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Languor Worker


4 / Recruit-MagnetRoom (The Third quarter)



 まずは手帳を取り出した。
 それからレオに許可を取ってから、彼女に寄りかかってそれを読み始める。
 先ほどの聞き込みの際に、とりあえず気付いたことを片っ端から記載した手帳。それを見、思考を巡らす。
 もともとこのビルは手を抜いて建てられたものらしく、所々の壁が凹んだり、天井にヒビが入ったりなどしょっちゅうだったらしい。
 そのおかげか、剥き出しになった鉄材等でケガをする人が後を絶たなかったらしい。そこまでは、まぁ問題ない――手抜き工事は問題ではあるが、今は問題視するようなものではないだろう――のだが、どうにも気になる点があった。
 はみ出した鉄材等でケガをした人が高確率で、その日に大きなケガを負っている。
 サーバーの転倒に巻き込まれたり、どこからか落ちてきた金属片にぶつかったり、など。どれも全て、ケガした当日に建物内で、である。
 本来ならあまり気にしない可能性のある情報だが、どうにも今の自分と照らし合わせてみると、無視出来ない。
「あれ?」
 だが、そこで疑問が沸いてくる。
 もし、今、美斗が置かれている状況が人為的であるとするのなら、犯人はこの建物が使われていた時から能力を使い続けている事になるのではないのだろうか。
 能力者や能力――ソウルオーバーについては今日知ったばかりの話ではあるが、そも美斗は自らがソウルオーバーである。だからこそ言える事なのだが、建物全体をフォローするほどまでに大規模な能力があったとしたら、それはかなり精神を消費するのではないだろうか。
 少なくとも、大ケガをした人がいる日に能力を使っていたと仮定しても、最低月イチペースで能力を使っている事になる。いや、ペースとかはどうでもいい。なぜそうまでして、犯人は能力を使い続けていたのかが問題なのである。
 動機。
「この建物の下に実は宝物を隠してるとか」
 自分で言ってて少しバカらしくなり、肩を竦める。
 とりあえず、手帳を何度か読み返し得る事の出来た確信。それは――
「剥き出しの鉄材を代表とする建物の一部でケガをした場合、身体が磁力を帯びだす……」
 そして、それは徐々に強力になっていく。
 それ以外については何とも言えないが、とにかく発動条件のようなものはコレに間違いないはずである。
 その確信を手帳に書き込んでから、閉じた。
 感覚的にはそうでもないのだが、どうにも頭を使いすぎたのか少し頭痛がする。ストレッチでもして身体をほぐしたほうがいいかもしれない。
 そう考えて、
「よっと」
 美斗は軽く反動をつけてレオから身体を離した。
 と、同時に――
「う……く」
 眩暈がして、地面に膝をつく。
 心配そうにこちらに視線を向けてくるレオに大丈夫だと、ジェスチャーをして立ち上がる。
 が、
「あ……あれ?」
 再び強烈な眩暈に襲われて、ぐったりとレオにもたれかかる。
「はぁー……はぁー……」
 自然と息が荒くなっていくのに戸惑いながら、かぶりを振るが頭痛がし始めただけで改善されない。
(貧血……? 違う。こんなに酷い貧血なんて……)
 意識が混濁し始め、歪み回る視界の端に自分の右腕が映った。
(き、黄色? ……まるで……酸欠の……時みたい……じゃない)
 ぜーはー……と荒い呼吸の中で思考を繋ぐがそろそろキツくなってくる。
(じゃ……じゃあ……この浮き上がって……いる血管の……黒ずんで……いるのは……な……に………)
 その疑問の解を考える暇なく、美斗は意識は闇に飲まれた。


磁呪の廃ビルB


 その部屋に入ったとき、一番見たくなかった光景が、流緒の視界に入ってきた。
 元々はサーバー室か何かだったのだろうか、床には長時間重いものが乗っていたと思われる後が無数に規則正しくついており、それとは別に床には長方形の通風孔も一定の間隔で開いていた。
 そんな部屋の最奥にメガネをかけた青年が一人、壁によりかかり四肢を投げ出す形で座っている。露出している肌には無数の傷と、その喉には小ぶりの鉄の棒が突き刺さりピン刺しの標本のように見える。また、彼の周囲には通風孔の上に置かれていたであろう長方形の格子――かなりの重量のやつだ――が落ちていた。よく見れば、左肩と右胸の辺りがへこんでいる。これが直撃したのだろう。
「安らかに寝ろよ……なんてのは気休めにすらならねぇかもな」
 独りごちてから、その青年の遺体へと向かう。
 普通の人間からすれば、きっと何が起こったのかわからなかっただろう。突然、金属類が無数に飛んでくるなんて事態、そういった超常現象に関わったことのない人間が対処できるはずがない。この青年はこんな姿になる前は、いったい何を思っていたのであろうか。
「俺は何ともない……が、笠鷺は影響を受けてた。そして青年(コイツ)も。
 見境ってぇのがないのか? 何でこんなことをする?」
 死体を見下ろしながら、思考をめぐらせる。
 考え事する時、独り言がやたらと出るのは悪い癖だとは思うが、出てくれた方が考えが纏まりやすい。
 こんな事をするメリット。あるいはしなければならない理由。
「侵入者に反応するのか?」
 そんな考えが口から出たが、だとしたら自分が被害を受けてないのはおかしい。
「大掛かり故に個々への発動する場合には何かの条件が必要……なのか?」
 発動自体に条件がある能力なのか、あるいは一定の条件を満たす者の建物への侵入が嫌なのか……。
「何か、どっちも違う気がすんなー……」
 頭を掻きながら、屈んで死体をジッと観察する。
 無数の刺傷と切り傷。細かい金属片も飛んできたのだろう。そう考えると、かなり惨い能力である。
「……と、待てよ。追い返すだけなら何も殺す必要はないんじゃねぇか?」
 本来の目的は追い返すことだとして、殺傷能力を持つのはやはり能力が制御できないから、なのだろうか。
「違うな――なんつーか、どっか根本から違う気がする。何を……俺は何かを思い違いしてるのか?」
 首を捻ってうなるがそれいい案が出てくるわけもない。
「あれ? コイツ手の平も怪我してんじゃん。もしかして飛来する鉄でも叩き落としたのか?」
 たかが手の傷。されど手の傷。
 流緒の中で確実に何かが形成されていく。
「おいおい……マジでそう思うのか俺……?」
 自分の思考結果にうめいてから、流緒は携帯電話を取り出して、事務所の――事務所長の部屋に電話をかける。
 しばらく呼び出し音が続いた後、
「はーい。香具師邏(やしら)でーす」
 そんな感じの口調で、やたらと幼い感のする声が電話から聞こえてきた。
「お疲れさんです。俺です」
「……んーっと……るーくん?」
 何やら少し考えてから、自信なさ気に所長――香具師邏 姫在(やしら きあ)は訊いてくる。
「ええ。るーくんです」
 うなずいたら、
「ゴメンね」
 なぜか謝られた。
「詐欺なら間に合ってるんだ。やるなら別の人にね♪」
 ガチャン。
「おい」
 ついでに電話も切られた。
「あンの……アマぁ……っ」  歯軋りをしながらうめき、リダイヤル。
「はぁい……香具師邏です」
 同じ声ながら、今度は僅かだが不機嫌な色が混じっている。
「おいコラ何でいきなし電話切りやがるんだこの見た目だけ幼女!」
「ひどーい。好きでこんな体型してるんじゃないんだよー!」
「ひどーい……じゃねぇよ! ひどいのはお前の方だろうが!」
 わざわざ『ひどーい』だけ声真似して言い返す。
「ぷぅー。だって、るーくんってば、『俺』としか名乗らないんだもん。てっきりこの間まで流行ってた『オレオレ詐欺』かと思われたってしかたないよ」
「俺は流行に敏感なんだ」
「廃れ始めに敏感ってコト?」
 とりあえずここまで言い合いをしてから、流緒は会話を中断させた。
「いや、まぁ、そんなコトはどうでもいいんだ」
 途端、電話の向こうで所長が真面目な顔になっただろう事が何となく雰囲気から伝わってくる。
「だろうね。用件は何? 流緒くん」
 真剣になっても相変わらずのロリータボイスではあるが、これが相手の地声なのだから文句は言えない。流緒は一旦息を吐いてから、告げる。
「ただのペット探しで済まなくなりました」
「それで?」
「本当は所長と漫才してる時間も惜しいくらいなんですけど、まぁ、それについては文句は言いません。ええ、言いませんとも」
「そう言ってる時間も惜しいんでしょ?」
 こういう真面目な時の姫在に対しては、どうにもタメ口で話しづらく、自然と流緒の口調は普段の覇気のない不遜な口調とは打って変わった丁寧なものになる。もっとも、覇気のなさだけは変わらないのだが。
「そうでした。まぁ、とりあえず単刀直入に訊きますね」
 そこで言葉を止めてから、もっとも端的にかつ状況が分かりやすいであろう質問の仕方を考える。思考時間はごく僅か。単純で構わなかった。解が可であれ不可であれ、現状が<そう考えてしまうような状況>である事が伝われば良い。なら、本当に単純な言葉で形成できる。
「建物がソウルオーバーになる可能性ってのはあるんですか?」
「あるよ」
 最初の返事はそれだけだった。だが、それだけで充分な回答でもある。とどのつまり、流緒が思い立った想像の裏づけとも言える返事。
 それかあ、僅かに間を開けて、姫在が付け加えた。
「極めて稀なんだけどね」
「なら、俺たちは現在その極めて稀な建物の中にいます」
 嘆息交じりにそう返すと、
「まったく、流緒くんってばトラブル体質だねぇ」
 などという呑気な返事が返ってきて少しだけ殺意が沸く。
「まぁ、でも、能力舎(のうりょくしゃ)っていうのはその内側か、あるいは自らを中心に数メートルくらいの範囲にしか影響を与えないはずだから、うまく脱出すれば安全だよ」
「なるほど。うまく脱出しないと危険ってワケですね」
 モチベーションがマイナスの臨界点を突破しかけてるかのような調子でうなずく流緒。その頭の中には、
「まったくどこがリハビリと新人研修を兼ねた気楽な依頼なんだよ」
 という思考でいっぱいだったりする。
「流緒くん。そーゆーのは、思ってるだけで口にしないものだよ」
「すみません。勝手に口から漏れてましたか」
「まったくもぅ……水道局の人に口に中見てもらったら?」
「生きて帰れたらを前提に考えときます」
「うん。それじゃあ、気をつけて。武運を祈ってるよ」
「ありがとさん。ま、あんまし報告書の中身を期待しないで待っててくれ」
 最後だけいつもの調子で返事を返してから電話を切り、目を閉じる。
 美斗と連絡を取るため、レオへと思念を発す。
 だが、こちらから思考を飛ばす前に、レオから思考が飛んできた。
<ルオ! 大変! ミトが……ミトが急に……>
 流れてくるレオの焦ったような思考を受け、
「なんだってんだよ、おい」
 忌々しげにうめいてから、流緒は慌てて美斗の元に向かった。


「笠鷺! おい笠鷺!」
 レオにもたれかかり、意識を喪失している彼女の名を何度も呼ぶが、反応はない。
「なんだってんだ? これは」
 グッタリとしている彼女に近寄って直ぐさま症状を見たのだがどうにも不可解なのである。
 肌が全体的に黄色くなっている。長距離走を走ってる時に限界が来たときのような、そんな色。アレよりも随分と濃い。全体的に浮かび上がっている血管。ところどころが黒ずみ、他より一層膨らんでいた。
「これは……」
 その黒ずんだ部分に触れた途端、流緒のその人差し指の血管が浮き上がってきた。
「な、なんだよオイ!」
 慌てて手を引っ込めるが、その指からは僅かに血が滲んでいる。そして血が滲んでいるのは流緒の指だけでなく、彼女の触れようとした黒く膨らんでいる箇所。
 流緒の頭の中に最悪な推理が展開される。
「おいおい。冗談じゃねぇぞ」
 だが、躊躇ってはいられない。
「レオ。笠鷺の……黒ずみが少ない場所を軽く引っかいてくれ。血を見たい」
 レオはもたれかかって来ている美斗に負担をかけないように身体を捻って、言われたとおりに彼女の身体に浅い傷を作る。
 そこから滲んで来るのは当然ながら血。だが、その血の赤は極端に薄かった。これでは赤と言うよりもオレンジである。
「最悪だ……コイツの身体の黒い塊は全部鉄分ってわけかよ」
 うめく。そして考えを巡らせた。美斗を助ける方法。ここから脱出する方法。必要なのは美斗を抱えて脱出する方法。
 きっとこの鉄分の塊は近くを通る鉄分を片っ端から集めていることだろう。だとすれば、今、彼女の体内は極端に酸素が少ない状態になっているはずである。鉄は酸素を運ぶ。だが、その鉄が仕事をサボったらどうなるか。
「極度の究極の最悪の酸欠……ってトコかコイツは……」
 そして、先ほど手を近づけたときに膨らんだ、自分の血管。
「あれは……俺の中の鉄が、笠鷺の中の鉄に引き寄せられたってとこ――だよな」
 彼女のどこが磁力の中心になっているのかはわからない。美斗は自らが有してしまった強力な磁力によって体内の鉄が動かなくなってしまっている。だが、助けようと近づけば他人の鉄すら容赦なく引寄せる最悪さを持ち合わせているときた。
「クッソ!」
 毒づいて決意する。
 犬とか依頼とか仕事とかそこの部屋の中の死体とか、そんなものはもうどうでもよくなった。
 とにかく、目の前にいる自分の助手を、苦しんでいる女性を、何者かの手によって殺されそうな彼女を救う。息も絶え絶えなこの女を連れて脱出する。
「レオ! そこの窓をぶっ壊せ!」
 漆黒の獅子は主の命令どおり、窓ガラスを割り、窓枠を取っ払う。
「戻れ」
 命令を実行するため黒い霧となったレオは出てきた時とは逆のモーションで流緒の中へと戻る。
 続けて流緒は自らの背中に、レオの羽だけを実体化させた。
 数度羽ばたいて具合を確かめうなずく。
「どっちみちこの場にいりゃあ、二人とも危険だからな」
 大きく深呼吸をする。我慢比べの始まりだ。
 彼は美斗をお姫様抱っこの要領で抱き上げる――と同時に、体中の鉄が彼女へと引寄せられるのを感じ始めた。この今にも鉄たちをこちらの血管を破って外に飛び出しそうである。
(こりゃ……ヘタすりゃ、内臓も飛び出そうだぜ)
 内臓たちが圧迫されているから、喉の奥から血が競りあがってくる。だが、それら全てを我慢して窓に足をかけた。
 そして――
「さぁて……俺の鉄が飛び散るのが先か、効果範囲外へと出れるのが先か……御代は見てのお帰りだぜ!」
 流緒は純白の翼をはためかせる為、窓枠を蹴って外へと飛び出した。



 
                       4 / Recruit-MagnetRoom (The Third quarter) 〜 To Be Continued



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