―――――――執筆条件―――――――
制限時間(successful)
『一時間』
お題(successful)
『チキン 雪 地中海』
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僕と彼女と小さなメダル
ほう――と、息を吐く。
窓から見える外の世界は白かった。
雪。雪が街を白くしている。
正直、この雪は勘弁して欲しかった。作戦に大きな支障が出る。
どうにか、事態を打開しなければならないが、自分はこのファミレスから離れられない。
とはいえ、流石にドリンクバーだけで三時間も座っているのはどうだろうか。いい加減怪しまれても文句は言えない。
ここは、カモフラージュとして何かを注文した方がいいかもしれない。
それに、そろそろ夕食時だ。むしろ何か頼まないと余計不自然に見られることだろう。
メニューを手に取って、男はざっと眺め、は備え付けの呼び鈴をならす。間もなくウェイトレスがやって来た。
「何かご注文でしょうか?」
「ええ。地中海風シーフードパスタのディナーセットを。デザートはこのカスピ海の恵みシャーベットを」
「かしこまりました。セットの方のスープは何にいたしましょうか?」
訊かれ、男は聞き返す。
「えーっと、スープって?」
「はい。こちらの――」
彼女はメニューの下のほうに書いてある欄を示しなが答える。
「チキンコンソメスープ、コーンポタージュ、ブロッコリーのポタージュ、オニオングラタンスープからお選び頂けます」
男はオニオングラタンスープを頼み、ウェイトレスが厨房の方へと姿を消すの確認してから嘆息した。
これで、たぶん、後戻りは出来ない。ここにいる時間を延長することになる。
メニューがくるまではしばらく時間がある。今のうちに、何とかなりそうな人間に連絡を取っておいた方がいいだろう。
男はそう判断すると、携帯電話を取り出して、操作し始める。
「さて――誰にするか」
とりあえず、一番連絡をしやすい相手に電話をかける。
プップップップ………
長いビップ音の後に、
「おかけになった電話番号は電波が届かない―――」
「くそ。どうでもいいときは向こうからよくかけてくるのに……僕の時は出てくれないのかよ」
彼はメッセージが聞こえてくるなり即座に電話を切り毒づいてから、続いて次の相手に電話をかけた。
プップップップップップ……
「木村です」
「あ、木村。僕、草井だけど――」
相手に挨拶をしようとして、
「悪いんだけど、今、電話に出れないんだ」
そんなメッセージに遮られた。
「用があるなら、合図の後に底冷えするような詰まらないダジャレを言ってからメッセージを入れといてくれ。ちなみに、女性だったらギャグの変わりにスリーサイズでもOKだ。それじゃ、よろしく〜………ピー……」
とりあえず、留守録のメッセージを最後まで聞いてから電話を切る。
「何考えて留守録メッセージ作ってるんだよ」
他に現状を相談できるような相手は思いつかない。
彼はヤケクソ気味に携帯を操作し、誰かいないかと自分のメモリを漁る。
十数分後――
「くぅ……汚ない……なんでCPUはこんなに連鎖をしてこれるんだ……」
そう携帯電話の液晶画面に毒づいた時、
「お待たせしました〜」
メニューがやってきて、正気に戻る。
「だぁぁぁぁっ! 僕はこんな時に何でぷよぷよをやってるんだ!?」
ちょびっとウェイトレスが引いたのに気がつき、とりあえず謝ってから頭を抱えた。
携帯を操作していたら誤ってゲームフォルダを開いてしまい、何となく起動させたらそのままハマってしまったらしい。
彼はパスタを口に運びながら、再び窓の外に視線をやる。
雪は――やむ気配がない。
少なくとも、路面は凍結している。もし、逃げる事になった時はかなり厳しいかもしれない。
追う側も条件は同じかもしれないが、運が悪いと追ってはかなり増えることが予想される。
「どうしようかなー……」
アテに出来そうな仲間は思いつかない。
いや、正確にはアテはあるが、手を貸してくれるかどうかは別問題――と、いったところか。
色々と、思考していると携帯電話が振動を始めた。
【手串 加奈】
画面を見て、彼は嬉しいような嫌そうな、何とも複雑な表情をする。
この人物ならたぶん、いや、確実助けてくれる――反面、見返りを確実に要求してくるだろう。
その見返りが何なのか……それを予想できないのが恐いが、
「でも、背は腹に変えられないしなぁ……」
何より、女の子――しかも、年下にお願いするのは気が引けるがしょうがない。
かなりしょっぱい気分で、彼は電話に出た。
「はい?」
「やっほー……今日のバイト出なくていいみたい。今から会いに行っていい?」
それはありがたい申し出だった。そのお陰で、自分が先ほどまで考えていた無謀な作戦を実行に移さずにすむ。
「うん。いいよ。今さ、緑川駅東口を出てすぐ右ののファミレスにいるんだけど」
「あ、じゃあすぐ近くだ。今、西口にいるんだ」
彼女の声が弾む。
「じゃあ、すぐ行くね」
「あ、ちょっと待って」
「ん〜?」
「あのさ」
かなり言いづらい事ではあるが、言わなければどうしようもない。
「あ、いや。いいや。来てからで」
「そう? じゃあ、すぐ行くね」
そうして電話が切れる。
まさに彼女は救世主だ! 女神だ! ようやくこの事態を打破できる!
浮かれながら男が女を待つこと十分程。
彼女が彼の元へとやってきた。
「や」
手を上げながら挨拶してきた彼女に同じように挨拶を返すと、
「よかった。かなり困ってたからさ。加奈が来てくれて助かったよ」
「どうしたのよ? さっき言いかけてたのと関係ある?」
「うん。あるある。実はさ、ドリンクバー頼んでダラダラと読書をしてたんだけど……」
「うんうん」
加奈はうなずきながら、対面に腰掛けてメニューを開く。
「帰ろうと思ったときさ、ピンチに直面したんだ」
「どんな」
「財布に銅のメダルが5枚。アルミのメダルが4枚しか入ってなかったんだよ」
彼女は一瞬固まってから、
「あははははははは」
大笑いを始める。
「54円しか持ってないのによくファミレスに入ったわねー」
「いや、ホント、焦ったんだよ」
「普通、お店ってお財布の中身を確認してから入らない?」
「いや、まぁ……でも本気でどうやってこのファミレスから逃げ出そうかと作戦を立ててたトコだったんだ。加奈が来てくれて助かった」
「食い逃げする気だったの? で? このお皿は? ドリンクバーだけじゃなかったの?」
彼女が指差したのはパスタの盛ってあったお皿。お金が無いのに頼んだのだから疑問に思うのも無理は無いかも知れない。
「これは……そのぅ……ほら、いつまでもドリンクバーだけで居座ってるのって居心地悪くて……それで、まぁ、カモフラージュというか、なんと言うか……」
しどろもどろの男に加奈は再び大笑いをする。
「それで、この加奈様にお金を出して欲しいと?」
「うん、まぁ」
「男の子が。女の子――それも年下の女の子に?」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる彼女に、男はかなり小さくなりながらうなずく。
「ま、いいけどねぇ〜」
「ありがと」
ヒモだと笑いたければ笑ってくれ……そんな気分半分、ありがたさ半分で彼はお礼を告げる。
そんな彼に、女は問う。
「クリスマス、期待してもいい?」
さすがに首を横に振るわけにもいかず、縦に振った。
「やった。じゃあ、今日は私がだしたげるね」
そう言って彼女はカバンから財布を取り出す。
「一応、確認しとかないとね」
そうして、彼女が自分の財布を確認すると……
「あれ?」
小さなアルミのメダルが13枚だけしか入っていなかった。
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