眼に見遣り――
「なに? 何か知ってるの?」
「あー……」
 困ったように天を仰いでから、くるりと私に背を向けた。
「ちょ……」
「とりあえず走ろう。みんな我に帰ったみたいだ」
 シンドバッドが背中越しに親指を向ける方向に視線をやると……
「あー」
 復活した刑事さん達がこちらへと向い始めていた。
「おーけー。ちゃんと話しなさいよ!」
 私はひとつうなずくと、シンドバッドを追うように走り始める。
 どうにも、初っ端から一筋縄ではいかないヤマみたいだけれど……。
 ふっふっふ……魚月ちゃんってば、何故か俄然やる気でてきちゃいましたよー!


         ★


「貴女……殺し屋さん?」
 フィリス先生の言葉に無言でうなずく。
「そう――」
 と、一瞬沈んだ顔を見せた直後、
「なら思い切りやってもどこからも文句で無いわよね!」
 いつもの先生からは想像も出来ないほど獰猛な笑みを浮かべた。
 先生の背中からだというのに、その向けられた殺気に私は本能的に飛び退いた。
 危険だと、私の中の何かが警告する。それは、今まで生きてきたなかで、もっとも大きな警鐘。
 やばい。どうしようもないくらいやばい。
 例えるなら、RPGで最初の城を出て、準備を整えるための最初の村に向う途中での、初めてのエンカウントで魔王が出てきたようなイメージだ。
 相手が圧倒的な強さを持っていることは分かるのに、実力差のせいで逃げることも叶わない。
 ――だっていうのに……だっていうのに……。

 マスクの下にある私の口は、笑みの形に歪んでいた。

 部屋の中の異常を感じた警官がこちらへと視線を向けて驚愕するが、そんなもの今さらだ。
 飛び退く私を追うように、フィリス先生は振り向くと同時に地を蹴った。
 まるでお手本のような踏み込みからのストレート。それを私は紙一重で躱して、彼女の懐へと……
「……ッ!」
 飛び込もうとした直後、先生はストレートの勢いを殺すようなことはせずに、そのまま身体をひねって地面を蹴った。強引ながらも流れるようにも見えるその動きで、先生の両足が宙に浮く。
 そこから繰り出されるのは――
「……く」
 小さくうめいて、私はその浴びせ蹴りを受け止める。
 手が衝撃に痺れるが、先生の足首は捕まえた。
 これで――
「甘いわよ」
 足をつかまれた状態で、先生が笑う。
 その背に、虫を思わせる金色の六翼が広がった。
 HGS(高機能性遺伝子障害者)が超能力を使うときに展開される光の翼――リアーフィン!
 咄嗟に、私は手を離し先生を蹴り飛ばそうとするけれど……
「残念。一瞬遅いわ」
 周囲の空間が歪曲して見えるほどの不可視エネルギーが私の身体を拘束する。
 同時に、まるで爆発するかのような衝撃が放射され、私の身体ごと窓を――いや、窓のついていた壁ごとぶち抜いた。
 サイコキネシスによる拘束が終わろうとも、投げ出された身体は当然地面に落ちるまではとまらない。
 だけど、私は受身を取る余裕もなく、そのまま地面へと叩きつけられた。
 どちらに向いてるかもわからないせいで、まともな受け身なんてとることが出来ず、何度も何度もバウンドし、それが収ってもまだ転がり続け、ようやく俯せになって身体は止まった。
 頭の中は真っ白なのに、意識が真っ黒になってくような酩酊感に吐き気を覚えながらも、私は強引に身体を起こして立ち上がる。
 全身が痛い。痛いってもんじゃない。
 だけど――
 冷たい夜風が。
 皓々と光る、半人前の満月もどきが。
 自分の全身から匂う、血の()が。
 震えながら背筋を登り、私の気分を昂ぶらせる。
「――は」
 知らずに笑っていた。
 思わず、自分の仕事を忘れてしまいそうになり、口を閉じてから、改めて息を吐く。
 それから前を見据えた。
 先生が、文字通り飛んでくる。
 能力を使って、超低空を滑空するように。
 好都合。
 元よりこちらの仕事は、あの絵の側から先生を引き離すこと。
 後は、あの娘達が、うまいこと絵の美しさとやらを盗んでくれればそれでOK。
 だけど――先生を釘付けにするってことは、それなりにガチらないといけないわけで……
 そうすると、当然手加減なんか、先生相手で出来るわけがないってコトで……
「ちょっと乱暴にお相手するけど、許してよねセンセ」
 高速で肉薄してくる先生を見据えながら、またしても私は、自分でも知らずうちに口の端を吊り上げていた。




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