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時間間際のBirth Day



「忍ちゃん――」
『忍さん――』
「くぅ〜ん」
「お嬢様――」
『忍』
「月村」
『お誕生日おめでとう!』
 夜――貸切になった翠屋に、複数のクラッカーの音が響き渡った。
 宴会好きの桃子とフィアッセの手によって、店内は華やかな装飾がされており、テーブルの上には実は昨日から仕込んでいたというバースディケーキが置かれている。
 気が付くと、自分もすっかり高町家ファミリーの一員だ。
 少し前までの誕生日なんて、ノエルとさくらに祝福してもらう以外、何もなかったっというのに。
 祝福してくれる相手がノエルとさくらしかいなかったというのに……
 桃子さん。美由紀ちゃん。なのはちゃん。フィアッセさん。レン。晶。那美。きつね。赤星君。
 ……こんなにも、今はこんなにも大勢の優しい人たちに祝福してもらえる。
 でも、
「もぅ……忍ちゃんの誕生日だっていうのに、恭也ったら何してるのかしらね?」
「さっき、電話が来ました。少し遅くなるって」
「あら? そうなの? 家族には電話せずに忍ちゃんにだけ伝えるなんて、恭也もなかなかいい根性してるわね」
 口を尖らせながらも、どこか嬉しそうに桃子は言った。
 そう。一番、『おめでとう』を言って欲しい彼が、この場にはいない。
 電話ではパーティー開始に間に合いそうにないと、言ってはいたけれど。
「忍」
 声を掛けられてハッとする。もしかしたら、暗い顔をしていたかもしれない。
 確かに恭也がいない事は残念だが、この場で暗い顔なんてしていたらバチが当たるというものだ。
「なんですか?」
 笑顔で、忍は声を掛けてきたフィアッセに尋ねる。
「レンと晶の時に忍もいたから知ってると思うけど――私の故郷ではね、子供の誕生日って『生まれてきてありがとう』って意味で開くの。だから――」
 フィアッセはふわりと、忍を優しく抱く。
「――ありがとう。忍。生まれてきて、元気で今まで生きてくれて……ありがとう」
 耳元でささやくように、優しく、フィアッセは言った。
 忍はゆっくりと、自分の過去を思い返す。
 生まれてきてくれて、生きてきてくれてありがとう――心の底からそう言ってくれる人が、自分の周りにどれだけいたのだろうか。
 たぶん、ほとんどいなかったと思う。

 ―――だからこそ、本当に、今、ここにいることが嬉しい―――

「あはは。レンと晶の見てたときはちょっとうらやましかったんだけど、実際にやってもらうと、ちょっと恥ずかしいかも……でも、ありがとう。フィアッセさん」
 なんとなく、泣きそうになったのを誤魔化すように照れ笑いを浮かべてお礼を言った。
「うん」
 ゆっくりと、フィアッセが離れる。
 そして、桃子が手を叩いた。
「それじゃあ……プレゼント交換。行ってみましょ〜!」



 それから、やたらと賑やかなパーティは十時をまわった頃に閉幕した。
 それでも、忍は恭也を待つ為に翠屋に残っていた。
 高町ファミリーは、桃子とフィアッセを除き、全員が帰宅している。
 今、翠屋にいるのは、忍と桃子とフィアッセ。それから、ノエルとさくら。
 四人とも忍に付き合って待っていてくれている。
「はい、忍」
「ありがとう。さくら」
 さくらの持ってきたワインを傾けながら、五人でしっとりと時間を過ごす。
「でも、本当に恭也遅いね」
「そうですね。飛行機が遅れているのでしょうか?」
 やや不安げなフィアッセに首を傾げるノエル。
 恭也からの連絡はお昼にあった電話以降なく、時間だけがゆったりと過ぎていく。
(もう、そろそろ日付がかわっちゃうよ)
 別に、明日でも構わないとは思う。反面、今日会いたいと切実に思う。
 頭の中がごちゃごちゃとしてくる。
 なんで連絡がないの、とか。明日会えばいいかな、とか。帰りに事故でもあったの、とか。
 とにかく色々な思考が勝手に頭と心の中で暴れだし落ち着かない。
 そうこうしている内に、時間も十一時半前と遅くなってしまった為、二次会もお開きとなってしまった。
 夜も遅いからと言うことで、ノエルとさくらと三人で、今夜は高町家にお邪魔する事になった。
 これならば、明日の朝、恭也とすぐに会えるだろう――だが、
(本当は今日、おめでとうって言って欲しかったよ)
 忍は寂しげに息を吐いてから、みんなに続き翠屋を後にした。


          ※


 時刻は十一時半を少し周ったところ。
 完全な遅刻だった。約束は七時だったのだから、大遅刻もいいところだ。
 運悪く、空港でちょっとした事件に巻き込まれてしまい、思わぬ足止めを食ってしまったのは痛かった。
 その事件のせいで、飛行機が遅れたのが、全ての原因であろう。
 だが、起きてしまった事は悔いてもしょうがない。
 一応、翠屋の方を覗いてみたが、電気は付いておらず完全に閉まっている。
(こんな時間だ……あたりまえか)
 ふと気が付く。
 僅かだが、ワインのような匂いが微かに感じる。
 気のせいかもしれないが、もしかしたら終わったのは今さっきなのかもしれない。
 だとしたら、急げば間に合う可能性がある。せめて、一言だけでも今日中に言いたい。
(ウチか、自宅か……)
 少し、思考する。
(この時間なら、むしろウチに泊まる可能性の方が高い……か?)
 それはほとんどカケだった。
 だが、今は自分を信じるしかない。
 今日が終わるまでの残り十五分。忍に会える事を願い、恭也は走り出した。



 そもそも、運悪く足止めを喰らったのだから、忍たちに追いつけた事は運が良いといえるかどうかは怪しいが、とにかく帰宅中の彼女たちに追いつく事が出来た。
 母親である桃子達を含め、忍と一緒にいた面々は、先に戻ると言ってそのまま歩いていった。気を利かせてくれたのだろう。
 恭也は四人の姿が見えなくなってから、
「すまん。遅くなった」
 そう忍に謝った。
 いくら理由があるとはいえ、パーティに出席出来なかったのは遅刻どころ話ではない。
「心配、したよ? 連絡も昼間に一回しかしてくれなかったから」
「本当に、すまない」
 携帯電話は事件に巻き込まれた時に壊れてしまったのだが、今ここで言い訳をする意味はない。
「でも、ちゃんと今日会えた」
「ああ、お前に会いたくて必死だったよ」
「…うん」
「でも、今は[ただいま]よりも先に言うことがある」
 タイムリミットはもう、二分もない。
「なに?」
 言いのがしたら、次は一年後になってしまう気がする。
「忍」
「ん?」
「誕生日おめでとう」
 たったその一言。だけれど、色々な思いが込められた祝福の言葉。
「時間、ギリギリだね」
 忍は腕時計を見て笑う。確かに時計は五十九分だ。
「でも、今日、言ってくれてありがとう」
「ああ。これが言いたくて、電話してからずっと必死だった。
 それと、ドタバタしてたせいで、プレゼントは買えなかった……」
「ううん、いいよ。恭也が無事帰って来てくれたんだから」
「だから……」
 そこまで口にして、今からする行動に対しなんとなくだが、一瞬ためらった。
 だがためらったのは、本当に、一瞬――
「だから?」
 首を傾げる忍の肩を抱き、ゆっくりと唇を重ねた。
「…ん」
 彼女は軽く驚いたが、すぐ目を瞑って力を抜く。
 しばらくの間そうしてから、どちらともなく離れる。
 偶然にもちょうどその瞬間、時計が零時を指した。
「……これじゃあ駄目か?」
「ううん」
 忍は小さく首を振った。
「ありかとう。嬉しい。でもちょっと……恭也っぽくないかもね」
「ああ。自覚してる」
 恭也は照れながら苦笑する。
 それから、ここへ来て、まだ言っていなかった言葉を言う。
「それと言うのが遅くなってすまない」
 これだって、大事な言葉。大切な人に、大切な場所に戻ってきた事を示す大事な言葉。
「ただいま」
「おかえり!」
 応えて、忍は恭也を強く抱き締めた。




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