本棚   TOP
その2へ




僕と彼女とあと何か。3


―――――――執筆条件―――――――

制限時間(successful)
『一時間』

お題(successful)
『パン ケーキ カキ(魚介、果物どちらでも可)』

――――――――――――――――――


僕と彼女と危険な状態



 ドンドンドン!
 彼女が激しくドアを叩く音が聞こえる。
「ねぇっ! ねぇったらっ!」
 僕を呼ぶ悲痛な声。
 彼女の――加奈の言いたい事は痛い程良く分かる。だけど、だからと言って僕は今ここでこの部屋から出るわけには行かなかった。
「お願いよ! 私……私、もぅ……」
 その言葉の後半で、声は擦れかけていた。
「ご、ごめん加奈。でも……僕も……」
 苦しいのはお互い様だ。
 お互いに同じ苦しみを抱いているから、お互いを強く言う事が出来ない。
「豊もツライのは分かってる! でも……でも! もとはと言えばあなたが原因でしょうっ!」
「原因って……君だって喜んで……ぐぅ…」
 いたじゃないか――そう言おうとして、僕は顔をしかめて口をつぐむ。
 まさか、こんなにもツライとは思ってもみなかった。
 出来れば彼女を助けてあげたい。でも、僕も……僕も……。
「お願い……出てきてよぅ……」
 完全に彼女は泣いている。
 ドア越しからでもそれが分かる。
 でも、それでも――
「もぅ……私達……ダメなのかな……」
 え? ちょっと待って……。
「だって、ハァ…こういう時、普通は…ぅっ…女の子を……」
 彼女は息も切れ切れ言葉を紡ぐ。
「女の子を――優先しない?」
 僕は歯を食い縛り、加奈の言葉に耳を傾ける。
 こんな時でも、彼女の苦しげに喘ぐ声に反応してしまう。
 僕は――僕は、酷い奴かもしれない。
 でも、そんな事以上に彼女の紡ぐ言葉は僕にとって残酷だった。
「なのに、私より……んっぃレ……に入ったって、ハァ…事は――豊は私の事……」
 やめてくれ。その先は言わないでくれ。僕だってツライんだ。
 君の気持ちも、君の状態だってよく分かってる。
 だから、君も僕の事をわかって欲しい。
 そこから先を言われたら、例えそれが冗談だとしても僕はここから出ないといけない。
 僕をここから追い出すための口実だって分かっていても、振り払えない。
 僕はそう言う人間だから。
 だから、だから――せめて、あと少しだけ、その次を言わないで……
 でも、加奈は無情にも、
「本当は……ハァ……大切に思ってないの?」
 その先の言葉を口にした。
「うっ……ぐ………分かった」
 ツライけど、ツライけど僕は――

 ジャァァァァァァァァッー……

 全てを終え、カギを開け、ドアを開く。
「……いいよ。加奈」
 彼女は無言で、でも凄い勢いで僕を押しのけて個室に入り、ドアを閉める。
「ド、ドアの前にいないでね」
 ドアの向こうからカギの掛る音とともに彼女はそう言った。
「う、うん」
 僕は眉をひそめたままうなずいて、居間へと向かう。
 居間の真ん中のテーブルには『ハッピ−バースディ・カナ』とチョコレートで書かれたケーキが一つ。
 パンケーキを重ねて、生クリームを塗っただけの僕が作った簡単なケーキ。
 他にも、お寿司やジュースなども乗っている。そう、少し前までは何事もなく二人だけでささやかなパーティをしていたはずなんだ。
 だが、ケーキの横にあるこの忌まわしい存在が全てを台無しにした。
 それは加奈の好物だからと言う事で、近所のデパ地下で買って来たものだった。
 まさか、それがこんな形で僕たちに牙を向くなんて思ってもみなかった。
 ましてや、僕と加奈の仲を裂きかねない邪悪な存在にまで進化しているなんて……。
 いや、ある程度の覚悟はしておくべきだったかもしれない。これを買った時から。
 僕は、激しく不調を訴えているお腹をさすりながら嘆息する。
「……っく…ぅ……ふぅ」
 加奈に追い出されたとはいえ、入る前と後では格段に状態がよくなっているのは確かだ。
 よく考えてみれば、ドアの前にいた加奈はもっとつらかったはずだ。
 だとしたら、彼女の訴えどおり、もう少し早く出てもよかったかもしれない。
 でも過ぎた事だ。今は彼女があそこにいる。
 僕と彼女の仲が壊れる事もないだろう。
 だから、彼女が出てくるまでに僕は――

 僕は残っているソレを皿ごと手に取るとキッチンへと持って行く。
 そしてソレを――忌まわしき邪悪なカキフライを全てゴミ箱へと捨て去った。


ボクカノその4






本棚   TOP