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Languor Worker

1 / OverTimeWork-FogFox



 空には雲などなく、皓々と輝く満月がそれを照らしている。
 風も柔らかくこんなに天気のいい夜だってのに、目の前にある建物を中心に陰気な気配とクソ妖しい気配が漂い、周囲からは虫の声などなく、もちろん夜雀だって鳴いていない。
 この建物が今日の俺がするステキな残業の舞台。ステキすぎて涙がでちゃう。だってお給料が増えるんだもん!
 ――と、なかば現実逃避気味にその建物を見たところで、ここに流れる空気は変わることはねぇし、仕事をしなくちゃならない事実もかわるはずがない。ましては、こんな仕事が楽しくなるワケでもない。
 俺は大きく嘆息をすると、ステキ残業の舞台――私立のわりと有名な学校の巨大なシルエットを見上げるのだった……。
 ……そういや、陰気な奴は陰気を呼び寄せるんだっけか?
 ま、それならそれで簡単に仕事が出来てお手軽な気もするけどな。
 誰も聞いちゃいない軽口を胸中で叩くと、俺は足を踏み入れた。
 色々な不満や愚痴を胸に抱えながら、生徒が消えたという事件の起きた魔窟という校舎へと――



喚ばれた狐


 まったくもって、うざったい。
 なんでこう世の中ってのはバカが多いんだ?
 いや、別にバカが悪いってワケじゃねぇが他人に迷惑をかけるバカはどうしようもない。
 ――で、そのバカに付き合ってここにいる俺は何なんだ?
 考えるまでもないか。俺もバカなんだ。そうかバカか。ならしょうがない。
 んなワケあるか。やっぱうざい。他人に迷惑かけるな。俺はバカじゃない。
 ひとしきり胸中でグチると少しは気が楽になった。
 OK。気分はやっぱり最悪だが問題ない。これなら仕事が出来る程度の状態だ。とっとと終わらせよう。
 階段を上がる。人気のない薄暗い建物の階段をただひたすら。まるで果てがないかのように錯覚する薄暗い夜の階段。これで本当に果てがなければ、それこそ学校の怪談なのだが、世の中ってのは果ての存在しない事柄など滅多になく、まもなく終着点にたどり着く。
 とある学校の屋上。そこが依頼人が示した場所。依頼人の友人を置いて逃げた場所。依頼人が『呼びモノ』を呼んだ場所。ついでに、依頼人の友人が消えた場所。ただし全部が『らしい』で装飾される。
 それにしても、『失せモノ』『呼びモノ』の同時作業なんて珍しい。軽く十万はかかるだろうに、最近の高校生ってのは金持ちだ。おかげで俺が迷惑してるんだが。
 嘆息混じりに、入り口へと視線を投げる。
 屋上立入禁止――屋上への入り口には目立つようにそう書かれた立て札がある。非常階段の薄暗い緑光でもそれなりに目立つ立て札なんだから、昼間ならもっと目立ってるだろうに……。
 わざわざ、立入禁止なんて警告してあるのに、なんで入るかねぇ?
 人目のつかないところでやりたいのはわかるが、わざわざ屋上に侵入するなよ。ってか、カギぐらい掛けとけ職員か警備員。
 でもって、依頼人ならびにその友人共。こっくりさんをやりたきゃ、教室でやれ。でなけりゃ稲荷系の神社の境内とかは雰囲気あっていいんじゃねぇかと俺は思う。とにかく俺に迷惑掛けるな。
 イカン、思考がズレてきた。ちゃんと仕事しねぇと。
「深夜手当が出なけりゃこんなこと絶対しねぇぞ俺」
 つぶやきなが、ドアノブに手を掛け、
「やだなぁ。帰ろうかなぁ」
 すっげーイヤな気分になった。
 どんな気分かと言われれば、早朝のさわやかな空気を吸おうと窓を開けた瞬間、霊柩車が目に入り、挙句にその霊柩車がカラスと黒猫を同時に轢き殺してったのを目撃したぐらいだ。
 はぁ――なんで、ドアノブに触れただけでこんなイヤな気分になるんだ?
 この先、一方通行。入ったら片がつくまで出れません。
 絶対にこのドアがそう言っている。
「まじ……やらなきゃ、ダメ? メンドイなぁ…」
 グチってても仕方がないので、意を決してドアを開ける。
 ひゅおひゅおと風が吹き荒れているだけの殺風景な屋上。もとより人が出入りすることを想定していないのか、柵なんてものはなく、油断してれば風に流され真っ逆さまって感じだ。
 嫌な気配が屋上を包んでいる。確かに何かがいる。ついでに言えばイヤな気分度もアップ。さらにこの仕事は強制残業。最悪。
 同じ残業なら浮気調査やペット探しの方がまだ気が楽だ。俺が気を病むことが少ない。
 とりあえず、慎重に、数歩進む。
 ギィ……バタムッ!
 突然の大きな音にビクリとして、背後に視線を向ける。
 お約束と言うかなんと言うか……開けておいたはずのドアが閉まっている。ついでに断言すると、あのドアは当分開かない。絶対。だって、アイツ、俺を逃がす気なさそうだし。
 ドアが閉まるのと同時に現れた気配の塊に俺は視線を向ける。
 それは白い霧だ。白い霧が狐の形取っている。たしかにこっくりさんと言われれば、ああいう姿を思いつくが、アレはこっくりさんみたいな生易しいモンじゃない。
 人の思念が呼び出したこの世ならざる存在。こっくりさんのような容姿をしているのは呼び出した人間たちがこっくりさんをイメージしていただけだからに過ぎない。
 アレは正規の手順を踏まずに呼び出された悪魔だ。実際には悪魔とは別の存在なのかも知れないが、それを確認する手段がねぇんだから、悪魔と呼んだって問題ないらしい。
 実際の問題としては、ヤツはその霧のような身体の中に女子高生二人を内包してやがる事だ。
 二人とも裸で、俺としては嬉しい限りなんだが、どうあったってのんびりと観賞できる状況じゃない。
 一応、息はしているが、だからって無事かどうかは分からない。
 紐や触手にも見えなくもない色の濃い霧が彼女たちを拘束しているが、どう見たってただ拘束しているって感じじゃない……食事、か?
 ああやって、生命力だか魂だか精神だかを喰ってるんだろう。
 彼女たちが失せて見えたのは狐に取り込まれらからか、普通の人間には見えない存在になってしまったからか――どっちであれ、あまり喜ばしい状況じゃないのは確かだ。
 狐に包まれたから見えなくなっていた場合。この世界にご都合主義なんてものはなく、当然、人の記憶を操作するなんてことは出来やしない。もしかしたらそういった超能力じみたものをもったヤツは居るかもしれないが、少なくとも俺の知り合いには居ない。
 彼女たちを人間の形として無事に救えたとしても、今回の出来事は記憶から消えないから、頼りになるのは精神を健全に保とうとする人間の自己防衛本能のみ。一生トラウマとして残るか、あるいは精神が破綻してるか。そうでなければ、無意識に忘却し普通の生活を送れるか、といったところか。
 んで、彼女たちが普通の人間には見えない存在になっていた場合。もし彼女たちを助けたとしてもそれは死んでるとの変わらない。仮に彼女たちを人格的に人間性が保たれた状態で助けられても、人間ではない別の存在に変化してしまっている以上はもはや人間として生活はできない。こっちにもそういったものを直す超能力者か何かはいるかもしれねぇが、なんにしろやっぱり俺の知り合いにはいない。
 だから、喜べない。
 俺は狐を睨む。
「お前さ、たかが女子高生の遊びで呼び出されるんじゃねぇよ。挙句の果てに召還者を食べてやがるし。呼び出された以上は主人に大人しく従ってやがれ」
「るぉぉぉぉおおぉぉぉおおぉっ!」
 俺の言った意味が理解できたかどうかは分からないが、狐は雄たけびをあげる。
 まったく、この世に存在するどの動物の雄叫びにも似てねぇな。
 そして、ひとしきり叫び終わると、ヤツの身体から色の濃い霧が発射された。それは中にいるエサを拘束しているソレと同じものだ。
 風を切ってまっすぐに向かってくる霧の触手を俺は紙一重で避ける。
「わっと」
 うっひゃー、地面に二センチ程の穴が開いたよ。俺が食らったらどうなんだ、オイ。
 安堵の息をつく間もなく、ヤツの背中――いや、尻の辺りから今度は九本の触手を生みだす。
 ご丁寧にも胸から生んだ一本目は消えている。
「あー……あれかお前。九尾のつもりか? ソレ」
 それに応えたわけじゃないだろうが、その九本は俺にめがけて伸びてくる。
 やば――!
 躱せそうにねぇ!
 そう思った瞬間、俺の内側から獅子の雄叫びが聞こえた。
 それから――
 一瞬。俺の右手は黒い獅子の手のような姿へと変わると同時に勝手に振りかぶる。まだ触手とは距離がある。
 二瞬。勝手に動き出した俺の身体は、振りかぶった腕を地面に向かって叩き付ける。触手との距離にはまだ若干の余裕がある。
 三瞬。屋上の地面であり四階廊下の天井であったものは砕け俺は瓦礫とともに下へと吸い込まれる。触手は俺の頭上を通り過ぎていく。
 まだバウンドしている瓦礫の上に着地し、そこから大きく飛び退くと、身体の支配権が俺へと戻った。
「サンキュー、レオ。出てきていいぞ。存分に暴れろ」
 言いながら、獣化した右腕を掲げる。
 すると、腕は黒い霧になって俺から離れていく。それだけじゃない。その黒い霧は俺の全身から外へと出て行き、一箇所に集まり形を作っていく。身体を覆っていた霧が晴れると、俺の腕は元に姿になっている。
 そして一箇所に集まった霧は獣に変わる。
 あの狐のような霧で出来たまがい物などではなく、本物の体躯を持った存在 (カタチ)
 漆黒の毛並みに純白の翼を持った獅子。レオ。
 彼女は立派な (たてがみ)こそ持ってはいるが、れっきとしたメスだ。
 そして、彼女こそ俺の仕事のパートナー。
「ぐるがおぉぉぁっ!?」
 自らの形が完成した事を俺に伝えるように、レオが一吼えする。
「ああ。分かってる」
 さっき俺の身体を勝手に使ったのは彼女だ。俺がピンチに陥るとああやって、俺の身体を支配してピンチを脱出してくれる。ついでに言えば、俺から外に出さなければ彼女の力の一部を借りて身体を獣化させることも可能。とはいえ、俺自身が獣化を望む数より、もっぱら彼女が勝手に俺を変化させる事のほうが多いが。
「来るぜ、レオ!」
 俺の呼びかけの少し後、狐が天井の穴から降りてくる……って、あの修理費ってどこから出んだよ!
 もしかして、俺の給料? やばいって、それじゃあ今月絶対金なんてもらえねぇじゃん!
 ああ、クソ。後でレオにお礼ついでに文句言っておこう。
「ぐるるるるるっ!」
 レオの威嚇の声で我に返る。
 そうだった。金のことなんて後回しだ。とりあえず、目の前のコイツをなんとかしねぇと。
「るぉぃぃぃぃぃぃっ!」
 狐が吼える。
 俺はすぐに後ろへ飛ぶ。
「レオ。肉片も残すな。ただし、ヤツの中にいる女子高生は傷つけるなよ」
 レオはうなずくと、翼を大きく開く。
 そして、身を低くした直後、地を蹴って跳躍する。
 普通のライオンならそこから獲物に飛びついて終わりだ。
「きゅるぉぉぉぉっ!」
 当然、飛び付こうとしているところに攻撃が来ると躱せない。
 だが、レオは普通じゃない。背に翼がある。
 一回だけ翼をはためかせ少し跳躍の軌道を変える。触手はまっすぐレオを目指していた。それ故に、レオのたったそれだけの動作で容易に躱せるわけだ。
 そしてレオは四肢の爪を立てて狐に引っ付くことに成功する。
「きゅおるぉっぉぉっぉ!」
 痛みがあるのか、狐は悲鳴じみた声をあげる。
 なんだ……あいつって見た目が霧っぽいだけで、あのぼんやりとした姿そのものがヤツの存在(カタチ)みたいだ。
 なら、俺の出番もまだありそうだ。
 レオは相手を組み伏し、相手が本物の狐であれば喉笛に当たる部分を喰い千切る。
「ぎゅりゃゅゅゆっ!」
 狐は絶叫とともに、レオの左肩から白い触手が生えた。
「ぐぁぅぅぅっ」
「うあぁぁぁっ」
 俺とレオは同時にうめく。
 どうやら、狐はレオの死角から触手を生んで肩を突き刺してきたようだ。
 俺とレオは魂の根底が繋がっている。だからレオが傷つけば俺も、俺が傷つけばレオも傷つく。
「大丈夫! 俺の事は気にすんなレオ! そいつをぶっ殺せ!」
 叫んでから俺は駆け出す。
 レオは右手の爪で狐を切り付ける。
 狐は触手を徐々に太くしていく。
「―――ぁ!」
「―――っ!」
 俺は激痛に歯を食いしばる。
 一瞬で触手が太く出来ないのはラッキーだ。
 なんとかレオと狐が組み合っているところまでやってくると、俺は背広のポケットからナイフを取り出す。
 すぐにレオの左肩に駆け寄ると、肩を貫通して顔を見せている触手をナイフで一閃する。
「きゅらぁぅぉぉぉっ!」
 このナイフは、うちの事務所の所長がくれた特注品で、こいつに切れないモノってのは少ないらしい。
 おかげで、問題なく触手は切れた。触手もヤツの身体の一部だったようだ。そのお陰でそうとう痛がっている。
 ただ、根本的にレオの肩に刺さったままだってのはアレだけど。
「りゃぁぁぁぉぉぉぉぅ!」
 悲鳴を上げている狐を情け容赦なくレオは噛み千切る。
 だが、それと同時に中にいる女の子たちも声をあげ始めた。
 苦痛のうめきなんかじゃなく、恍惚とした明らかにそういう事をされてる声ってのが俺のやる気を削ぐ。
 彼女たちの裸体を撫でるように触手がうねうね動いてる
 少なくともそれが何を意味しているかくらいは分かる。
 ようするにコイツは彼女たちを喰って力を回復しようとしてやがるんだ。
 クッソ。
 こんな状況じゃなけりゃゆっくりと眺めてたい光景なのに。
「させっかよ!」
 レオが噛み付き、俺がナイフで切りつける。
 でも、決定打にはならねぇ。
 どうする――?
 そう、思考しようと思った矢先、
「ぐお…」
 突然生まれた触手が俺をなぎ払う。
 モロにボディを一閃されたが、吹き飛びながらも触手を掴めたのは自分で自分をほめてやりたい。ナイフは落としちまったけど。
 触手を握られるのが不快なのか、俺を取り払おうと暴れる。
 壁、天井、床。あらゆるところに叩きつけられる。
 超イテェ……けど……
「おら、コックリさんよ! テメェは今レオに喰われてるんだぜ?
 俺にばっか構っていていいのかよ!」
 まぁ、当のレオも相当痛いだろうけど、すまん、我慢しててくれ。俺も耐えるから。
「んでもって、レオ! 喰うのやめ! 先に中の二人を助けろ!」
 レオは喰うのをやめない――いや、喰いながらどう助けるかを考えている。
 そして、ピタリと喰うのをやめると、右手をズブリと狐に突き刺し、二人を拘束している触手の一本に到達し、それに爪を立てる。
「きょるぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 絶叫!
 触手を身体を痙攣させながらの絶叫!
 俺は触手から手を放して、ナイフの元まで走る。
 レオはそれからその触手の一本を捕まえるとそのまま腕を引き抜く。
「きょきょょょる、ぅるぅぅぁぁぁぁあぁっ!」
 再びレオは右手を突き刺し、もう片一方の少女を拘束している触手も同じように引き抜いた。
 ビクビクと痙攣する狐。
 俺はナイフを拾い上げると、狐に突き刺す。
 切っ先だけなんかじゃ意味がない。
 もっとだ!
 そして、根元まで突き刺さる。
 もっとだ!
 それこそ、この腕をヤツの体内に突っ込むんだ。
 ひたすら力を込めて押し込む。
 ズブリ……
 思っていたよりあっさりと、手は肘ぐらいまで突っ込めた。
 中はまるで弾力の強いゼリーだ。
 だが、突っ込めればこっちのもの。
 俺はナイフをヤツの体内で手放し、
「レオ、喰うの再開していいぞ。むしろ、そいつに触手を生む余裕を与えんな!」
 言って、俺はさらに深く腕を突っ込む。
 もう少し、もう少し、もう少し。
 届いた!
 片方の女の子の手首を掴み、一気に引き抜く!
「―――、―――、―――!!」
 狐はよほどのつらかったのか、その悲鳴は音になっていない。
 だが、知ったこっちゃない。
 同じように二人目も引っ張り出す。
 もはや、狐は動かない。
 どうやら、あの狐は彼女たちは原動力として動いていたみたいだ。詳しい事は分からないし知る気もねぇけど。
 いつの間にか、レオの左肩を貫いていた触手も消えている。
 どうやら、完全に沈黙したようだ。
「レオ、そいつはまかせた」
 ふぅ。
 ったく、やってらんねぇよ。
 こんだけ痛い目にあっても月給は変らねぇんだよなぁ……。
 グチをこぼしながら、その辺に放り投げちまった女子高生達の元へ。
「仕事とはいえ、裸の女の子に触れるってのはな、アレだな」
 なんとなく、後ろめたいものを感じながらも二人の状態を確認する。
 問題はなさそうだ。記憶がどうなるかは分からないけど、命と存在にはない。
 あとは、仕事終了の連絡を入れるだけだ。
「はぁ」
 それが一番鬱な気がするんだが。
 俺はポケットから黒い携帯を取り出……うあ……会社から支給されてる携帯壊れてるよ――しかたなく、もう一つ赤い携帯を取り出す。
 よし、こっちは無事だ。っていうか、こっちのプライベート用も壊れてたらグレてたぞ、マジで。
 それから、メモリからあまり掛けたくない番号を呼び出す。
 しばらくコールが続き、
『はい、香具師邏 (やしら)
 幼い少女のような可愛らしい声が聞こえた。あからさまに不機嫌なのを隠しもせずに。
「お疲れ様です。綾行 (りょうごう)です」
『あのね、何時だと思ってるの?』
 その言葉にこめかみをヒクつかせつつ、冷静に俺は応える。
「午前三時です――えっと……仕事、終わったんでこれから家に帰ります」
『……ん? あぁ……そういえば、頼んでたね。ご苦労さん』
 うあ、うぜぇ。
 人が死に掛かってるってのに、寝てやがったな。
 絶対寝てたよこいつ!
「後始末お願いします。それと、見つけた女の子二人はどうしますか?」
『一緒に後始末担当になんとかしてもらおう。その辺に寝かしといてあげて』
「裸ですよ」
『そうなの? なんなら、一発やっちゃってもいいよ?』
 どういう神経してやがるんだコイツは……。
「所長」
『冗談だよ。外、別に寒くはないんでしょ?』
「ええ、まぁ」
『なら、後始末する人達にまかせよう? 風邪引く程度なら安いもんでしょ?
 人間としての存在(カタチ)を失うよりずっとね』
 ま、確かにそうだな。
『それにさ、仮に二人をどこかに連れて行くとして、どうやって連れて行くつもり?』
 言われて気づく。
 確かに……
 運ぶ手段がないな――あ、いや、レオの背中って方法がなくはないけど、俺もレオも手負いだし。
「じゃあ、二人は置いていきますね?
 それと、俺は明日――じゃなくて、今日は徹夜明け休暇と明日から何日か治療休暇もらいますね」
明け休(あけきゅう)はともかくとして、治療休暇?
 そんな大きな怪我したの?』
「ええ、まぁ。肩に直径二センチくらいの穴が開いてます」
『へぇ、綾行君がそんな怪我するようなのが出てきたんだ』
 感心するような楽しむようなこの口調。マジ腹立ってくんだけど。
『なら、他の人じゃあ厳しかったかもね。了解了解。ある程度治ったらちゃんと事務所に来てよね』
「分かりました。じゃあ、失礼します」
『はい。お疲れ様』
 電話が切れる。
 俺も切れそうだ。
 割りにあわねぇってやっぱこの仕事。
「ふぅ」
 ため息をついてから、レオの方に視線をやる。
 そこには、もはや狐の姿はない。いるのはレオだけ。
「きゅ〜ん…」
 レオは俺に大丈夫かと、情けない声で聞いてくる。
「大丈夫だよ。ホレ、満腹なら戻って来い」
 うなずいて、レオは再び黒い霧となった。俺の身体はその霧を吸い込むように受け入れる。
「ふぅ」
 安堵の息。
 マジ、疲れた。
 穴の開いた天井からは星が見える。
 ………あ、この事報告し忘れた。
 まぁいいか。どうせ、所長から怒られるだけだ。
 とりあえずは病院。それから、ゆっくりと休もう。

 こうして、綾行 流緒 (りょうごう るお)の普段よりハードな仕事が終わったんだけど……。
「あークソ、やっぱどう考えてもわりにあわねぇ」

 
                                       1 / OverTimeWork-FogFox 〜 End



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