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その4へ



僕と彼女とあと何か。5


―――――――執筆条件―――――――

制限時間(No Mission)
『――』

お題(No Mission)
『――』

――――――――――――――――――


僕と彼女と薄日の放課後



 ――――白昼夢かと思った。

 目の前から数人の女子と談笑しながら歩いてくる彼女は、紛れもなくあの夜に――二年前に深夜の音楽室で出合った女の子。
 もう二度と、出会うことなどないであろうと思っていた……そんな彼女と再会した。


       ♪


「ユタ。そりゃあ、お前――幽霊か何かだったんじゃねーのか? 心霊体験とは貴重な夜を過ごしたなーお前は」
 この悪友は僕こと草井豊の話を聞き終えるなりそう笑った。
 まぁ、それは当然の反応だとは思う。
 昨日、学校に忘れ物をした僕は、忘れ物を回収するために夜中に学校へ忍び込んだ。その時、ふいに音楽室から聴こえたピアノの演奏が気になり覗きに行くと、そこには一人の女の子がこっそりとピアノの練習をしていたのだ。
 演奏をしていた彼女の名前は手串加奈と言うらしい。音楽部に所属しているという彼女は、何でも楽譜を学校に忘れていってしまったらしい。それで僕と同様に学校へと忍び込んで、楽譜の回収。そのついでにちょっとだけ練習をしてたのだそうだ。
 で、それから二言三言言葉を交わして別れたんだけど、手串さんは楽譜を一枚そこに忘れていった。
 そんなワケで、僕はさっき音楽部にその楽譜を届けに行ったんだけれど、『手串加奈』なんて部員は存在せず、ましてや誰もこの楽譜を知らないという。
 それにはさすがに、幽霊やらオカルトやらなんて微塵も信じていない現実主義者(リアリスト)の僕でさえ驚いた。狐につままれた気分とやらはきっとこんな気分のコトを言うんだろう、なんてことを思ったぐらいだ。
 一応、夢じゃなかったのか――などと自分を疑って見たものの、手元にあるこの楽譜が出来事に現実味を持たせているから始末に悪い。
「……ナナ……君さ、僕が現実主義者だって知ってて言ってるだろ?」
「とーぜん!」
 無意味に胸を張って答える奈々人に僕は嘆息する。
 そこそこの進学校だというのに、僕の横を歩いているこの羽山奈々人(はやまななと)は、髪をうなじの辺りまで伸ばし、ピアスなんかをしているちょっと不良気味の少年だったりする。奈々人は言葉遣いこそ悪いけど、根と気はいい。こいつとはもうずいぶんの腐れ縁ってやつだ。
「ま、確かにお前のコトをからかってるぜ。でもよ、その話は信じる。本気でリアリストなお前は、作り話にさえ非現実なコトを混ぜないからな。そんなお前がこんな話をするんだ。確かに現実味はねぇけど、マジな話なんだろ?」
 そんな事を真顔で言ってくる奈々人に、視線を向ける。
「………ナナ………」
「ん?」
「そんな事言ったって宿題は写させないよ?」
「え、うそ、ダメ? ちょっと落ち込んでるみてーだったから、元気付けるかなんかして恩を着せて見せてもらおうって考えてたのに」
 ちょっと落ち込んでるって……まぁ、その通りだけどさ。
「まぁ、冗談はさておきだ」
「本気だったくせに」
「まぜっかえすなよ……人がせっかく格好良く話をシメてやろうと思ったのに」
「はいはい」
 シメるって、こいつは会話を殴る気なのかな。
「オレを信用してねーだろお前?」
「よく分かってるじゃないか」
 僕がうなずくと、一瞬だけ心底嫌そうな顔をしてから、肩を竦めた。
「ま、とにかくだ。その女の子――加奈ちゃんだっけ?――とお前を繋いでいるキーアイテムはその楽譜だ。そいつを持っていれば、加奈ちゃんとやらが本当に幽霊じゃない限り、どっかで会えるんでないかい?」
 それは確かにそうかもしれない。
 この楽譜を持っていればまた彼女に会える……奇跡とか運命とはまったく信じていないけど――それでも、僕は……。
「でもよ、お前……何でその子にこだわるんだ? 楽譜がなくて困るのはその女であって、お前じゃない。見付からないなら仕方がないでいいじゃんか。ってか、普段のお前ならそうだろ?」
「それは――」
 確かに、奈々人の言うとおりだと思う。
 ちゃらちゃらとした見た目や雰囲気とは裏腹に、何だかんだとよく僕のコトを見ているらしい。なんだかこいつに見透かされるっていうのはちょっとムカつくけど。
 まぁ、それはともかくとして、彼女に拘る理由、か。
「やっぱり僕が生粋のリアリストだから、かな。彼女が幽霊ではないコトを証明したいんだと思う」
「ふーん、なるほど。確かにお前らしい理由っちゃ理由だな」
 それが本音だっていうならな――と、奈々人は付け加えた。
 本当に――こいつは凄いヤツなのかもしれない。
 今のは本当に口から出任せだった。拘る理由が思いつかず、なんとなく、自分らしいそれっぽい事を適当にでっち上げただけだ。
 それでも自分で口にしてみると、なるほどと納得できた。だけど、結局は奈々人の付け加えた一言のお陰で納得という名の風船は僕の手を離れて飛んでいく。
 僕が『手串加奈』という女の子に拘る本当の理由――正直、自分でも分からない。
 ほんの小さな偶然が重なって出合っただけの、ただの女の子だというのに……。
 普段の僕なら、それこそ奈々人の言う通り、一通り探してみて見付からなければそれで終わりにするはずなのに――なんで、僕は明日はどこを探そうか、なんてコトを考えているんだろう?
 よく、分からない。
 ――と、いうか何で僕はこんなよく分からないコトを悩んでるんだ?
 それこそよく分からない。
 何だか段々と思考がズレはじめて、本当に自分が何を考えているか分からなくなってきた時、
「おい、ユタ」
 奈々人が僕の名前を呼んだ。
「何?」
「アボカドでバトブレWのロケテしてるみたいだぜ」
「え、ホント?」
「ほら」
 奈々人がアボカドっていうゲームセンターの方をあごで示す。それに習って僕が視線を移すと、入り口のところの情報掲示板に、確かに『バトブレWロケーションテスト実施中』の文字が躍っている。
 その段階で、頭の中はゲームのコトでいっぱいになり、何に悩んでいたかなんて忘れたしまった。
「おお」
 稼動を楽しみにしていたゲームをいち早くプレイできる機会があるなんて――ラッキー。
「どーするよー?」
「ちょっと寄っていこう」
「おし、そうこなくっちゃ!」
 そうして、僕はさっきまで悩んでいたことをすっかり忘れてゲームセンターに足を向けた。
 この話題も結局、これ以降は僕自身から話題に出すことはなく、ただ漠然と、僕の中になんとなく存在し続け、月日と共に徐々に記憶から薄れていった。


 そうして、一年半ともうちょっと。
 僕はもう彼女の顔ははっきりとは思い出せないし、何より楽譜だってクリアファイルに挟んだままほとんど忘れかけていた。
 外では桜の花びらが風に舞い、新一年生達にとって入学して一番最初の授業があった日のお昼休み。
 食堂へ行く途中で僕は――『手串加奈』を見つけた。

 ――――白昼夢かと思った。

 目の前から数人の女子と談笑しながら歩いてくる彼女は、紛れもなくあの夜に――深夜の音楽室で出合った女の子。
 おぼろげになっていた記憶の中の彼女の輪郭がはっきりと形を持ち始めていく。
 そして、目が会った。
 思わず、僕は足を止めた。
 彼女は驚いた顔をして足を止めた。
 それから僕達は、
「えーっと……また会ったね……で、いいのかな?」
「うーんっと……それで会ってると思う」
 なんだかそんなマヌケな挨拶を交わす。
「手串さん、この先輩と知り合い?」
「一応……そうなるのかな」
「一応……そうなるんだと思う」
 二人して、どうにも曖昧な答えしか浮かんでこない。
 よく見ると、彼女のしているリボンの色は一年生の学年色。
 ………あれ?
 一年生……?
「えーっと、とりあえず――先輩? 放課後にこの間、出くわした所で」
「え、あぁ、うん」
 僕は彼女の突然の提案にうなずく――と、いうよりも、考え事していたせいで咄嗟にそれしか反応が出来なかっただけなんだけれど。
「それじゃあ、私たちは屋上にお弁当を食べにいくので」
「あ、うん」
「それじゃあね」
 彼女は僕に手を振って、他の女の子達は軽く会釈をして去っていく。
「出くわす、ね」
 確かにあれは出会いと言うよりは出くわすと言った方があうかもしれない。
 まぁ、とにかく放課後だ。その時、種明かしをしてもらえばいいや。
 そして僕は栄養を催促をしてくるお腹に、
「わかったわかった」
 と、返事をしながら食堂に向かった。


 放課後。
 窓から差し込む春の夕日は薄い黄色。真夏のような朱い夕日より、こういう薄日の方が僕は好きだ。
 そんな薄日を壁や床がやんわりと反射して辺りにさらに薄い光を撒き散らしている。そのせいで、周囲はまるで光の中。眩しげな薄日の世界に目をすこし細め、光を掻き分けるように歩いていく。
 第二音楽室に近づくにつれ、だんだんとピアノの演奏が聞こえてくる。
 まだ生徒達の熱気が残っている学校にはあまり似合わない、静かで優しい曲。
 あの時のような――誰もいない静かな夜あるいは、この柔らかな光に満ちた中で、辺りの喧騒がないのであればそれはそれで似合うと思う。
 ようやく、これを返せる――そう思い、僕は左手に持った一枚の楽譜を見た。
 それから、あの時と同じように、僕は音楽が終わるまで外で待つ。
 ……よし。終わった。
 僕は彼女をビックリさせないように、ゆっくりとドアを開いて声を掛ける。
「こんにちわ」
「え? わ、きゃあっ!」
 声を掛けられたことに驚いたのか、彼女は慌てて振り向くとバランスを崩して椅子ごと倒れた。ついでに、ピアノに一回頭をぶつけて、ゴチといういい音を出してから、床に倒れた。
 なんというか、凄い格好で倒れてる。
 妙に懐かしい光景な気がしてしょうがない。既知感ってやつだと思う。
「えーっと……大丈夫?」
「う〜ん……なんとかー……頭痛いけど」
「うん。それはよかった」
 僕は彼女か目を逸らしながら安堵する。
 というか、彼女を正視しちゃだめだ。前もそうだった気がするけど。
「だったら……あの……すぐに起き上がった方がいいかも」
「なんでー……?」
「それは……そのぅ……なんていうか……パンツ」
「え?」
「………見えてる」
「うわっ! うわっ! うわっ!」
 彼女は慌てて起き上がるとスカートで隠す。それから顔を真っ赤にして訊いてきた。
「見た?」
「えっと……そのー……今回も不可抗力です」
「うー……また、見られたぁ……」
 初めて出合った――もとい出くわした時と同じように、赤い顔をしてうつむいた。
「えーっと……何ていうか……久しぶり」
 会話――というか何と言うか――が止まってしまったので、とりあえず改めて挨拶をする。
「あ〜……うん。久しぶり」
 それから僕は彼女に手を差し伸べて立ち上がらせてあげる。
「ありがと」
「どういたしまして」
 えーっと、何を話していいのやら……。
 何だか頭の中が真っ白になってる……。
 あー、そだ。お昼に気になったコトを聞かないと。
「えーっと……なんで一年生なの?」
 そう。それはかなりの疑問。
 にもかかわらず、
「はぁ?」
 彼女は首を傾げる。
「質問の意味がわからないんだけど」
「いや、だって、あの時、ここに忘れモノをしたって……」
 それでようやく彼女は合点がいったらしく、大きくうなずいた。
「ああ。アレ? アレはねぇ――ウソ、だったんだ」
 …………はい?
「うそ?」
「うん。うそ」
「じゃ、じゃあ、何であの夜に――」
「夜、急にピアノが弾きたくなって、でも家で弾くと近所迷惑じゃない? だから近所の学校であるココにこっそりと忍び込んで、ね」
 締めくくりにウィンクを一つしてから彼女は微笑む。
 ちょっと可愛いかもしれない――って、そうじゃなくて、
「そのワリにはウチの校舎を歩くのに慣れてるみたいだったけど……」
「それは、ちょくちょく忍び込んで遊んでたから」
 えーっと……
「もしかしてさ、あの夜に出合った時はうちの生徒じゃなかったの?」
 こくん、と彼女はうなずく。
「っていうか、あの時は高校生ですらなかったりするのよ。これが」
 あはは、と彼女は楽しそうに笑った。
 ぽかーん。
 そうだったのか。でもそれならまぁ、一連の不思議な体験も納得できなくはないけど。
 そもそも、ウチの学校に『手串加奈』なんて女の子がいなかったワケだ。当時いくら探しても彼女が見付からなかったのは、そもそもウチの生徒ではなかったんだから。
 まぁ、とにかく、これで彼女が幽霊じゃないってコトが証明された。うん。ちょっと満足。
 ――あ、そーだ。楽譜楽譜。
「はいこれ」
「なにこれ?」
 彼女は僕の渡した楽譜を一瞥してから、首を傾げた。
「何って、あの夜に君が音楽室に置いていった楽譜なんだけど……」
「……あれ? 私、あの日は何にも忘れ物なんてしてないんだけどなぁ」
 え?
「あ、もしかしてコレ、本物の音楽部の人のじゃない?」
「いや、君を探した時に音楽部の人たちにもみせたんだけど、全員違うって――」
 だから、僕は彼女のものなんだと思っていたんだけれど……。
「じゃあ、別の誰かのかもね。音楽の先生とか」
 がっくし。
 元々、奇跡とか運命とかって信じていなかったとはいえ、この真相はダメージが大きいぞ。
 じゃあ、何だ? この楽譜って、キーアイテムでもなんでもなく、ただ僕が勘違いして持っていただけの無用の長物? いや、長物ってよりも短物?
「もしかして、それを持っていればいつかまた私に会えると、思ってたりした?」
 無言でうなずく。
「く……くく……」
 すると、彼女は、
「あはははははははははは」
 大笑いを始めた。
「笑わないでよ。なんていうか凄い恥ずかしい」
 自分が情けなくて、妙に恥ずかしいんだけど、それ以上に何だか彼女の笑った顔を見て喜んでる自分がいる。なんでだろう?
 それから彼女はひとしきり笑い終えると、楽譜をピアノの譜面台に置く。
「これで元通りっと」
 あんまり元に戻す意味はない気がするけど、もう僕の手元に楽譜を残しておく意味がない。だから、これでいいのかもしれないな。うん。
「――それじゃあ、草井先輩。私、帰りますね」
 僕の名前を覚えておいてくれたらしい。そう言って軽く手を振ると、入り口のドアノブに彼女は手をかける。
「あー……えっと、手串さん」
「はい?」
 思わず僕は彼女を呼び止める。ただ、僕も君の名前を覚えているんだって意味で名前を呼んだだけ。止める理由は特になかったりするけど。
「あ、私の名前、覚えてたんだ」
 何だか嬉しそうに言う手串さんに僕も笑い返す。
「そう言う君だって、僕の名前を覚えててくてじゃないか」
 何だか不思議な気分だった。
 でも、何となく分かった気がする。
 僕が彼女に拘った理由――それは、もう一度、手串さんに会いたかったからだ。
 じゃあ、何で会いたかったんだろう?
 それは、わからない。でも、とりあえずは、もう少し彼女の顔を見ていたい気分だった。
「こんな時間だと、友達も待ってないでしょ? なら、一緒に帰らない?」
 そうして気が付くと、僕はそんな事を口にしていた。
 手串さんは少し考えてから、
「確かに、誰にも待ってて何て約束してないから……いないだろうし、一人で帰るのつまらないしね。そうししよっかな」
 そう答えてくれた。
 それが嬉しかった。
 それと同時に、一つ思い浮かんだ。
 ようするに、僕は彼女に一目惚れしてたんだ。あの夜に。
 何だ、分かってみると結構簡単じゃないか。
 でも、一目ぼれを信じたらリアリストって失格かもしれない。別に、まぁ、そんなコトはどうでもいいんだ。
「あ、でも、『さん』づけは止めてね。なんかこそばゆくて。一応、そっちの方が上なわけだし」
「じゃあ、えっと、手串」
 うー……何か嫌だ。言いづらい。
「何だったら名前でもおーけー。ってか、『さん』付け以外で好きに呼んでくれていいよ」
 どうやら顔に出ていたらしく、そんな事を言ってくれる。
「かな……加奈……うん。じゃあ、加奈で」
 うん。こっちの方がなぜかしっくりくる。
「それじゃあ、僕のコトも好きに呼んでいいよ」
「うーん……まぁ、とりあえずは草井先輩で」
 そうして僕らは音楽室を後にする。
「ふふ……一緒に帰ろうって言ってもらえて実はちょっと嬉しかったり」
「え?」
「ん、なんでもない」
 窓から差し込む夕日が僕らを朱に染める。
 どこか遠巻きに聴こえる部活動真っ最中の生徒達の喧騒を聴きながら、僕と彼女は一緒に学校から出た。
 加奈がさっき言っていた通り、彼女の家は結構近い場所にあって十五分くらいの時間だったけれど、今の僕には充分の時間だった。
 それから、また明日も帰れたら一緒に帰ろうなんて約束を交わして別れる。
 帰り道、僕が口ずさむメロディーは、加奈が弾いてたピアノの曲。

 
 今考えてみると……
 まぁ、ようするにこの再開が―――僕と彼女の関係の前奏曲だったり、するわけだ。


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