本棚   TOP
To Back


Languor Worker

2 / Recruit-MagnetRoom (The first half)



「あのー……ここなんですか?」
 呆れたような感心したような声で、笠鷺 美斗(かささぎ みと)は自分の横にいる男性に尋ねた。
 高級住宅街。
 その名に恥じぬ、感じが良くそれでいて金がかかっていそうな住宅街のその中心のような場所。そこにその建物があった。
 表札に『浅田』と書かれた家は、よく言えば豪華であった。他の追随を許さぬほど。悪く言えば悪趣味だった。他の追随を許さぬほど。  いかにも金がかかっていますよと力説している面構えな上、シックや趣味のイイとは程遠い煌びやかさ持ったその家が、今回の依頼人を主に持つ建物だ。
 住所がこの高級住宅街の時点である程度の豪華さを持つ家は覚悟していた。だが、これほどとは……。
「ここ、なんですか?」
 明らかに周囲から浮きまくっている家を眺めながら再び訊く。
「ああ」
 やる気の感じられない口調で男性はうなずく。
「そうですか」
 自分で訊いておきながら他にどう返していいか分からず、とりあえず相槌だけ打っておく。
 目の前の家に対して色々と感想を抱いているが、彼女たちだってこの住宅街からすれば浮いた姿をしている。
 二人ともスーツ姿なのである。この街は基本的に昼間はスーツを着た人間は皆無だ。来るとすれば有閑マダムを狙ったサービスマンくらいかだろう。だが、二人ともサービスマンには見えない。
 美斗は白いブラウスにオーソドックスな黒のジャケットにスラックス。色素の薄い髪は短く切り揃えられ、切れ長で猫っぽく見えなくもない黒瞳は意思の強さと確固たる信念を表すように輝いている。格好だけならキャリアウーマンに見えなくもないのだが、スーツ姿はあまり馴染んでいないし、何より十代後半にしか見えないその容姿と全身からあふれ出している元気の良さ、そして彼女が背負った赤のリュックサックが新入社員のようにしか見えない。
 事実、美斗は十九歳になったばかりだし、つい最近、今勤めている事務所に就いたばかりである。助手とはいえ今回が初めての外回りだ。
 一方、男性――綾行 流緒(りょうごう るお)はクリーム色のワイシャツにオレンジ地のチェックのネクタイ。スーツは濃灰色。皺一つ無くピシッとしているにも関わらずそのスーツがヨレて見えるのはひとえにその締りのない顔と全身から滲み出るやる気の無さのせいだろう。ある意味で美斗とは完全に正反対の容姿をしている。
 彼もまた若い――二十代前半ぐらいだろうか。その姿からは仕事に疲れやる気をなくした若手にしか見えないが、この若さで上から美斗の教育係を命じられているのだから実力はあるようである。
「なぁ、笠鷺」
「なんですか先輩?」
 しばらく一緒に家を眺めていた流緒に声を掛けられ、美斗は視線を彼に移す。
「すげぇ嫌な予感がするんだ。サボって帰らねぇ?」
「ダメですよ。仕事なんですから」
 美斗はそう言って呼び鈴を押した。
「あ、テメッ」
 流緒は小さく声を上げるが、敢て美斗は無視をした。
 今日まで事務処理の仕方を色々と教えてもらっていて分かったが、どうにもこの先輩にはサボり癖と逃走癖があるようで、何度かそういった行動をとられ開口した。おかげで、流緒の大体の行動パターンはを把握できた為、対処法も思いついた。ようするに、逃げ道を塞いでやればいい。そうすると諦めて愚痴をこぼしながらも最後までちゃんと仕事をしてくれる。
 そんな彼ではあるが、不思議と教え方がうまいのだ。基本行動だけみるとダメダメな先輩なのだが、周囲からは少なからず信頼されているし、何より難易度の高そうな仕事も任されていたのを見ている。腕がいいのは確かのようである。
 だが、それでも正直、美斗は自身の現状を把握しかねていた。腕の良い先輩の下に付けられたのか、怠けグセのある先輩のお目付け役として下に付けられたのか、あるいはその両方か。
「はい、どちらさまでしょうか?」
 意味の無い空想から美斗の思考を引き戻したのは、インターホンから聞こえてきた女性の声だった。
「え、あ…」
「お世話になっております。私達は香具師邏(やしら)探偵事務所の者です。依頼があると事でしたのでお伺いしました」
 咄嗟に言う言葉が見つからず、金魚のように口をパクパクさせていた美斗を押しのけ、流緒が答える。
 口調は事務的だが、相手の警戒心を解く不思議な空気を持っていた。先ほどまでの覇気のなさはなくなっている。顔も締っていて、美斗はある意味で初めてちゃんと仕事をしている流緒の顔を見た気がした。
「あーはいはいはい。奥様から聞いていますよ。どうぞお入りください」
 どうやら出たのはお手伝いさんのようである。
 その言葉の通り重苦しい感じのいかにもお屋敷の門といった風情の門が自動的に開く。
 無言で、流緒は敷地に踏み込んでいく。
 慌てて美斗は彼の後を追う。
 そして、追いつくなり流緒は何時もどおりの覇気のない口調で美斗を注意する。
「お前な、自分で客を呼び出したんだから、ある程度言葉を用意しておけ」
「すみません」
 素直に謝る。その通りだ。
「ま、初回で怖気ず呼び鈴を押せりゃ大したモンだよ。ましてやこんな家のな」
 しゅんと肩を落とした美斗の耳にそんな言葉が掛けられた。それは褒めたのか皮肉っているのか、覇気と締りのない流緒の顔からは読み取れなかった。


 居間に案内されてソファに付いてから流緒はビジネス用フェイスを崩さぬまま内心で毒づいていた。
(前置きが長げぇよ。とっとと本題は入れよ。俺は事務処理を途中でやめて来てやったんだぞ。アンタみたいに家で日がな一日のんびりとしてられる成金ババァとは違うんだよ)
 テーブルを挟んだ対岸に座っているのは、高そうな服と装飾品を見せ付けるように見せ付けたご婦人だ。どうみても見せびらかすのが趣味の女性なのだが、唯一の救いは太っていない事だ。これで太っている上、洋服か装飾品あるいはその両方がまったく似合っていなかった場合救いが無い。
 流緒は内心でそんな風情の婦人に睨みを利かせながら、現実の目で自分の横をちらりと盗み見る。
 横に座っている美斗は、婦人が延々と話している家と夫と息子と自分の暮らしとペットの自慢話と噂話と世間話がミックスされた複雑怪奇な言葉を真面目に聞き、要所要所でメモを取っている。
(俺には絶対、真似できねぇ)
 やはり、内心だけで肩を竦めて視線を婦人に移す。
「――でね西倉の奥さん何て言ったと思いますそれじゃあただお風呂に入るだけですよってほほほほほほ可笑しいでしょう?それにしても本当朝滝さんとこの愛子ちゃんはすごいわよねぇ小学校のときから成績は学年ベスト3に入ってたるそうなんですよええでもウチの太郎ちゃんも負けてないのよだってこの間の数学のテストで満点を取ってきたんですからすごいでしょう?ほほほほほほほほ……」
 このまま放っておいてもウォークマンのリピート機能のように。延々と似たような話を繰り返すだけだろう。
(仕方ない……うまく会話を止めさせて本題を聞き出すか)
 マシンガンあるいは湯水の如く口から溢れ出す自慢話世間話噂話の中から、会話をストップさせられそうな話題を聞き取ろうと集中する。
「そうそう犬といえばウチのワンちゃんが行方不明に」
 チャンス!
「お話の途中、失礼しますが、そのお宅の行方不明になった犬というのは今回の依頼と何か関係ありますか?」
 かなり絶妙なタイミングだと自分で自負しつつ話題をこちらが必要なものに誘導する。
「そうなんですよウチのワンちゃんジョセフィーヌっていうんですけどあの子がここ二日帰ってこないんですよだから探してもらいたくておたくに電話をさせてもらったんですよ」
 どうやら、その飼い主に恵まれない同情に値する犬を探して欲しいってのが依頼のようだ。なんとか会話を逸らすことに成功した。あとはお金の交渉に……、
「庭で放し飼いにしていますし一週間に数度はウチから出てどこかへ言っているようだったんですけど普段は戻ってきてたんですよところが一昨日いなくなってから戻ってこないんですよ普段なら遅くても二日で帰ってくるんですけどね今日で三日目だから心配で心配でそうそういなくなるワンちゃんって言えば四丁目の角崎さんとこのワンちゃんも―――」
 入れそうにも無かった。
(うう……だから嫌な予感がするって言ったんだ)
 やはり表情は変えず、胸中で頭を抱えた。
 結局、話は延々と続き、ようやく依頼料などの交渉が出来たのは家にお邪魔してから二時間以上も経ってからのことだった。


「さて、どこから当たりますか先輩?」
 浅田邸を後にしてしばらく歩いてから美斗は流緒に尋ねた。
 だが、なぜだか彼は浅田邸に入る前よりやる気の無い顔をしている。
「…………………」
 そしてなぜか半眼で見下ろされた。
「あ……あの、私何か変な事してました?」
 不安にかられ訊いてみると流緒は首を振る。
「いや、お前の話を聞く姿勢はまるで探偵だった。俺には真似出来ねぇ」
「え? 本当ですか良かったぁ〜」
 安堵に胸を撫で下ろしながら、美斗の表情がふにゃふにゃと歪む。どうにも褒められた事に照れているようだ。
 なんとなく、そんな美斗を眺めながら、流緒は嘆息する。
 しばらく、破顔していた美斗はようやく正気になり顔も元に戻ると、ふと思うことがあって口にした。
「私の事をまるで探偵のようだった言いましたけど、先輩も探偵じゃないですか」
「ん? ああ――不幸にもな」
 どうやら本気で美斗を探偵のようだと思って見ていたらしい。
「ところで、ジョセちゃんの写真はともかく首輪なんぞを借りてきてどうするつもりなんだ?」
「ジョセ……?」
 突然話題が変わり、その上聞き慣れない単語が出てきたため一瞬迷うが、
「ああ、ジョセフィーヌのことですね」
 すぐに思いつく言葉に変換された。今回捜索願がだされた犬の事だ。
 それから、リュックの中から首輪を取り出す。
「そうそれ。何に使うんだ?」
「臭いを追うんです」
「マジか!?」
「じょッ、冗談ですからね?!」
 あまりにも本気にしたかのようなリアクションに慌てて美斗は返す。ところが、流緒のテンションはあっさりと氷点下まで下がり、いつもの顔で肩を竦めた。
「ンなコト分かってるよ。リアクションが大きい方が言った方も嬉しいだろ?」
「うぅ……」
「なにうつむいてうめいてるんだ?」
「いえ……何でもありません」
 どうにもからかわれてる気がする事実は脇によせ、気を取り直してから本題に入る。
「それで、首輪なんですけど」
「ああ」
「ちょっとした事に使うんですが……見て気味悪がったりとかしないですよね?」
 少々不安にかられ、語尾が若干小さくなる。
 流緒はそんな美斗に眉をひそめるが、
「それこそ臭いで探索するとか言ったら逃げ出すかもしれんが……まぁ超能力とかの類は見慣れてるから気にすんな。
 捜索のヒントになるならちゃっちゃとやってくれ」
 言わんとしている事を理解したのか、普段よりは優しげに感じなくもない口調でうなずいた。
 それに安堵した美斗は首輪を左手の上に置く。
 それから、右手に意識を集中する。
 パリパリと音を立てて、右手が電気のようなものを帯び始めた。
 流緒は何も言わず、その様子を見ている。
 ゆっくりと右手を首輪に近づけ、首輪に触れた……直後!
「―――っ!」
 首輪から映像が流れてくる。
 サイコメトリー――物や人等に触れる事で、思念や記憶の断片。思考を部分的に読み取る事の出来る超能力。それが、美斗の右手に宿って不思議な力。
 見えるのではない。脳に直接、首輪の見た映像とが流れてきている感覚。
 首輪から音が聞こえてくる。
 聞こえているのではない。脳に直接、首輪の聞いた音が流れ込んでくる感覚。
 流緒には何が起きているのかは分からないだろう。
 ただ、首輪に触れて苦しげに呻いている美斗しか見えないはずだ。
 だが、そんな事は今はどうでもいい。
 今やる事は見えてくる映像をしっかりと記憶するだけだ。

 人の良さそうな青年。今日も来たんだ。エサ。廃ビル。ハイ、上げる。商店街。浅田邸。廃材が転がった部屋。電車の走る音。火曜日にいつも来るね。割れた窓ガラス。誰かの手を舐めるジョセフィーヌ―――

「―――っあ!」
 少し大きな喘ぎ声と共に映像と音が遮断される。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
 コレをやるといつもこうだ。息が上がる。まるで長距離マラソンをした後のような疲労感に襲われる。
 だが、これほど探偵に向く超能力も無いと自負はしている。
「何が視えた?」
「どこかの商店街の近くにある廃ビルです。電車の走る音もしてました。それで、たぶん、その廃ビルの中の一室だと思うんですけど、そこでジョセフィーヌが男性からエサをもらってました」
 肩で息をしながら美斗は見た映像を答える。
 そして一通り答えてから、自分の行動の意味がバレていた事に気が付く。
「あの…何をしたのか――とかって訊かないんですか?」
「サイコメトリーだろ?」
 それがどうかしたのかと言うように流緒は続ける。
「見るのは初めてだったが話は聞いたことがある。それにあの前置きとお前の動き。知識があれば何をしたかなんて事ぐらいすぐに分かる。分かるんだから訊くだけ野暮ってもんだろ?
 それに――さっきも言ったが、こういう仕事をしてると超能力ってのにも良く出くわすんだよ。別に驚くようなことじゃない」
 超能力を持つ事に対して何も感情を抱いていないかのような口調。ただ、それが美斗にとっては嬉しかった。
 サイコメトリーを使ったのは賭けだった。コレのおかげで過去に色々あったから。
「………それにしてもサイコメトリーか……つくづく探偵向きだな」
 つぶやく声。たぶん、無意識にでもつぶやいたのだろう。でもそれは彼女にとっての最高の褒め言葉だ。
 なんとなく顔がにやけるのが自分でも分かる。
「落ち着いたか?」
「え、あ? はい!」
 声をかけられて、思わず慌てた。なんとなくにやけ顔が見られた気がして恥ずかしかった。
「それじゃあ、笠鷺が首輪から教えてもらった廃ビルにでも行ってみますか」



磁呪の廃ビル@


 商店街から十分も歩かずにたどりつく裏路地の一角。そこにそのビルはあった。
 何の変哲もない普通の廃ビルである。
 これだけ商店街に近いのだから、子供たちの秘密基地になっていてもおかしくはない。そんなビルだ。
「マメだねぇ笠鷺って――いや、真面目って言った方がいいか?」
 廃ビルを見上げながらつぶやく。
 ビルは気が抜けるほど簡単に見つかった。だが、まだ中には入っていない。
 彼女は今近くの商店街で聞き込みをしているのだ。
 流緒個人としてはとっとと中に入りたかったのだが、美斗は中に入って何もなかったら無駄足になるからと、自分のサイコメトリーを確信するための情報を探しているのだ。
「でもま、自らの能力だけに捕われないのは大したもんだな」
 実際問題、サイコメトリーだけではなく似たような能力含めて証拠能力は無い。警察が使っている捜査方法の一つであるプロファイリングと同じだ。プロファイリングは犯人あるいは捜索対象の心理を分析して目星を付ける捜査方法である。つまり、どれだけの確実性を持っていたところで証拠がないため、結局の所は机上の空論扱いなのである。だからこそ、それを元に証拠を探す作業が必要なのだ。
 たぶん、美斗はそれを理解しているのだろう。だから、証拠や確信がなくても問題のない今回のようなケースでも、地道な聞き込みをしている。それが今後の糧になる事もわかっているのだ。
「サイコメトリー……超能力……ソウルオーバー……」
 意味の無い言葉の羅列にも聞こえるつぶやき。
「………ソウルオーバー……か」
 胸元に持って来て緩く握った自分の右手を眺めながら嘆息する。
 ソウルオーバー……それ自体は悪いことではない。むしろ美斗のように自らの味方とし正しく使えば問題ない。問題があるのはそれを見てどう思うかの一点である。
 自らがソウルオーバーであればそう驚かないが、一般的に見ればソウルオーバーを使う存在の絶対数は少ない。故に普通の人間から見れば奇人――ひどい時は化け物扱いである。
 超能力者あるいは超能力の総称ソウルオーバー。一般的にはまったく浸透していない言葉だが、一部ではあまりにも有名な言葉でもある。
 目を瞑り、自分の姉を思う。
 ソウルオーバー自体は悪くない。そう――悪くないのだ。
 頭では理解している……だが、
「分かってる。別にお前に不満があるわけじゃないよ」
 自分の内側から聞こえた声に流緒は言葉を返す。
 無意識に左手で右の手首を掴み抱くように胸元に押し当てている。
 姉やソウルオーバーについて考えているときの癖だ。どうしてこんな癖を持ったのかは分からないが。
「先輩」
 呼ばれて手を下ろし、ゆっくりと目を開ける。
「どうだった?」
「やっぱりジョセちゃんはここに良く来てたみたいです」
 手帳を見ながら答える。
 結構な量の情報をメモしてきたようだ。
 右手をポケットに突っ込んでビルを見上げる。
「で、入るのか?」
「もちろんです!」
 気合充分といった様子で美斗は答えた。
「OK。じゃあ行こう」
 気だるげに言って歩みだす。
 美斗も横に並ぶ。
 そして、ビルに足を踏み入れた瞬間、ゾクリとして足を止めた。
「あー……まったくあのクソロリ所長め――何が病み上がりの俺と新米でも問題なく解決できる依頼だよ……」
 どうしようもない程の嫌な空気がビルの中に満ちている。
「せ、先輩……」
 美斗もそれに気がついたようだ。
「笠鷺。帰ったら所長に文句の一つでも言っておこう。病み上がりの俺と新米のお前にはちょっとキツい仕事になるかもしれないからな」
 まるでゼリーの中にいるかのような錯覚を覚えるほど濃密な黒く嫌な気配――ここまで来ると妖気だ――を掻き分けるように流緒は歩き出す。
「先輩、待ってください」
 怖気づいて泣くかと思っていたが意外にもしっかりとした足取りで付いてくる。
「一つだけ言っておくぞ」
「はい」
「何が起きても自分を見失うな。お前は新人だし能力(ちから)も争い向きじゃあない。だからお前はお前なりの判断で最良だと思える行動を取れ」
「あの……それってどういう意味ですか?」
 どこか不吉なものを覚えて聞き返す。
「そのままの意味だ。言っただろ? 病み上がりと新人にはキツい仕事になるって」
 やはり納得のいかない様子で首を傾げる美斗。
 だが、流緒はそれに構ってはいられなかった。
 歩きながら常に周囲に意識を向ける。
 これだけの妖気だ。何が起きたって不思議ではない。
「あ、ここの階段、見覚えあります。確かジョセちゃんが昇ってました」
「じゃあ、昇ろう」
 そういえば――さっきもそうだが――いつの間にかこいつもジョセちゃんと呼び出したな。思わずそんなどうでもいい事が頭をよぎったが、すぐに思考を切り替えた。余計な事を考えるにはこの場所は危険すぎる。
「きゃ」
 階段を昇りきったところで、美斗が小さな悲鳴を上げた。
「どうした?」
 足を止めて慌てて背後に向き直る。
「あ、いえ……ちょっと顔を出してた針金で手を切っちゃっただけですので大丈夫です」
 言いながら美斗は右手の甲を見せてくる。
 確かに大した傷ではなさそうだ。
「気をつけろよ? 剥き出しの鉄骨や瓦礫がそこら中にあるんだ。転べば串刺しって事もありえる」
 首だけで理解を示す助手に視線だけで先に進むことを示す。
 それからお互いほとんど会話せずに四階まで昇った。
 そうして、四階を歩き始めて程なくして、流緒はソレに気が付いた。
「あん?」
 地面に転がっている一メートル程の鉄パイプが震えて、カタカタと音を立てている。
「せ、先輩……なんで鉄パイプが……?」
「知るかよ」
 そう答えた瞬間、鉄パイプがこちらめがけて飛んできた。
(狙いは俺……)
 かなりの勢いで飛んでくる鉄パイプを避けようと身体を動かしかけ、
(じゃあない!)
 自分の判断ミスに舌打ちする。
 あまりにも迂闊だった。確かに警戒はしていたがそれは自分が助かるための警戒で、美斗とともに助かるための警戒ではない。だから、すぐに身体をズラしてしまった。半歩後ろには美斗がいるというのに。
 もう自分の意思で身体を動かしてもどうにかなりそうにもない。美斗に鉄パイプが刺さるイメージが頭を過ぎる。
 普段ソロで動いていた癖がこうも最悪な形で現れるとは思っても見なかった
(冗談じゃねぇっ!)
 胸中で絶叫するが身体は鉄パイプから離れていく。
 美斗が息を呑むのが聞こえる。
(笠鷺ッ!)
 鉄パイプは真っ直ぐ吸い込まれていった。


 
                         2 / Recruit-MagnetRoom (The first half) 〜 To Be Continued



To Next




  本棚   TOP