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とらいあんぐるセッションズ


剣士と聖女のノクターン
#7




 変異性遺伝子障害(Variability genetic disorder)
 なにやら難しい病名の難病らしいんだけど、ぶっちゃけると、その病気の影響で超能力が使えるようになる人がいるらしい。
 その中でも、とりわけすごい力を使える人の病気のことを高 機 能 性 遺 伝 子 障 害(High performance Genetic disorder Syndrome)――通称HGSと言うそうで。
 今回、悪魔が取り憑いている矢沢先生と、そのお姉さんである警官のリスティさんは、HGSでも高位に入るほどの能力者なんだそうだ。
「……なんで、あなたがそんなコトを知ってるのよ」
 それをシンドバッドから教えてもらったワケなんだけど……。
 教えてくれたのはありがたいけれど、その情報の出所がちょっと気になる。
「……先代シンドバッドとお前の親父さんが知り合いなんだ。俺と知り合いでも不思議じゃないだろ」
「ふーん」
 なるほど。情報の出所は父さんかー。
 なんだか変な気分ねー……シンドバッドは父さんから助言もらっているのに、私は何にももらってないとか。
 いやまぁ、私の場合は父さん達にナイショで二代目ジャンヌなんてのを名乗ってるワケだから仕方がないんだけど。
 しっかし超能力かー……さっき私が吹き飛ばされたのは、いわゆるサイコキネシスってヤツよね。貴重な体験をしたもんだわ。
 ――ってまぁ、ノンキなこと言ってらんないわね。
 矢沢先生もあーゆーコト出来るっていうのなら、簡単に絵は……
 …………て、
「あ」
「どうした? ジャンヌ?」
 二刀流の殺し屋が現場に乱入したりしたら窃盗なんて見逃すかも――そんなことをリスティさんが言っていたのを思い出した。
 今はまずい……つまり、あの爆発は雫さんがやったことで、まだあの部屋の中に二人が居たってことよね?
 そして、しばらくしたらってコトは二人があの場を離れたら来いって解釈で間違いはないはず。
「ねぇ、爆発って診察室よね?」
「まぁそうだろうな。爆音の位置とか考えると」
 シンドバッドもそう判断したんだったら、たぶん私の考えは間違いない。
 走り回ったおかげで、だいたい病院の間取りは頭の中に入っている。
 ふっふっふ……これはシンドバッドを出し抜くチャンスだわ!
 追って来る警官やら並走するシンドバッドやらを引き連れて、私は進路を屋上へと向ける。
「おいおいジャンヌどこ行くんだよ?」
「どこでもいいでしょ? 別に付いて来る必要はないのよ?」
「お前に出し抜かれるのは勘弁だからな」
 鋭いところを突いてくるけれど、無駄無駄。
 結局シンドバッドは私に出し抜かれちゃうのだ!
「ねぇ」
 屋上のドアの前の踊り場で、私は神妙な顔をして彼に話しかける。
「ん? どうした?」
 それから顔を上げてニパッと笑うと、
「私の為に犠牲になってね☆」
「は?」
 私は、彼を踊り場から蹴り落とした。
「ちょっと待てぇぇぇぇぇッ!!」
 ごめんねシンドバッドに刑事さん達。
 落ちていくシンドバッドに巻き込まれて、一つ下の踊り場で重なりあう皆さんを尻目に私は屋上へと出る。
 それから、爆発のあった方へと視線を向けると、確かに焦げた後のようなのが見て取れた。
「あれね……」
 穴の空いた壁から、診察室に入れるはず。
 警官さん達はいるだろうけれど、リスティさんは積極的には邪魔してこないはずだし、普通の刑事さん達は悪いけど、よほど数でまとまってない限り脅威じゃない。
 ここから屋上伝いに移動して、診察室の辺りへと飛び降りる――うん、状況を利用した完璧な作戦よね。
 そうして、私が移動しようと思った矢先、
「え?」
 再び、爆発が起こった。
 思わず屋上の縁へと駆け寄って、爆発した辺りに視線を向ける。
 聖なる力というやつのおかげか、ジャンヌに変身してから夜目が利くようになっている。
 でも――
「……っ」
 そんなもの――ない方が良かったと、その光景を見て後悔した。
 爆風に飛ばされながらも着地する黒ずくめの人。たぶん、雫さん。
 雫さんと対峙するのは、リスティさんに似た容姿の女性で、背中に昆虫の羽根のような金色の羽根を生やしている人。あの人がフィリス矢沢先生。
 あの羽根が何なのか――そんなのはどうでもよかった。
 爆発のあとの二人の交錯。
 何が起きたかまでちゃんと把握できなかったけど、雫さんの片手が先生の首を掴み地面に叩き付けてから、逆の手に持った剣で先生を刺した。
 ……なにあれ……
 …………漫画じゃないんだから…………
 でも剣を刺した直後に、雫さんが吹き飛ばされる。
 たぶん、私と同じようにサイコキネシスってやつなんだと思うんだけど……問題は……雫さんの腕……
 肘から先が変な方向に曲がってて、それを雫さんは躊躇(ためら)わずに切り落として……
「ジャンヌ!」
「……ゼン……?」
「見るなッ! あれは人間同士の戦いなんかじゃない!」
 そうは言っても……片方は知り合いだし、片方は知り合いの妹さんだし……
「雫の方は本来持ってる夜の力ってのが暴走しかかってるみたいだし、先生は悪魔が取り憑いてるんだ。
 あそこで繰り広げられてるのは、(あやかし)対悪魔の人外同士の戦いなんだ」
「そうかもしれないけどッ! あのままじゃ二人がッ!!」
 お互いを殺しちゃうかもしれないのに……
「だから絵を盗むんだろ? 少なくとも、先生は正気に戻る!」
「でも、その後は?」
 雫さんが暴走しかかってるということは、先生が正気に戻っても戦いが収まらない可能性があるってことだ。
「正気に戻れば、後始末はリスティって人がやってくれるはずだ。だから、君はまず絵を盗むことだけ考えるんだ!」
 こくりと、私はうなずいた。
 雫さんは私の家に居づらいって言っていた。
 自分が闇属性で、母さんが光属性だからって。
 言い換えれば、雫さんの力は私の力で抑えられるかもしれない。
 絵を盗んで、その後で必要なら私が雫さんを抑える。出来るかどうかわからないけれど、きっと出来るはずだ。
 今の私になら、それが出来るはずなんだ。それが出来るだけの力があるから。
 だから――こんなの、認めたくない。
 暴走は雫さん自身の問題かもしれないけれど、でも雫さんがあそこで戦っているのは私やシンドバッドのためなんだ。
 雫さんは、私やシンドバッドの正体をしっている。ここで怪我をすれば、それぞれの両親が心配するのを知っている。だから、わざわざ囮なんて危険な役を買って出た。それはきっと正解だ。私やシンドバッドじゃあフィリス先生のあの力に勝てる気がしない。
 だけど、それじゃあ雫さんの両親はどうなの?
 シュークリームセットをくれた、優しそうな叔母さんはどんな顔をするの?
 ……冗談じゃない!
 人に『【守る】ということは【守られている】というコトなんだ』とか説教しておいて……
 あの言葉の意味はまだちゃんと理解できていないけど、それでも今の雫さんの姿はその言葉とは真逆にあるくらいは私にだって分かるんだ。
「まず盗む。そして止める――」
 私は気を改めて、ゼンへと向き直った。
「協力して。私は……私の考え方は、色々甘かったみたい」
「もちろん!」
 そうして、私は屋上を移動して、丁度良い場所から飛び降りる。
 着地して穴をくぐれば、目的の絵は目の前だ……覚悟しててよね、悪魔さんッ!


          ★


「はァァァァ――――――ッ!」
 超低空を掛けながら、地面に降りることなく先生は拳を振るう。
 それを私がバックスウェーで躱すと、フィリス先生はその勢いを殺さずに身体を捻って回し蹴りを放ってくる。
 それを私は左腕で受け止めるけれど、完全に受けきれずそのまま吹き飛ばされて、生け垣へと背中から突っ込んだ。
「痛ぅ……」
 あまりにも勢いが付きすぎてたからか、ただ生け垣のツツジを潰すだけではすまず、枝が少し背中に刺さってしまっているようだ。
 とんだ化物ね。まったく。
 胸中で呻きながら身体を起こそうとして、それが目に入る。
「げ」
 掲げた右手に集まった、高出力のエネルギー(かい)。当然、ぶつかればただじゃ済まない攻撃だ。
 それを、容赦なく先生は投げてきた。
「――――ッ!!」
 打撃で吹き飛ばして、エネルギー弾で締めるって、どこのZ戦士のコンボよッ!?
 痛みを全て無視して、全力で身体を起こしてそこから抜け出す。
 同時に生け垣に着弾し、土台となっているレンガごと爆散させた。
 完全にその場から逃げ切れず、爆風に吹き飛ばされたけれど、直撃するより全然マシだ!
 空中で身体を捻り、両足でしっかりと着地して、先生へと向き直る。
「よく躱せたわね」
 少し驚いたように、先生が言う。
 悪魔に憑かれていると心が歪んでしまうそうだけれど、基本的な人格は本人のままだそうだ。
 つまり、今の驚嘆は先生自身が、そう思ったということらしい。よっぽど自信があったのかもしれない。
 ツツジの枝の刺さった背中は痛いけど、最初に外へと吹き飛ばされた時のケガは、ほとんど出血が止まり、傷が消え始めている。
 本当――お月様って素敵よね。
 これだけ強い先生に驚いてもらえるだけの能力を、今の私に与えてくれているんだから……。
「今度はこちらか行きますよ?」
 だいぶ掛ってきた。外に出て少し経ったから、ようやく暖まってきた。
 私の中に流れる夜の一族の血(エンジン)が月の光を浴びたから――
 だから、やっとギアを上げられる。
 地面を蹴る。
「――ッ!」
 フィリス先生の顔が驚愕に歪む。
 ああ――今の私は、ただ地面を蹴るだけでここまで加速できるんだ。
 言いようのない高揚感を覚えながら、一瞬で先生の懐まで潜り込む。
 そこから逆袈裟に右の小太刀を振り上げた。
 咄嗟に下がるだろうことを読んでの、僅かに踏み込んだこの一撃が、先生の左の腰から右の胸に掛けてを斬り裂く。
 ただ、服が裂けただけでない、一筋の刃傷。
 もちろんそれだけでは済まさない。
 伸びた右腕の肘を曲げ、さらに踏み込みながらその肘で先生のこめかみを打ち抜いた。
 たとえHGSといえどもこめかみを強打されれば脳震盪(のうしんとう)くらいは起こすはず。
 だけど、思ったよりも肘への衝撃が軽い。
 頭部から先生が吹き飛んでいくけれども、どうやらインパクト寸前で頭の軸をずらしたんだと思う。
 まったく、これでもう十年以上戦闘らしい戦闘はしていないなんて、冗談じゃないわよね。
 全盛期の先生ってどれだけ強かったんだか。
 胸中で肩を竦めながら、私はすぐに飛んでいる先生を追いかける。
 地面に転がるのを防ぐ為か、その状態から強引にサイコキネシスの類を使って、体勢を立て直す。
 確かに体勢は直った。だけど、この瞬間は明確な隙ッ!
 即座にそこへと切り込もうとして、本能が全神経を振るわせた。
 瞬間、私の視界から色が抜け落ちる――それと同時に、自分を含めたあらゆるものの動きがスローモーションになっていった。
 これは――御神流の奥義の世界。極める為の第一歩。【神速】の領域。
 一応、私も完全とはいえないけれど、神速を使うコトは出来る。でも、この瞬間に使おうとは思っていなかった。なのに、今の私は本能的にこの領域へと入った。なんで?
 それは考えるまでも無かった。
(……先生のキック?)
 吹き飛んだ勢いをサイコキネシスで殺しつつ、空中で体勢を立て直す。だけど、それでも殺しきれなかった勢いを利用して、身体を捻りこちらの踏み込みに対するカウンターとして蹴りを放つ。
 二本の足が地面に付いている限り、決して真似できない、空を飛べるという特性を生かしたアクロバティックなカウンター。
 神速を使わなければ間違い無く、私は気付けずにもらっていた。
 袈裟懸けのように振り下ろされる先生のカカト。それに対して、私は左手の袖から短刀取り出した。
 ゼリーの中を掻き分けて進むような感覚にやきもきしながらも先生のカカトよりやや上――アキレス腱の辺りまで刃を持ってくることが出来た。
 これだけの勢いに乗った足は、どれだけの達人であれ、ピタリと止めるコトは難しい。それに何より、仮に止めることが出来たとしても、私は少しだけ刃を突き出すだけで、先生のアキレス腱を切ることが出来る状態だ。
 先生の足が吸い込まれるように短刀の所へとやってくる。それに気付いたのか、先生の顔が歪む。
 気付いたって、もう遅いのにね……
 私の目には、アキレス腱を斬り裂き、ゆっくりと足首に刃が刺さっていく光景が映っていく。それに併せて、ゆっくりと私の手にも肉に刃が突き刺さる感触がやってくる。
 左手の短刀から手を放し、身体を小さくして先生の懐へと入り込む。頭上を先生の足が通り過ぎる。
 身体を起こして、左手を伸ばす。
 狙いは先生の首。その白く細い首をしっかりと掴んで、地面を蹴って私は飛び上がった。
 ホバリングしている先生の上に飛び乗るように。
 足首の痛みか、首を握られ呼吸がうまく出来ないからか、普段なら人を一人抱えたくらいであれば問題なく空を飛べるはずなのに、宙に停滞できずに背中から地面へと落ちる。
 ううん、違う……
 左手で首を握り、右膝を鳩尾の上に置かれた状態で、地面へと叩き付けられたんだ。私によって。
 先生の口から息が漏れる。何が起きたか分からないのか目を白黒させている彼女の左肩に、私は小太刀を突き立てる。
 ――同時に世界に色が戻った。
「――――ッ――――ァ!!」
 声にならない声で先生が悲鳴を上げる。
 素早く次の行動に移ろうと思った時、
「――ァッ!?」
 今度は、私が悲鳴を上げた。
 気が付くと、地面に仰向けになって倒れている。
 何が……起きたの?
 立ち上がろうとするも、左手に力が入らなくて、右手を使って起き上がる。
 立ち上がってから、左腕を見て見ると、肘と手首があらぬ方向に捻れている。曲がってるんじゃなくて捻れてる。
 まったく、これじゃあ使い物にならないじゃない。
 私は嘆息すると、小太刀をもう一刀取り出して、肩と肘の間辺りから切り落とした。
「はは……」
 我ながら躊躇わず切り落としたもんだ。頭のどっかがおかしくなってるのかもしれない。
 だって、痛みを感じないんだもん。むしろ、こんな状況だって言うのに、楽しくって仕方ない。
 小太刀を地面に突き立て、右の手を見る。
 自分の血とは違う匂いの血。どう考えてもフィリス先生のもの。
「……ふふ」
 思わず、舐める。
 甘くて、美味しい。
 背筋がゾクゾクするほどの甘味。
「貴女……」
 先生が、自分の肩に刺さった小太刀と足に刺さった短刀をサイコキネシスで抜き放ち、ゆっくりと立ち上がる。
 けほけほと咳をしながら、こちらへと視線を向けてきた。
 その目は、正気の目に見える。
 患者さんを見るときに優しい先生の目。
 何で――こんな時のその目になるの?
 何で――悪魔に魅入られたままで居てくれないの?
「さっきまでは、真面目な殺し屋さんに見えたのだけれど……」
 立ち上がるのはいいけど、さっきみたいな怖い顔してよ、先生……。
 ふぅ――っと息を吐いて、どこか憑き物の落ちた顔をしながら、先生は自分を見下ろす。
「――すごく痛かったから、かしら?
 ……ちょっとだけ、頭がスッキリしたわ」
 ダメだよ先生。私はもっと戦いたいのに。
「まだ、私の中に何かがいるみたいね。何で気付かなかったのかしら……それのせいで、ちょっと私も普通じゃなかったみたい……」
 はらりと、私の口元を覆っていた覆面が剥がれていく。
「私を正気に戻す為に、がんばってくれたのね雫さん……。
 でも――」
「………………………」
「戦ってるうちに、今度は雫さんが血に酔っちゃったようね」
 血に酔う……?
「だったら今度は私が、雫さんの酔い覚ましをしてあげないと」
 酔ってるの? 私……?
 ボロボロになった白衣を脱ぎ捨てて、フィリス先生が真っ直ぐにこちらを見据えてくる。
 あれ? 何だか立場が変わってる?
 ……まぁ、でも――
「私の中に居る誰かさん。悪いけど、邪魔しないでもらえるかしら?
 未成年なのに酔っぱらってるイケナイ女子高生を、大人として指導しないといけないんだから」
 ケガ以上に苦しそうに胸を押さえながら、フィリス先生がこちらを見てくる。
 それに対抗するように、私は右手を構えた。
「生憎とウコンドリンクとか手元にないから、雷を落とす形になるけど、勘弁してね」
 その言葉に、私の口の端が歪に歪んだ気がした。
 ――楽しければ、何でもいいや……
「あああぁぁぁぁぁあああぁぁぁああああッ!!」
 フィリス先生が動くよりも先に、私は出した自分も驚いく程の、獣のような奇声を上げながら地面を蹴った。




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