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とらいあんぐるセッションズ


剣士と聖女のノクターン
#3




 また、いつもの夢。
 毎日見るわけじゃないけど、よく見る夢。
「■■■っ! ■■■っ! 目を開けて■■■っ!」
 誰かが私を呼んでいる。私の名前だけが聞き取れないけど、誰かが私を呼んでいことだけは分かる。  誰かが、私のことで論議をしている。
「私の力を■■■にあげる。もう一度■■■に会いたい……だから、いいです」
 私にとって大切で大好きだった女の子が何かを決断している。私は干渉できない。ただ聞こえるだけ。ただ聞いているだけ。
 女の子と誰かが話をしている。聞こえてくるのは断片だけ――
 神様。神風。ジャンヌ。心。悪魔。信じる。見守る。ありがとう。まろん。アダム。イブ。
 私は誰かに――男の子に抱きしめられる。
「俺も■■■と一緒に生まれ変わるんだ!」
 夢には必ず、この男の子が出てくる。
 そして、
「俺の大切なピアスだ。かしてやるからちゃんと返せよ」
 彼に一つのピアスを握らせた。
 黒いピアス。私の宝物。
 生まれたときからずっと握っていたっていうピアスとまったく同じピアス。
 あなたは誰?
 この夢は何?
 いつも夢の中で考える。
 でもそれは――
 目が覚めることで、全てが曖昧になってしまう――
 だからせめてあなたの名前だけでも呼ばせて――


 ――アクセス!


「……って誰!?」
 ガバッと、ベッドから起き上がる。
 毎度の事ながら不思議な夢ね、まったく。
 それにしても、今回の夢はピアスを受け取る過程がちゃんとあったなぁ……大抵はピアスをもらうシーンだけなんだけど。
 それに、物凄く身近な人の名前も出てきたような……はて? 誰だったかな?
「むむむむ………」
 ………ZZZ……はっ!
 慌てて頭を振って目を覚ます。
 夢のことなんかどうでもいいや。
 ぐーっと伸びをして、ベットから出る。
 カーテンを開けると朝の光が部屋を満たす。
 うん。今日もいい天気だ。
 さ〜て、今日も一日張り切っていきましょう!


 着替えをすませて部屋を後にすると、リビングには幼馴染でお隣さんの心時(しんじ)が来ていた。どうやら、ホットケーキを食べに来ているらしく、いい匂いが漂っている。
 まぁ、心時がウチにホットケーキを食べに来るのなんて日常茶飯事だから珍しくもないんだけど。
 挨拶はとりあえず後の方向で。顔洗いに行こ。
 でもなんか、聞こえてくる会話は明るくない。
「ほんと? 心時?」
「ああ。間違えない。聖女ってつぶやいてたしな」
「黒天使に聖女か……いつか以来の組み合わせだな」
 母さんも父さんも心時も何か真剣だ。
「聖女って……もしかして……」
「まろんの想像通りだよ。まろんが持ってた力を受け継いだのはアイツしかいない」
 むむむむ。何だか夢で聞いた会話に似てない?
「あれ? 稚空、どこ行くの?」
「いや、ちょっとそこまで神様をぶん殴りに」
 よくわかんないけど、お父さんが爽やかな笑顔で青筋立ててるのだけは想像出来る……。
「そう。いってらっしゃい」
 母さんも父さんと同じ顔で見送ってるみたいだし!
「わー、まろんも稚空も気持ちは分かるけど抑えて抑えて!」
 そしてそれを心時が必死に押さえると……。
 それにしても、何かすごい会話な気がしますが。
 ・
 ・
 ・
 ま、いいか。
 いつもの賑やかさに戻ったし。楽しいに越したことはないってね。
「おはよー」
「「「うわっ!」」」
「三人してなに驚いてるの?」
「「「あ、あははは」」」
「三人してなにごまかし笑いしてるの?」
 ここまであからさまだと、呆れるのを通り越して笑えちゃうわ。
 でも、さっきの会話――あれは私に関係のあることだと思う。
 とはいえ、こうやって隠そうとしているんだから素直に三人がしゃべるとは思えないし……
 ま、いっか。とりあえず保留。  だってお腹空いたし。
「母さん朝ごはんなに?」
「ホットケーキでいい? 心時に作ってあげてたら作りすぎちゃって」
「うん。全然OK」
「まろん。ホットッケーキはデザートにしろっていつも……」
「いいじゃないたまには、ね?」
 朝から大好物が出てくるなんて、一日のスタートとしては幸先がいいと思わない?


          ★


 目覚ましのなる音がして私の意識はゆっくりと覚醒する。
「むー……」
 目を覚まし、身体を伸ばすとバキバキと音を立てるような気がしてくる。
 痛いのにむず痒いような筋肉痛独特の痛みを堪えてゆっくりと私は体を起こした。
「うー……」
 朝は苦手だ……。  元々一族の体質的に日の光が苦手というのもあるけど、それ以上に私が夜型人間だから、というのが一番の理由かもしれない。
 それはともかく――全身が筋肉痛だ。
 なんか、うまく動けない……。
 それでもナントカ身体を動かして、のそのそとクローゼットへ。
 ここの所ランニングと基礎訓練がメインだったからなぁ……いきなり実践に近い動きを一日に二回もやれば、そりゃあ筋肉痛にもなるか――ううぅっ。
 だらだらと着替えをし、今度はのったりのったりと部屋を後にする。
 こんなの父さんに見られたら、しゃきっとしろって絶対言われるわねー……。
 と、
「こら雫! シャキっとしろ!」
「と、父さん!?」
 突然背後から声を掛けられビクリとしながら振り返る。
「似てた?」
 そこに居たのは弟の士郎(しろう)。にやにやと笑いながら私の横へ付く。
「あんたねぇ……」
「でも目は覚めただろ?」
 確かに、まぁ、だらけた気分は吹っ飛んだけど、ムカつくので一発小突く。
「いて」
 恨みがしい目で士郎はこっちを見てくるけど、自業自得。人を脅かしたんだから殴られて当然よ。
 ふと、士郎が足を止めた。廊下の途中――例の女性の絵が飾ってある場所。
「ねーちゃん……この絵さ、何か気味悪くねぇ?」
 どうやら士郎も感じてるみたいだ。
「なんつうかさ、絵は別に変じゃないんだけど……絵の女の人から視線を感じるっていうか……飛鳥の奴も言ってたんだけさ」
 姉兄妹揃って違和感を覚えてるんだ。母さんが感じていないのは絶対におかしい。
 私は一つうなずいて、
「先に今日の訓練に使いたいのを揃えて外に出てて。私、この絵のコトでちょっと母さんとこ行って来る」
「ん? いいけど。朝弱いかーさんがこの時間に起きてるはずねーじゃん」
「普通はね。でも、ほら――ここの所、母さんはファリンに付っきりで徹夜してるらしいから。起きてるかもしれないでしょ?」
「わかった。でさ、訓練だけど――飛び物の練習したいから見てくんない?」
「いいわよ。それじゃあ、今日のランニングの後の朝練は飛び物に決まりね」
「おっしゃ! じゃあ、準備して外で待ってるね!」
 おーおー……我が弟ながらなんと元気なことか。朝練って嫌いじゃないけど苦手なんだけどなー私は。  いや、私の場合はただ単純に朝が苦手なだけか。そういう意味では目を覚ますのにはうってつけなのかもしれないけど。朝練って。
 ちなみにもう一人の兄弟である妹の飛鳥(あすか)は熟睡中。見た目と性格だけなら父さん似だっていうのに、その中身はどうみても母さんで、逆に今、元気に玄関へと走って行った士郎は、見た目と性格こそ母さん似だって言うのに、その中身は父さん似っていう不思議仕様。
 私は――どっち似なんだろう? 考えたことないけど。
 ぼんやりとそんな事を考えながら、トントンと、母さんの部屋のドアをノックする。
「母さん? 起きてる? 入るよ」
 返事が無い。とりあえず少しだけあけて覗き込むと、トンデモなく散らかった部屋の片隅にある机に、母さんは腕を枕にして突っ伏している。
「ありゃー……おねむですか」
 そりゃ残念。
 私は肩をすくめながら、静かにドアを閉めた。
 否、閉めようとした。
「――ッ!?」
 瞬間。何か、黒いモヤのようなものが目に映りドアを開ける。
 今の……は?
「気の……せいかな?」
 本当に?
 部屋を見渡すけど、何かが居るという気配はない。あのモヤの見えた一瞬だけ、すごい不快感をかんじたんだけど――
 息を吐き、緊張した神経をほぐしながら、私は掛け布団をベッドから取って母さんにかけた。
 しかし、大した騒いだワケじゃないけど、こうやって堂々と部屋に入って来た私に気がつかずに熟睡って言うのもすごいや。
 そんな関心をしながら私は部屋を出る。
 ――そういえば、あの絵のコト訊こうとしてたんだっけ?
 まぁ、無理に起こしてまで訊くようなコトじゃないから、後で母さんがおきてから訊くとしよう。
 そうして私は士郎の待っている玄関へと向かった。
 さて、軽く士郎を揉んでやるとしますかね。


        ☆


 風校との合同練習は、交通費が自己負担の為自由参加になっている。
 そんなワケで、今日はちょっと気分が乗らないので私は欠席。五月と真奈は参加するそうなんで、独りでのんびり帰宅中。
 そう――普段なら校門で待ってたり、タイミングを計ったように来る心時からの連絡が珍しくない。お陰でちょっと寂しいな――って、いや……別に、心時と一緒に帰りたいわけじゃなくって、独りで帰るのはつまらないからってだけで……えーっと、ところで私は誰に言い訳してるんだ?
 と、とにかく落ち着こう。うん。
 私は大きく深呼吸をして、乱れに乱れた思考を整える。
「ふぅ……」
 それから、近くの自動販売機で紅茶を買って軽く一口。
「ふぅ……ようやく落ち着いた」
 と、一息ついた私のところで黒い光のすーっと、音も立てずに近づいて来た。
「な、なに……これ?」
 まだ夕方だっていうのに幽霊!? 人魂にしては黒々してるけど!
 ビビッてる私を分かっているのかいないのかソレは、弾けたように黒い光を四方に飛ばすと、中から肩乗りサイズの人が現れた。
 それはまるで、黒い翼を持った――
「天使?」
「ちっがーう! みんなそう言うけどな! 妖精じゃない! 妖精じゃなくて天使だ! 天使だからな? 間違えるなよ?!」
「だから、そう言ったってば」
 人のセリフを聞き流しておいて、勝手に決め付けないでほしい。
「あれ? そうだった?」
 自分の勘違いを思い切り棚に上げて、すっとぼけた顔で首を傾げてくる。
「ま、いいや。俺は黒天使ゼン。あんたに用があって天界から来た」
「用?」
 どうでもいいけど、何か偉そうねコイツ。
「実はな――事件解決から二十年以上経った今更になってとんでもない事に天界が気が付いたんだ」
「はぁ……」
「――で、まぁ詳しい事は追って説明するとして……何か良くわからないんだろうけどよ、ようするに聖女の力を正統に受け継いでいるとかいう――」
「よぉ魚月!」
 え? 心時?
 何かを語り出した自称黒天使ゼンとやらを遮って心時が突然猛ダッシュで現れると、
「あんたの力が――」
「こいつ借りてくぜ?」
 そう言って、私が答えるまもなく、
「必要なんどぅわぐぁっ!」
 ダッシュの勢いをまったく殺さず、素早く天使を掴んで去っていった。
「え、えーっと…………」
 何なの?
 何だったの……いったい?
 私の前に現れた黒い天使。風のように現れて天使を攫っていった心時。
 ジェットコースターばりの目まぐるしい展開に私の思考が付いていけず呆然としていると、そんな私を笑うかのように一陣の強い風がヒュウと駆け抜けていった。


          ※


「天使と二人でランデブ〜♪ 守衛のおばさんめちゃデブ〜♪」
「おいコラ放せ! それと守衛のおばさんに失礼だと思わないのか!?」
 魚月に何か吹き込もうとしていた天使を慌てて掻っ攫い、やってきたのはここ名古屋家。ちなみにとなりはウチ――水無月家。まぁ、今用があるのは自宅じゃなくて名古屋邸だ。
 黒天使の抗議は当然無視して、俺は呼び鈴をならす。
 幸い……というかなんというか――まろんと稚空の二人が居たので早速コイツから状況を聞こうということになったのだった。


「あのなぁ――天使を逆さ吊りなんかして……ぜってぇバチあたるぜ?」
 足に紐を巻きつけられ逆さ吊りにした黒天使が、俺たちを見上げ――見下げ?――そう喚く。
「甘いぜ? 元天使に元聖女それから――」
 まずは俺、次いでまろんを指差し、最後に……稚空を示し――
「えーっと……そのおまけだった男にそうそうバチなんか当るかよ」
「をい!」
 ゴチン! 
「いてっ!」
 何がいけなかったのか、稚空は俺の頭をぶん殴る。
「誰がおまけだ誰がっ!?」
「「稚空」」
「まろんまで!?」
 ビシッと俺とまろんに同時に指を指され、頭を抱え涙する稚空。
「元天使に……元聖女……?」
 そんな稚空を素敵に無視して、黒天使は眉を潜めた。
「さてと……(ぜん)君。天界が何であなたを地上に派遣したのか、キリキリ吐いてね♪
 ことと次第によっては……」
「ちょ……その笑顔の奥が怖いんだけど! 本当に元聖女!?」
 散々喚いてから、ハタと黒天使が何かに気付いた。
「――っていうか、何で俺の名前知ってるんだ? あんたとは初対面のハズだろ!?」
 その言葉に、まろんはしまったという表情をした後、視線を逸らし調子の外れた口笛を吹く。
「それで誤魔化せたと思ってるのかオイ」
 生前綺麗な心を持っていた人間は死後、天使になる事がある。俺のように天使が人間に生まれ変わるという逆パターンもあるけどそれはともかく。天使になった人間は、人間であった時の記憶は持ち得ない。それに天使が人間の時の事を思い出すのはあまり良いことではない。
 全は――生前まろんと出会っている。俺も天使であった頃、一方的ではあるけれど、知っている。
 正直、この黒天使の顔を見たときにピンと来た。だけど、口にするのはあまりよろしくない。だからこそあえて俺は全の名前は出さなかったんだけど……
「ぴゅっぴゅっぴゅ〜♪」
 全に習うように俺もまろんに視線を向けると、未だに彼女は口笛を吹いていた。
「なぁ……あんた生前の俺のコト……」
「しゃーらっぷ! 詳しい詮索はしない! そして改めてあなたは名乗る。ついで洗い浚いしゃべってね。渋るようならこの広辞苑の真ん中に挟んでペッタンと押し花ならぬ押し天使にしてハングドマンXIIって文字をそえてやるわ」
 あ。開き直った。
 どこから取り出したのか、広辞苑をパタパタやりながら黒天使に迫るまろん。
 こいつのセリフじゃないけど――微妙に聖女っぽくないぞそれは……あーいや、昔からか。うん。
「わかった! わかったから! その本、開け閉めするのはやめてくれ!」
 そうして観念したこいつは名前を名乗る。黒天使ゼン。人間の時の名前と同じ天使名をもらったらしい。
 生前の名前をベースに名付ける大天使リル様らしいといえばらしい名前だ。まんまだという説もあるけどな。
 で、こいつが人間界に来た理由だけれども――
「は? 私が封印した悪魔の残党がいる?」
「ああ――二十一年前の事件の時、全ての悪魔を封印しきれてなかったんだ」
「だけど、もう魔王は居ないはずだろ?」
 何時の間にか復活した稚空がゼンに訊く。でもゼンが答えるよりも先に、心当たりがある俺が口を開く。
「いや稚空。別に悪魔は魔王の一部ってワケじゃあないんだ。
 魔王が悪魔を生んでいただけで、生みの親が居なくなったところで消滅するワケじゃないって事なんだと思う。
 それに――」
「それに?」
「よくよく思い返してみれば、悪魔封印合戦からなし崩しに稚空誘拐、フィン救出を経て魔王封印までいっただろ?
 まろんや稚空が封印しそこなってた悪魔が居ても不思議じゃない」
 そもそも俺とフィンのを合わせてもチェス駒の数は完全じゃなかったし。
「それに付け加えると、この街とその近辺は当時――聖女を堕とす為に数多くの悪魔が放たれた街でもあるからな。
 中には数体いただろう力が強く要領の良い奴はうまくやってたのかもしれないんだとさ」
 ゼンの言葉にまろんと稚空は少し神妙な顔をする。
 自分達の不手際が、この何年もの間、誰かに迷惑を掛けてきたことを悔いてたりとかしてるのかもしれない。
 でも、それは違うと思う。
「まろん達が悪いワケじゃないだろ?」
 そうだ。神様ですら、ここ最近まで知らなかったことなんだ。それを二人が責任を感じる必要はない。
「でも心時……」
「気にしすぎだろまろんも稚空も」
「いや、俺は気にしてないぞ」
「…………じゃあ何で真顔に……」
「俺は空気を読める男なんだ」
「まろんに合わせて真顔してただけかよ!」
 まったく、稚空の事まで心配して損した。
「まぁいいや稚空。まだロザリオ持ってるか?」
「ああ、あるよ」
 稚空はうなずいて、一旦自室へと戻ると手にかつて天使だった頃の俺が託したロザリオを持ってきた。
「ようするに、ゼンの力を借りて俺が悪魔を封印してくればいいんだろ?」
 ウィンクする稚空にまろんは不安げな顔を向ける。
「稚空……」
「心配すんなってまろん。すぐに済ませてくるから……」
「そうじゃないの……」
「まろん?」
 手を合わせ瞳を潤ませながらまろんが告げた。
「もうすぐ四十になるようなおじさんが昔の青春に思いをはせるように夜空を舞うところなんて想像できないのっていうかそんな稚空みたくない!」
「おい!」
 そりゃあ確かに想像したくないし見たくない。
「なら、俺にロザリオ貸してくんない?」
「ん? まぁ元々お前のだから貸すも何もな」
 ポイっと俺に方へと放り投げられるロザリオを受け取って、
「なぁ、ゼン。コイツに聖気を込められるか?」
 真ん中の宝石を指差しながら訊く。
「さぁな。試してやるからこの紐ほどけ」
「お?」
 すっかり忘れてた。
 紐を解いてやると、巻きつけられていた足首をさすりつつ、ロザリオの正面へとやってくる。
「ところでコレに聖気を込めてどうするんだ?」
「まぁ悪魔を封印する為の単なる思い付きだ。ダメなら他の方法を考える」
 やや憮然としながらも、さっきの会話から俺たちの事を信用はしたのか、ロザリオに力を込め始める。 「こんなもんでいいか?」
「おう!」
 中央の宝石が輝き増しているのを見て俺はうなずく。
 生まれ変わった身とはいえ、俺の中にもまだ聖気はある。それとこのロザリオを利用するれば……
 ロザリオを胸元で握り念ずる。

 主よ――我に一時の間、かつての力を。魔を封ずる力を与えたまえ……

《そうですね。まぁ、フィンじゃなくともあなたなら問題ないでしょうアクセス。力を貸しょう》

 よしビンゴ!
 って、言いたいトコだけど良いのかそんな適当で!
 それに、今の声――神様じゃなくてリル様だよな……
 そんな事を考えていると、身体の奥底から懐かしい力を感じる。
「お、お前――それ……」
 ゼンが目を丸くして俺を見てる。どうやら、成功したらしい。
「準天使と同じレベルの神格を感じるけど……なんで……」
 へへん。どうだ見たか?
「やっぱりその格好って動きずらそうね」
「ローブがだぼだぼ。そんなんで戦えるのか?」
 まろんと稚空が思い思いに口を開く。
「お前らちょっとは感動しろよ!」
 言ってから窓ガラスに映りこんだ自分の姿を見遣る。
 翼こそないけど、準天使だった頃の自分の姿。ちょっと違うのは後ろ髪を結っている事くらい。そして感じるもう一つ――天使の頃は持っていなかった破魔の力……。
「これならいけそうだな」
 元の姿に戻るには……これっかな?
 当たりを付けてとりあえず後ろ髪の結い紐を解くと、予想通り元の姿に戻れた。
「ゼン。この近くの悪魔はどこにいる?」
「え? ああ――この街には確認した限り三体。二体はもう人に取り憑いてる。残りの一体は気配を消しながら街をさまよってた」
「誰に取り憑いてるか分かるか?」
「えーっと、二体とも隣の海鳴市にいる。片方は海鳴大学病院の先生。もう一つは、さらに離れた場所にある月村ってお屋敷の奥さん」
 とりあえず、二体とはいえ場所が分かってれば充分だ。
 と、
「ねぇねぇゼン君。病院の先生の悪魔ってどんな美術品に憑いてるの? あ、それと先生の名前分かる?」
 まろんが稚空といっしょにゴソゴソやりながらそんな事を問う。
「え? ああ。なんか無名の画家が描いたらしい姉妹とかいう絵に憑いてる。先生の名前は確か……そうそう胸にプレートがついてな。F・矢沢だったかな?」
「ほうほう――しかしよりによってフィリス先生か……やっかいだな」
「稚空知ってるの?」
 やはり何かゴソゴソやりながら稚空がうなずく。
「ああ。何度か会ったことがある。フィリス先生はHGS――高機能型遺伝子障害の権威で同時に患者でもある人だ」
「HGS? なにそれ?」
「平たく言えば生粋の超能力者だ。よりにもよってな。悪魔がその力を利用しないはずがない」
 うーん……それはまた……無策で飛び込むのは危険かー……。
 俺が封印する手段を独り悶々と考えていると、
「出来た!」
「おお! まろん完璧だ」
 なにやら名古屋夫妻が騒いでおります。
「っていうか、さっきからゴソゴソとなにやってるんだお前ら?」
 当然の疑問を携えて、ゼンが二人の元へと向かう。
「何それ?」
「やっぱ悪魔封印にはコレないと!」
「まったくだ」
 ビシっと親指を立てるまろんにうなずく稚空。
 ……まさか。
「どう心時?」
 そう言ってまろんが見せてきたのを見て、
「まじで?」
 俺はそう聞き返さずにはいられなかった。



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