―――――――執筆条件―――――――
制限時間(No Mission)
『――』
お題(successful?)
『あんバーガー』
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僕と彼女とあんバーガー
「ハンバーガーセットですね」
「あー……いえ、あんバーガーです」
彼女とのデートの途中、お昼ご飯にと入ったファーストフード店での一幕。
まぁ、あんバーガーとハンバーガーは言葉が似ているので聞き違えるのも無理はない。
僕こと草井豊は、店員さんが復唱したメニューを申し訳程度に訂正した。
ちなみに、僕が頼んだあんバーガーというのは今年の冬の間の期間限定メニュー。
【お肉の変わりに餡子をつめてホッカホカ。チーズ入り】という謳い文句の商品だ。
企画を立案した人も、企画を通した人も、どちらも正気を疑うようなこのメニューを僕は彼女にせがまれたこともあり、面白半分で頼んでみたわけだ。
「失礼しました」
店員さんはぺこりとを頭を下げて訂正する。
「ハンバーガーですね」
……って、訂正されてないし。
「いや……ですから、あんバーガー。これです」
口で言っても時間が掛かりそうなので、僕はメニューに別記してあるあんバーガーセットを示した。
「このセットで」
その指先を見て、店員さんは一瞬だけ息を呑んだかのように見えた。
「あ……あんバーガーのセットです……ね?」
「はい」
ところで、何でそんな恐れ慄くような口調?
喉元まででかかったそんな言葉を飲み込む。
「あんバーガーセットなんですよね?」
「だからそうですって――なんで念押しするんですか」
「あー……いえ、深い意味はありません」
「ならいいですけど」
明らかにすごい動揺してるんだけど……どんなメニューが?
何だか怖くなってきた……。
「少々お待ちください」
ま、それはそれとして、ようやく普通の営業スマイルでそう言うと彼女はドリンクを用意した後、裏へと回る。
直後、
「店長っ! 店長ぉぉぉっ! 店長ぉぉぉぉぉぉぉぅっ! あんバーガーのオーダー入りました! 入っちゃいましたぁぁぁぁ!」
店員さんの悲鳴のような声と、
「な、ナンダとォォォッ!」
店長さんだと思われる男の人の絶叫が裏から聞こえてくる。
「待てお前らぁぁぁ!」
流石にここまでくると不安が爆発。
気が付くと僕は思わずそう叫んでいた。
……で。
出てきた商品は見た目ごく普通のものでした。
何だっていうんだ、まったく。
「先輩おそーい」
「仕方ないだろ……っていうか、ここから店員とのやりとり見えてたでしょ?」
「うん。店員さんの悲鳴も聞こえた。だめだよ、女の子泣かしたら」
「あのね……」
ぐったりとうめきながら僕は彼女の――加奈の正面の席に着く。
「君が頼んで欲しいっていったんだろう」
「うん。まぁ」
「それなのに、自分が商品を頼み終わるなりとっとと居なくなっちゃうし」
「ほら、お昼時の席取りは戦争でしょ?」
「いや便利な言葉だなぁ……お昼時」
遠い目をしてしみじみと僕がつぶやくと、加奈は慌てたように手をパタパタと振って弁解する。
「い、いやだなぁ……悪かったって。変な目をしないでよー……。
ただ単に私は、あんな珍メニューを頼む人の横に居たくなかっただけの話で……」
「鬼か君は」
頼めといったのは加奈だっていうのに。
「だから……って、ワケじゃないけど、ほら先輩の分のハンバーガーも買っといたんだよ。
ダブルチーズバーガーにトッピングでお肉を一枚追加したトリプルバーガー。お肉300gですよ? お腹も満足ですよー?」
加奈が包装紙を外して見せてくる、四角いミートパティが三枚挟まったボリューム満点のハンバーガーを僕はまるでハンバーガーが冷めるんじゃないかってくらい冷めた目で見つめた。
「……………」
「な、なに? もしかしてチーズを三倍増量の方がよかった?」
「いや。いいけどさ」
何かもう突っ込む気力もないや。
「とりあえず、まぁ、あけるよ」
「うん」
コーラを一口を啜って気分を落ち着けてから、僕は件のあんバーガーの包みを開いた。
「見た目普通だね」
「見た目が異常だったらそれはそれでいやだよ」
「ごもっとも」
そう、パッと見は普通のチーズバーガー。はみ出している餡子も遠目に見ればミートパティに見える。しかし、パンズをズラして見てみると、チーズの下にあるのは間違えなく餡子で、しかも粒餡だ。
「んー……ちぎり辛いな……」
強く握ると餡子とバターがはみ出してくる。それに四苦八苦しながら、ようやく半分に分けると、片方を彼女に手渡した。
「はい」
「ありがとー」
そう言いながら加奈が手にしたのは、僕が手渡した方じゃなくて包装紙の上に残っていた方。それを包装紙ごと自分の方へと持っていった。
「えーっと……」
所在がなくなった僕はあんバーガーを差し出したポーズのまましばらく硬直する。
「なんで?」
「ほら、手……汚れるの嫌だし」
「つくづく今日の君は鬼だね鬼尽くしだね何か萃める気なの?」
このすでにベトベトになってる僕の手をどうしろというんだまったく……
とりあえず手元に残った半分をナプキンの上に降ろして――
「あ」
降ろしたら手を拭くナプキンがなくなってしまった。
「あははは――はい、コレ」
「さんきゅ」
僕が困った顔をした理由をすぐにわかったのか、加奈は笑いながら自分のトレーに乗っていた奴を渡してくれる。
うん。こういう以心伝心みたいのって、いいよね。
「――で、コレなんだけどね」
「うん」
手に持ったあんバーガーを示す加奈。僕はそれに目を向けながら手を拭く。
「色々と味の感想を考えたんだけど」
「食べる前から?」
「うん。むしろこれを食べる為にはチーズあんシメサババーガーを食すぐらいの覚悟を決めないと」
「幽体離脱するほどの味だったら商品化してないだろう普通」
僕は呆れながらあんバーガーに視線を向ける。正直、チーズが一番の曲者だと思う。チーズがなければきっとただの餡マーガリンなサンドイッチのはずだ。
あ、そういう風に考えると別にコレが珍妙なメニューに思えないね。まぁ、どっちにしろこのチーズのせいで珍妙化しちゃってるんだけど。
「それはそうと――どんな感想を考えてたの?」
「うーん……とね」
加奈はピっと人差し指を立てて自信たっぷりに告げた。
「名状し難き味」
「もはや感想放棄としか思えないね」
むしろ敗北宣言な気がしないでもない。
「原材料・這い拠る者・以上。」
「明らかに豆と牛乳のパンだよね」
しかも、やっぱり味が分からない感想だし。
「ゲイズの目玉焼きとどっちが上か!」
「ゲイズって触手焼きそばじゃなかった?」
「あれ? そうだっけ?」
どっちにしろ、上よりも下の決定戦な気がするけど。
「っていうか君さ」
「何?」
「どれも不味いコト前提の感想だね」
「言ったでしょ? 覚悟が必要なの」
「そこまでの覚悟が必要な食べ物ってイヤだなぁ……」
本音をポロりと漏らしつつ、僕は軽く嘆息する。
「バカやってないでそろそろ食べよう」
「そだね」
何よりトリプルバーガーが冷めちゃうし。
冷めてポソポソになったパティを300gを食すのはそれこそ覚悟がいりそうだ。
「いただきまーす」
そんなワケで、僕らはほとんど同じタイミングであんバーガーに食いついた。
「………………」
「………………」
「温かい餡マーガリンコッペチーズ乗せ」
「なんていうか、温かいデザート?」
「不味くないね」
「うん。普通にイケるね」
「………………」
「………………」
それっきり二人は固まってしまった。
とりあえず作業的にそれぞれの手元のあんバーガーを平らげる。
そして僕が手についたバターを拭いている時、加奈が指についたのをペロリと舐めた。
「……っ!」
不覚にも、僕はその仕草にどきりとした。
か、可愛いじゃないか。いや、加奈はいつも可愛いけど!
そ、そうじゃなくて……いや、ね……うん……えーっと……僕は何を考えてるんだ?
「どうしたの?」
「あーいや何でもない。決して何でもない」
「?」
首を傾げる加奈を横目に、赤くなっているだろう顔を悟られないようちょっと顔の角度を変えてコーラを口に含む。
逆に不自然かもしれないとか、ぶっちゃけ――思った……思ったけど手遅れな気がする。
何で僕……こんなに同様してるんだ……?
「でも――普通に食べれちゃう味だと、最初に用意した感想が使えないんだよねー」
困った困ったと、これっぽちも困った表情をせずに彼女は笑う。
うん。きっと気付かれてない。不信がられてない。
「――で、満足できた?」
「まぁ、ネタとしてはあれだけど、食べれたから普通に満足……かな?」
「それじゃあ、加奈が満足したことだから、普通の食事をしようか?」
「うん」
そういうワケで、盛り上がるだけ盛り上がって、肝心の味のせいでテンションが下がってしまったものの、僕個人としては心が満たされたのでこれでOKってカンジ。
コレはこれでよかったかもしれない。
「で、買物したいってい言ってたけど」
「あ、うん。ちょっと新しいコートが欲しいんだ」
これでまぁ、しっかりとコート選びに協力してあげれば結構問題ないんじゃないかなぁ……なんて雰囲気で、僕たちの食事は終わる――はずだったんだけど……
「て、店長っ! 店長ぉぉぉっ! 店長ぉぉぉぉぉぉぉぅっ! このカップル! あ、あんバーガーを完食しちゃいましたぁぁぁぁぁ!!」
「だからそれがどうしたぁぁぁ!」
通りかかったあの店員がまた戦慄した表情で絶叫するものだから、思わず僕は突っ込みを入れてしまった。
最後の最後ので色々台無しだよ……ほんっと……何なんだこの店の店員は……まったく。