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とらいあんぐるセッションズ


剣士と聖女のノクターン
#5(2)




 少しゆったりとした、暗い青紫のトレーナーと、同じように沈んだ色の赤紫のスラックス。その上下の要所要所が、戦闘中の邪魔にならないようにベルトで止める。
 もちろん髪もいつものように垂らしたままだと邪魔になるので、現在進行形でノエルにアップにしてもらっている最中だ。
「お嬢様……無駄だとは思っていますが、一応、もう一度申し上げます」
「じゃあ、無駄だろうから言う必要ないわよ」
「いいえ。言わせて頂きます」
 断固とした口調で、ノエルはわたしの言葉をはね除ける。
 そんなことを言いながらも、わたしの髪を触る手を止めないのは、プロ根性と言うべきなのかどうなのか。
 そんなわたしの胸中を知ってか知らずか、ノエルは告げる。
「このお仕事。私は反対させて頂きます」
 うん。それは知ってる。
「非常に危険です。失敗すればお嬢様はもちろん、他の方々も大怪我をすることでしょう。
 迷惑がかかるとか――そういうレベルの話ではありません。そこを飛ばして、怪我をする……それも全治一ヶ月以上のものになるかもしれないのですよ?」
「確かに……だけど、わたしが行かなかったら、無条件でそうなるかもしれないんだよ」
「……………………」
 わたしの言葉に、ノエルは口を噤んだ。
 ノエルがわたしのコトを心配してくれているのは分かってる。
 だけど、それでも――
「大切なモノを守ろうとするためにがんばってる人からの頼み事、断るわけにはいかないよ」
 髪を弄られているので首は動かせないけど、わたしはの前の鏡を通してノエルの瞳をジッと見る。
「わかっています――忍様と、恭也様のお子様ですから……」
 それは、諦めというよりも呆れたような嘆息だった。
「最後に一つだけ……剣とはなんでしょう?」
 剣は剣でしょ――そう答えようとして、ノエルがそんな解答を求めて居るわけではないことに気が付いた。
 剣――生まれた時から、一緒にあったもの。
 たぶん、わたしにとっては血と、そこから来る力と同じくらい当たり前のもの。
 在って当たり前で、使いこなすために練習するのは日常の一部で――
 だけど、そういうのとも、きっと違う。
 ノエルが言いたいこと……。
 それは――
「少しだけ、訊き方を変えましょうか」
 わたしはよほど困ったような顔をしていんだろうか。
 ノエルは小さく微笑むと、その言葉の通り少しだけ言葉を付け加えて、同じコトを訊いてきた。
「お嬢様にとって、剣とはなんですか?」
 私にとっての剣――
 永全不動八門一派。御神真刀流・小太刀二刀術。
 それは剣術の流派か。
 いや……たぶん、そういうことなんだと思う。
 御神の話。
 少なくとも、父さんや、美由希叔母さんが、剣を振るう理由。
 そうだ。昔、叔母さんにも似たようなコトを訊かれたコトがあった。

『雫はさ、守りたいもの……ある?』

 その時はなんて答えたっけ?
 あるってうなずいて――それからわたしは……

 思い出せない――その時のことは思い出せないけど、
 ノエルの問いに対して、わたしは今現在思ったコトをそのまま口にすることにした。

「剣は道具(ツール)。作り手の思いとか、受け継いできた思いとかはあるだろうけど、剣そのもは、最終的には斬るための道具なんだと思う。
 だけど同時に、わたしが――わたしや、父さん達……御神の剣士が振るう剣は、その手で大切なものを守るための力の一つ。例えそれがどんな思いを込められた剣であっても、その剣にわたし達の思いを上乗せして、大切なものを守る……そのために、わたしは剣を手に持つんだ。
 だから――わたしは行くよノエル。守りたいモノが、リスティさん達が待っているあの病院にあるから」
「分かりました。もう変なことはお聞きしません」
 優しい微笑をノエルは浮かべる。
 どうやら髪は結い終えたようだ。
「色々と試行錯誤したのですが、結局、高い位置でのポニーテールに落ち着いてしまいました。
 個人的には、折り重ねてアップにしたりとかもしたかったのですが」
 ノエルの言葉通り、わたしの長い髪は高い位置で宵色のリボンで括られていた。
 うーん……我ながら髪は長さ以外いじくったコトがないからなんとなく、新鮮だ。
 何度か首を動かしてみると、首にまとわりつく感覚がいつもより少なくて、何となく違和感。
 動かしやすいのは確かなんだけどね。
「美由希様のようなお下げも考えたのですが」
「が?」
「お嬢様にはあまり似合いそうになかったので」
「そっか」
 真剣にコーディネートに悩んでいたらしく、ノエルは難しい顔で答える。
 何だかその様子がおかしくて、わたしは小さく笑みを浮かべながら席を立った。
「よし」
 静かに、気合いを入れる。
 時間的にはそろそろいい頃合いだ。
 怪盗二人の乱入の後、わたしはフィリス先生を殺しに行く――もちろん、そういう目的の暗殺者のフリをするだけ。
 わたしが立つのに合せて、部屋の入り口へと移動していたノエルが、ドアを開けてくれる。そこをくぐり、わたしが部屋を出ると音も立てずにノエルは手早くドアを閉め、半歩後ろをついてくる。
 うーむ。なんという完璧で完成された動き。
 流麗かつゆっくりとした動作に見えて、その実、非常に迅速に動いているんだ。そんじょそこらの人には真似できまい。稼働歴二十年以上のメイドロボは伊達じゃないわよね。
 まさに月村家自慢のメイド長!
「お嬢様」
「なに?」
 思考がよく分からない空想へと飛んでいるところへ、ノエルに声を掛けられ、現実へと引き戻される。
「そろそろ満月が近いです。
 完全な満月でなくとも、お嬢様に影響を与えるかも知れません。
 血の匂いや、闘争の興奮に当てられて、夜に酔いすぎたりしませんようお気を付け下さい」
「うん、わかってる」
 血の匂い――それを好むのは、月村家の血に流れる性癖みたいなものだ。そして、ある種夜行性とも言えるその不思議な体質は、陽光を苦手とし、本来の身体能力を十二分に発揮させるには日暮れ以降となる。
 身体能力の向上は、自分でも怖いくらい気分が高揚するんだ。そこに、血――特に異性の血の匂いとか感じると、妙にテンションが高くなっていくのを自覚出来る。
 なんていうか……最高にハイってヤツだ! みたいな。
 もちろん、それを理性で抑えられなければただの危ない一族なので、そういうのの訓練は、剣とは別に生まれた時からやらされる……というよりも、歩いたりするのと同じように自然と覚えていく。
 だけどそれって、あくまでも日常生活の中でのこと。
 これから向かう先は日常とは違う、バイオレンス溢れる世界かもしれないんだ。
 月が満月に近ければ近いほど、興奮しやすくなる。そこに、大量の血が流れるのかもしれないと――そう考えるだけで、少し背筋にゾクゾクしたものが走る。
 これは寒気とかじゃなくて、どちらかというよ、情欲みたいのに近い。
 ……って――いや、マテ。行く前に既にそれか自分。
 妄想で興奮とか、便利すぎる体質だよねほんと!
 ……はぁ……。  嘆息一つ。  その後で………………とりあえず、大きく深呼吸をする。
「大丈夫ですか?」
「ん。本当の意味での実戦は初めてだから……気が高ぶってるのかも」
 何度か、父さんのボディーガードに付き添ったコトはあるし、その際に刺客の一人を迎撃した。でもその時はすぐ近くに父さんがいるという安心感があった。
「ですが、フォロー出来る人は今回はおりません。
 気を付けて――と、月並みなことしか言うことが出来ませんが……」
「大丈夫だってノエル。心配性なんだから」
「そうですね。私が心配することで、お嬢様の無茶量が軽減されるのでしたらいくらでも心配させて頂きます」
「なによ、無茶量って?」
「無茶値とも言い換えられます。ちなみに、お嬢様の数値は六百無茶となります」
 その名称と単位自体に三百無茶くらいの無茶値を差し上げたい。
「比較と致しまして、恭也様は八百五十無茶ですね。
 それと、なのは様も負けず七百無茶相当の実力の持ち主です」
「なんの実力よ!」
 思わずツッコミを入れてから、ふと、思う。
「っていうか、なのはさんってそんなに無茶する人なの?」
「はい。意外かも知れませんが、さすがは恭也様のご兄妹と言うべきでしょうか……大切なモノを守るためでしたら、火の海にも入って行きますし、生命力を吸い取る幽霊とだってお友達になられるそうですよ」
 実際に幽霊の友達がいて、成仏するまで仲良くしてたらしいコトは訊いてるからきっとノエルの言葉は嘘じゃないんだろうけどさ。
 ……それを聞くと、これから自分がすることって、実は大したコトじゃないように思えるから不思議よね。
 それにしても、なのはさんが……ねぇ。
「本当か嘘かは存じ上げませんが、なのは様は旦那様でありますクロノ様と共に、世界崩壊を防ぐ為、その崩壊の中心で人知れず戦ったコトがあるそうですよ」
「いや、さすがにそれは嘘でしょ」
 どういう状況でそんな話を聞いたのかは知らないけれど、さすがに世界崩壊クラスの話なんて……あれ?
 そういえば、なのはさんて、この間一緒にお酒を飲んだ時に、『実は魔法少女経験者なんだぁ』とか笑ってた気が……。
 えーっと……おかしいな。それに――なんでだろう……。
 少なくともこの街で、世界崩壊の危機とか起きても別に不思議じゃないって思っちゃうんだけど!
 色々と異常じゃないかな、それって。
「その話が本当なら、七百無茶じゃ足り無くない?」
「そうかもしれませんね」
 いや、冗談で言ってるだけだから、そんな真面目な顔をしてうなずかれても!
「まぁ何であれ、もう出るわ。
 チビ達と――あと、なんか現在進行形で無茶全開だろう母さんのことお願いね」
「承知しております」
 恭しく一礼をしてから、ノエルは玄関のドアを開ける。
 自分で開けた方が本来は早いのだけれど、ノエルはメイドであることに誇りをもっているから、こういうのはよほどの急ぎ以外ではノエルに合せていたりする。
「それじゃあ、行ってくるわ」
 ノエルがドアを閉じるのを待ってから私は声を掛ける。
「行ってらっしゃいませお嬢様。ご武運を」
 それに、ノエルは深々とお辞儀をして送り出すのだった。
「うん」
 それを背に、わたしは少し足早に歩き出す。
 きっと、ノエルはわたしの姿が完全に見えなくなるまで、頭を下げ続ける。その辺のコトを思うと自然と足は早歩きになるわけで。  そんなこんなで、わたしは海鳴大学病院へと急ぐのだった。


 ――で、辿り着いたよ海鳴大学病院!
 時刻は十時ぴったし。
 ……だって言うのにさ、なんで何も起きてないのよ!
 すぐに動くのは危険そうだし――ちょっとだけ様子見かなー……。
 そんな風に思いながら、物陰で息を潜めることおよそ十五分。
「遅い」
 思わず声を出してうめくほどに、怪盗達が遅い。
 初日から予告状の時間に遅れるなんて、好感度低いぞー。おーい。
「………………」
 何となく待ちくたびれたわたしは、一つ衝動的に決意する。
「よし。動こう」
 正面の入り口には当然、かなりの数の警官が配備されている。だけど、そんなの問題ではなかったりするんだ。
 当初の予定では、怪盗二人の登場の混乱に応じて潜入するつもりだったんだけど、その当の二人が来ないから、わたしは病院の裏へと回る。
 いくつかある裏口や非常口の警備を、数カ所わざと薄くしてあるんだ。この辺りは緊急用に作ってくれたリスティさんの保険ってやつである。
 うーん……それにしても何なんだろうね。この闇に潜んで見つからないように動くスリルっていうのは、独特の緊張感っていうのがあるんだよね。その緊張感が妙に楽しい。
 もしかしたら、泥棒とかやってる連中の中に、こういう危ないスリルの楽しさにハマっちゃっただけの変なのとかいても不思議じゃないなー。
 さて、そんな馬鹿な妄想はさておいて、わたしは非常階段の一つに目を付ける。
 裏口や非常階段は、ドアの前に、内外一人ずつ警官が配置されている。この階段だって例外じゃないんだけど、そこはそれ。
 実はわたしが目に付けている階段の三階のドアの内側にだけ、人員が配置されていなかったりするのである。
「持つべきものは警官の知り合い……ってね」
 気配を殺し、わたしは階段の側にありながらも見張りの死角なっているパイプを伝い、屋上へと上っていく。
 人間って言うのは下方向への注意はできるんだけど、上方向は結構ダメだったりするんだ。
 屋上まで辿り着いたわたしは、上から順にドアの外を守っている警官を一人づつ気絶させていく。
 もちろん、意識を失った後の警官は倒れないように抱き留めて、鋼糸を使ってドアにもたれかかるように、固定する。
 昼間なら通用しないけど、夜ならこれでドアの前に立っているように錯覚させられるはずだ。
 そうやって上から順繰りと降りていき、ちょうど三階の警官を気絶させた時、急に病院の内外が騒がしくなってきた。
「大遅刻よ、あいつら」
 さすがに三階だけはドアに括り付けるのが難しい。
 わたしは上の階のようなコトをするのを諦めると、小さくドアを開いて、その隙間に身体を滑り込ませる。
 さーて……二人も来たことだし、わたしの仕事もここからが本番……。

「ミッション……スタート!」

 ――ってね。




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