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僕と彼女とあと何か。1


―――――――執筆条件―――――――

制限時間(Failuer)
『一時間』

お題(successful)
『夜 音楽 赤』

――――――――――――――――――


僕と彼女と夜の学校



 ピアノが聞こえてくる。
 聞き覚えのない……でも、夜にぴったりな静かで優しい曲。
 音の出所は――この階の一番奥。第二音楽室からだと思う。
 ちなみに現在の時刻は、午後九時過ぎ。
 音楽室から音楽が流れてくるなんてちょっとおかしい時間だ。
 僕みたいに宿題を忘れたりして、学校に来ているのならともかく、まさかこんな時間にわざわざ学校に来てまで練習するような人はいないだろう。
 まぁ、人によっては幽霊だなんだっていうかもしれないけど、そもそも僕はオカルトなんて微塵も信じてない。心霊写真とかミステリーサークルってのは誰かの手製。どうせでっちあげられたものだって信じて疑ってない。
 だからというわけじゃないけど、特に恐いとかは感じずに僕は第二音楽室に向かっていた。
 だって気になると思わない? こんな時間に誰が演奏してるんだろう……ってさ。
 誰かが奏でてるメロディは音楽室に近づくにつれて大きくなっていく。
 僕がちょうど入り口のドアの前に来たときにちょうど音がズレて演奏が止まった。音を試すように、何度か複数の音がする。そして、試し終わったのか、止まった場所の少し前から再開される。
 やっぱり、部屋に誰か居る。
 僕はゆっくりとドアを開いて中を覗いた。
 確かに人が居る。あれはたぶん――女の子。
 断定できないのは、部屋に明かりがついていなかったから。
 入っていって声を掛けるべきかどうかで迷っていると、音が再び外れた。
「んー……ちょっとズレちゃってたなぁ。ここはソかな?」
 その声は間違えなく女の子。
 何度か試すように音を鳴らし、また再開される。
 理由は特にないけど、声を掛けるのはとりあえず今の演奏が終わるまで待つことにした。
 それから数分――さっきと同じように途中音がズレ、音を試すような箇所が何度かあったものの無事に演奏が終わった。
 よし。じゃあ、入ろうかな。
 驚かさない程度に声をかけながら入ったほうがいいかも。
「こんな時間に練習?」
「え? わ、きゃあっ!」
 ガタガタ、ゴチン――と、なにやら凄い音がした。
 彼女が椅子から落ちたのかもしれない――っていうか落ちて、どこかに頭をぶつけたのかもしれない。
 とりあえず、僕は入り口のすぐのところにある電気のスイッチを入れた。
 蛍光灯の白い光に照らされて表れたのはやっぱり女の子。
 女の子が……すごい格好で倒れてる。
「えーっと……大丈夫?」
「う〜ん……なんとかー……頭痛いけど」
「うん。それはよかった」
 僕は彼女か目を逸らしながら安堵する。
 というか、今の彼女を正視しちゃだめだ。
「だったら……あの……すぐに起き上がった方がいいかも」
「なんでー……?」
「それは……そのぅ……なんていうか……パンツ」
「え?」
「………見えてる」
「うわっ! うわっ! うわっ!」
 彼女は慌てて起き上がるとスカートで隠す。それから顔を真っ赤にして訊いてきた。
「見た?」
「えっと……うん。不可抗力ですが」
「うー……」
 真っ赤な顔でうつむいてうなる彼女。
 どうやら、グーやパーが飛んでくる心配はなさそうだ。よかったよかった。
 それからしばらくして、彼女は冷静になったのか不思議そうな顔をして僕に尋ねてきた。
「ところで……誰?」
「それは僕も聞きたい」
 って、何か今更な気もするけど、まぁ、とりあえず――
「一応、訊かれたの僕だから、僕から答えようかな。僕は2−Bの草井豊。忘れ物を取りに学校に来たんだ」
「あ、じゃあ私と同じだね」
「何が?」
「私もここに楽譜忘れちゃって、取りに来たの」
「なるほど。それで、ついでにピアノ弾きたくなった、と」
「うん、まぁ――そんな。えっと……私も一応名乗っておくと……手串。手串加奈。音楽部」
 彼女は名乗った後、ピアノに置いてあった楽譜をまとめると、近くの机の上においてあったファイルに入れる。
 それから、僕の方に向き直った。
「で、忘れ物も回収したし満足したのでこれにて帰ります」
 そう言って彼女は入り口まで歩いて、
「あ、そうだ」
 ドアに手を掛けながら首だけで僕を見る。
「後片付けよろしく」
 そう言うなりもう、びゅーんって感じ。
 ようするに僕が聞き返すまもなく彼女は速攻で廊下の闇に消えていったわけだけど。
「ハメられた? もしかして?」
 まぁ、ズレた机や椅子を直して、ピアノにカバーを掛けるだけだからいいけどさ。
 なんとなく釈然としないものを感じながら、僕は片づけをしようとピアノに近づくと、
「あれ?」
 楽譜が一枚残っていた。
「音楽部って言ってたっけ?」
 とりあえず、明日にでも届けてあげようか。
 片付けを終わらせ、電気を消すと僕も音楽室を後にした。


「え? 手串加奈なんて子いない?」
 翌日の放課後、僕が昨日の忘れ物を届けに来ると、これだった。
「今、部員全員揃ってますけど、その昨日の夜に会った子っています?」
 そう言われて室内を見回してみたけど、
「いない……なぁ」
 結局彼女はいない。
 僕は対応をしてくれた部員の子にお礼を言って音楽室を出た。
 手元には確かに彼女が忘れていったであろう譜面が一枚。
「は、ははは………まさか、ね?」
 頭では必死に否定しながらも、僕は幽霊を信じざるえない気分になっていた。


      ♪


 ――で、現在。
「はははははははは」
 高校の時の出来事を話し終えたところで、加奈は横で大笑いしている。
「笑い事じゃないって。本当に驚いたんだぞ僕は」
「まぁまぁ、それがあったんだから、こうして私たち付き合ってるわけだし」
「いや、まぁ、そうだけどね」
 確かに、彼女は音楽部だった。とある中学校のだけど。
 ようするに当時の彼女は高校生ではなかったわけだ。私服だったせいもあって僕は全然気が付かなかったわけだ。
「友達にに言ってもほとんど信じてもらえないしさ」
「ま、そうでしょうね」
「でも、一番驚いたのは――」
「私が入学してきた事?」
 にやにやしながら訊いてくる彼女に僕はうん、とうなずく。
「白昼夢でも見てるのかと思った」
 ほとんど記憶から消えかけていた頃、いきなり彼女と廊下でバッタリだ。驚かない方がおかしいと思う。
「でも、あれよ?」
「何?」
「私があそこに入ったのってさ――」
「僕に会いたかったから?」
「あー…いや、家から一番近かったから」
 がく。
「思わせぶりなコト言っといてそれかい」
「ああ――でもさ」
「今度は何?」
「あそこでよかったなって思ってるよ。こうして今は幸せだしね」
 そう言うと、彼女は笑いながら目を閉じる。
「まったく……」
 僕はそんな彼女の唇に、ゆっくりと自分の唇を重ねた。

 とりあえず、感謝するべきはセキュリティの甘い学校に……かな?



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