わたし――高町なのは。私立聖祥付属の2年生。
たった今、お家に帰ってきました。
「ただいま〜」
返事が返ってこない。
じゃあ、道場にいるのかな?
予想通り、道場で打ち合いをしていたおにーちゃんとおねーちゃんに声をかける。
「ただいま〜」
「ふっ! あ、なのは、お帰り――っと!」
「せい! ああ、お帰り――甘い! 冷蔵庫にゼリーが入ってる……ふっ――なのはの分だから食べていいぞ」
「は〜い」
木刀で打ち合いながらもちゃんと返事を返してくれるおにーちゃん達。
律儀というべきか、お行儀が悪いというべきか。
そんなことを思いながらもわたしは家へと戻ったのでした。 なーんて締め方してみたり。
お昼過ぎからゲームをはじめて、気がつくともう3時。
時間がたつのって早いなぁ……なーんて。
……と、
――――カツン……
そんな音が、玄関の方から聞こえてきた。
最初はおにーちゃん達かな? とも思ったりしたけど、それだったら黙って玄関から入ってきたりしない。
なんとなく、聞き耳を立てるようにしていると、ゲームがわたしのターンになった。
チャッチャと自分のターンを終了させて、また玄関の方に耳を傾ける。
明らかに足音が聞こえてきた。
ど、ど〜しよう……。
おにーちゃんとおねーちゃんは練習を始めると、四時間は終わらないし、おにーちゃん達の次に強いレンちゃんと晶ちゃんもお出かけ中。
おかーさんとフィアッセさんもお仕事に行っちゃってるし……。
わたしが、心の中であたふたとしているうちに、リビングのドアが開いた。
そこから現れたのは、にやにや笑いを浮べた男の人。
「お嬢ちゃん……ちょっと静かにしててね。オジサン、お金を見つけたらすぐ帰るから……あ、もちろん。お嬢さんが持ってきてくれるなら、それにこした事はないんだけどね」
右手に持ったナイフをチラつかせながら、そんなコト言われましても……。
「渡してくれないか……そうだよね。じゃあ……オジサン勝手に持ってくね」
な、なんとかしなきゃ!
目の前を通りすぎようとしたとき、わたしはゲーム機を思いっきり引っ張った。
すると、TVとゲーム機を繋いでいたAV端子のコードがピーンと張って、オジサンの脚に引っ掛かる。
バランスを崩すオジサン。
「なにをするんだ? お嬢ちゃん」
ゆっくりと立ち上がって、オジサンはわたしを睨んでくる。
わたしも、ソファから立ちあがり、オジサンの正面に周って睨み返す。
こ、怖い……けど、
「お家にあるものは、ゴミ一つだってあげないもん!」
道場にいるおにーちゃん達に聞こえることを祈って、わたしは大声を上げた。
「お嬢ちゃんに何ができるんだい?」
「なのはだって……なのはにだって、オジサンくらいはやっつけられるもん!」
「ふ〜ん……じゃあ、やっつけてみろよ!」
オジサンは思い切り、ナイフを振り上げた。
それを見て、わたしは心の中で首を傾げる。
なんで振り上げたんだろう? このぐらいの距離だった突きの方が強いと思うんだけどなぁ……なんてコトを考えながら、気がつくと振り下ろされたナイフをかわしていた。
「はりゃ?」
なのはビックリ!
「ガキがぁぁ!」
今度は、サッカーのシュートのようなキック。
何て言うか……このオジサンの攻撃、すっごい遅いし、無駄に大ぶりだなぁ……なんて思ったりしていて、気がつくとまたかわしていた。
「ふにゃ?」
なのは二度ビックリ!!
そんなに運動神経がいいとは思ってなかったから自分でもビックリ度が高い。
「なんなんだこのガキはっ!?」
お。怒っちゃった……わたし見たいな女の子に攻撃をかわされたから?
ど、どうしよう……。
こ、恐いけど、で、でもなんとかなるかも!
とりあえず、わたしは素早く足元に落ちてたゲームソフトのケースを拾う。
「あン? そんなモノでオジサンを攻撃する気か? ムダムダ。ガキの力じゃあ、投げたって大して効かねぇよ」
また、ナイフを振り上げるオジサン。
今度はかわさずに、ダッシュでオジサンの足元まで行き、ケースを思い切り振り上げた。
「ぐお……」
ケースの角がものの見事に、男の人の大事なものがついている場所にヒット!
「……ッンの…ッソガキが!」
オジサンが変な体勢のままキックをしてきた!
今度のキックはかわせなかった。
わたしは、ぽーんと少し飛んでから、床を転がる。
「げほ。げっほ」
うう……凄く痛い……泣きそうなほど痛い……。
で、でも、おにーちゃんかおねーちゃんが来るまでは……泣けないもん!
「タフなガキだな」
ちょっと変な歩き方で、オジサンが立ち上がったわたしの方に歩いてくる。
たぶん、お腹が痛いから……気が弱くなっちゃったんだと思う。
恐くて恐くて仕方ない。さっきも恐かったけど、今は、もっと恐い。
泣いちゃいそうなぐらい恐い。
「でも、これで終わりだな」
そう言って、オジサンがもっと近付いてくる。
うぅ……おにーちゃん! おねーちゃん! たすけてよぉ……。
わたしは、声を上げず、泣きたいのを必死に堪えて、オジサンを睨む。
「なんだぁ? まだやる気かぁ! あン!」
脅してくるけど、絶対に逃げたりしないもん!
と、突然、頭をぽんぽんと軽く叩かれた。
「ふえ?」
上を見上げると、そこにはおにーちゃんがいて、すこし後ろにおねーちゃんがいた。
おにーちゃんがわたしの横にしゃがむと、頭を撫でながら、
「よく頑張った、なのは。すぐに気がつかなくて悪かった」
そう言われた途端、なみだが溢れてくる。
「美由紀……まかせた」
おにーちゃんはわたしを気にしてくれたのか、おねーちゃんそう言ってわたしを抱きしめてくれた。
「うん。まかされたよ。頑張ったね、なのは」
おねーちゃんが優しい声で言う。
その声が、トドメだった。わたしはおにーちゃんに抱きついて……。
「……ぅふあぁぁ……恐かったよぉぉ!」
「ああ。頑張ったんだな。もう、大丈夫だからな。あとは、美由紀にまかせよう」
「……ぅぅぅ……っく……ひく……うん」
おねーちゃんがわたしの頭を軽く撫でてから、オジサンを睨んだ。
「勝手に人の家に進入して、妹を可愛がってくれたお礼……させてもらいますね」
おねーちゃんの声からは、普段のような優しさがなくなってる。なんていうか、声だけで人を怪我させそうな……そんな声。
「な、なんだ姉ちゃん? やる気か?」
ちょっと、オジサンの声が上ずってる。
「はい。やる気です」
たぶん、おねーちゃんとオジサンの「やる」って字が違うんだろうな。
オジサンの『や』は『戦』。おねーちゃんは『殺』なんだと思う。
「美由紀。殺人はいかんぞ殺人は」
おにーちゃんがそう言っている辺り、たぶんわたしの考えで当ってると思う。
「バカにすんのも大概にしやがれ! このクソガキどもがぁぁぁっ!」
ナイフを振りかぶりながら、オジサンが踏み込んでくる。
――ああ、そうか。だからわたしににはおじさんの動きが遅く見えたんだ。
オジサンがナイフを振るう前に、おねーちゃんの凄いキックがオジサンのお腹にヒットする。
身体を曲げてうめいたオジサンの首筋におねーちゃんはチョップをした。
チョップはキックに比べてあまり強くなさそうだったのに、あっさりとオジサンが気絶する。
――だって、もっとすごい速い動きのをほとんど毎日見てるから。
「1発目の蹴りで相手を飛ばさないギリギリのパワーで撃ち込み、当身で気絶させるか……悪くない連携だった」
「100点満点で何点?」
「80点。俺なら最初の一撃で相手の肺か心臓を破壊してる」
「おにーちゃん! 殺人は犯罪なんだよー」
「人の家に侵入した挙句に、かわいい妹に怪我をさせたのは万死に値する」
「恭ちゃん、言ってることがメチャクチャだよ」
おねーちゃんが突っ込む。
えへへ……なんか、安心したら、眠くなってきちゃった。
「うう……眠い」
「寝ろ」
「うにゅ……そうーする……」
「部屋まで運んでやるか」
おにーちゃんが抱っこしてくれる。
「美由紀。そいつを拘束したら警察に電話」
「うん。わかった」
わたしはおにーちゃんにしがみ付きながら、
「よくがんばったな。なのは」
気がつくとそのまま眠ってしまった。
えぴろーぐ
アレから4時間―――
おおかたの事後処理とリビングの片付けが終わり、なのはも起きてきた。
そして、俺と美由紀が、キッチンでなのはの手当てをし始めると同時に、
「ただいまー」
かーさん達が帰ってきた。
それもぞろぞろと、
「お邪魔しまーす」
ついでに様々なオプションをつけて。
「おかえりー」
なのはの手当て―――と、いっても幸い大したことはない――をしながら俺も適当に返事をする。
蹴られたという場所も痣にはなってなかったし、打ったと言う背中も、軽い打ち身程度のもので、痛いという部分にシップを張ってそれで終わり。
「ちょっと、なのは! 背中どうしたの!?」
ちょうど、背中にシップを張るのと同時に、かーさんが入ってきた。
そして、その悲鳴に反応するように、みんなが一斉にキッチンに入ってくる。
「え! なのちゃんどうかしたの!?」
「なんや! なのちゃんどうかしんか!?」
「なのはがどうかしたの!?」
「なのはちゃんに何かあったのかい?」
「なになにどうーしたの?」
まぁ、なんというか、我が妹(小)はとてもみんなに愛されているらしい。
ちなみに、最初に言ったやつから順番に晶、レン、フィアッセ、赤星、月村だ。
「えっと……一人でゲームをしてたら、強盗さんがやってきて、ケンカしたの」
「そう……大変だったわねぇ……」
かーさんが深刻そうにうなずいてから、すぐ真顔に戻る。
「それで、本当はどうしたの?」
その言葉に、なのはが困った顔をした。
ま、確かに困るだろう。
「かーさん――事実を述べたあとに事実を求められても、なのはが困るだけだ」
「え! ほんとうなの!」
かーさんがあからさまに驚く。
まぁ、そうだろうな。
「ちなみに俺と美由紀が駆けつける間、なのははずっと強盗と睨み合ってたらしい」
「そういえば、わたし達がかけつけたとき、強盗の歩き方が変だったよね。なのは、何かしたの?」
美由紀に尋ねられ、なのははイスから降りると、
「ちょっとまってて」
そういって、リビングへ向かい、CD――いや、ゲームソフトのケースを持って戻ってきた。
「何をする気だ? 妹よ?」
「おにーちゃん。ちょっと、立って」
「うん?」
俺は言われるままに、ナイフを振るうポーズを取らされる。
そして、
「こーやったの!」
「――――――っ!」
俺は……声にならない悲鳴を上げた。
―――― 完