本棚   TOP


Irony of fate 〜 again 〜



「ただいま〜」
 麗らかの午後の昼下がり――デュナミス孤児院の食堂で、紅茶を片手にウトウトとしていたルーティの耳に何週間ぶりかに聞く元気のいい声が届き、ハッと顔を上げた。
「カイルとロニだぁ!」
「お帰り〜。カイル兄ちゃん。ロニ兄ちゃん」
 玄関の近くで遊んでいた子供達が声を上げる。
 どうやら、聞き間違いではないようだ。
 ルーティは足早に玄関に向と、
「お帰り。カイル、ロニ。どうやらちゃんと、生きてたみたいね」
 自分の息子――カイルと、その兄貴分であるロニを迎えた後、彼らの後ろにいた四人を、
「いらっしゃい。二人の旅仲間よね? 何にもないし、汚いトコだけど、歓迎するわ」
 そう言って笑顔で招き入れた。


 その日の夕食は何時にも増して賑やかだった。
 もとより、孤児院であるこの家の夕飯は賑やかだというのに、カイルとロニの土産話に花が咲き、それに男の子達が盛り上がり、それをルーティと、そしてカイルの旅仲間の一人であるナナリーがたしなめる。
 女の子も、同じくカイルの旅仲間のリアラとハロルドの話を聞いて、男の子ほどではないものの盛りあがっている。
 残る一人――ジューダスと名乗る、仮面を付けた青年は自ら積極的には話さず、どちらかと言うと冒険憚に合いの手を入れたり、カイルやハロルドの過剰な表現につっこみを入れたりとする程度だった。
 だが、ルーティはそんなジューダスの様子が気になってならなかった。
(アイツに似てる……? ううん。似てるなんてモンじゃない。アイツそのものだわ)
 そうは思っても、
(なに考えてるのかしらね、わたし。アイツはとっくに死んでいるのよ)
 と、自分の考えを否定し、こっそりとため息をつく。
 仮に生きていたとしても、こんなに若い姿のはずがない。
 自分にそう言い聞かせ、意識をカイル達の冒険の話に向けた。
 結局、夕食の後までも土産話が盛りあがり、カイルの仲間たちもこの孤児院に泊まることになった。


 その夜―――

 カイルの部屋で、カイルと共に寝ていたジューダスは身体を起こした。
 身体は疲れて入るし、腹も丁度いい具合に膨れているのだが、どうにも寝つけないでいる。
 ジューダスは布団から出ると、自分の枕元においてあった一振りの細身の剣を取った。
《どうしたんですか? 坊っちゃん?》
「散歩だ。付き合え」
 剣から聞えた声に、ジューダスはそう答えると、カイルを起こさぬように――といっても滅多な事で起きるような奴ではないが――こっそりと部屋を出ていった。

 外は静かだった。
 みなが寝静まった時間だという事もあるだろうが、この孤児院の場所が町外れである事も要因にあるかもしれない。
 ゆったりとした足取りで、ジューダスは孤児院と街を繋ぐ石橋までやってくると、その中ほどで足を止める。
「まったく。あの女は十八年経ったというのにたいして変わってないな」
 そんな独り言に、律儀にも剣――シャルティエは返事をした。
《そうでもないですよ。かなり変わった部分もあります》
「どういうことだ?」
《容姿です。ルーティだけじゃないですけど、フィリアもウッドロウも、みんな老けました》
 その物言いに、ジューダスの口元に笑みが零れた。
「フ……確かにな。僕からしてみると一瞬ではあるが、アイツらからしてみると十八年と言うのは長い歳月だったのだろうな」
 それにはシャルティエは答えなかった。答える術を持っていなかったのかもしれない。無論、自分だって答えようがない。
「……ん?」
 ふと、周囲から――いや、孤児院の方からの虫の音が消えているのに気が付く。
 さり気ない仕草でそちらに視線を向けると、人影があった。
 気配は消している。そして、右手には細長い棒のようなもの携えている。
 人影はゆっくりと構えると、微かな音だけを経てて地を蹴った。
「!」
 そして、その影は空中から棒を突き出すように急降下するようにジューダスに向かってくる。
 ジューダスを横にズレそれをやり過ごすが、影は着地と同時に地を蹴って、手にしているソレを一閃した。
 ――キィィィィンッ
 シャルティエと影が手にしていた剣が擦れ合い火花とともに甲高い音を響かせる。
 ジューダスは相手を突き飛ばすように押し、その反動で後ろへ跳躍した。
 二人の間に僅かな沈黙が流れ……
「フン」
 ジューダスは皮肉げな笑みを浮かべた。
「息子の旅仲間に剣を向けるとは――大した母親ぶりじゃないか。四英雄が一人ルーティ・カトレット」
「そうね。それについては謝るわ。でもね、ちょっと試したい事があってね。付き合ってくれる?」
 そんなジューダスとは裏腹に真剣な表情のルーティ。
 そんな彼女に、
「どうせ首を横に振ったところで無駄なんだろう?
 なら、付き合ってやろうじゃないか」
 ジューダスは嘆息しながら答える。
「悪いわね。ひとしきり終わったらあなたの好物でもごちそうするわ」
「なぜ初対面の僕の好物を知っている……と、言うのは野暮な質問か?」
「そうね」

 ジューダスはシャルティエを――

 ルーティは細身の長剣を――

 互いに構える。

 間合いは遠い。少なくとも二歩は踏み込む必要がある。
 互いに様子を伺いあう……緊迫した空気。
そんな中、先に動いたのはルーティだった。
「やぁぁぁぁぁっ!」
 裂帛の気合とともに、剣の切っ先を地面に擦らせながら振り抜く。剣圧は衝撃波となって、地をすべる。
「魔人剣か」
 ジューダスは誰ともなくつぶやき、それを避ける。
「魔人剣は王国騎士団の技のはずだが……まさか、元レンズハンターのお前が使えるとはな」
「周りに使い手が多かったからね。今のは見様見真似よ」
「ほぅ――ならば、僕も真似してみるとしよう」
 ジューダスは身体を捻り、ルーティよりも素早く剣を振り抜く。
「はぁぁぁぁ……魔人剣!」
 ルーティの物とは比べ物にならない速さと気量。
 それを見ても慌てることなく、彼女は跳躍して躱す。
 そして、そのまま、
「スナイプ……」
 まるで空中で壁を蹴ったかのように急降下する。
「エアァァァッ!」
「また、その技か」
 呆れたように、苦笑するようにジューダスはつぶやいて急降下による突きを躱す。
 そして、ルーティは着地と同時に身体を反転させてこちらに……こなかった。
「なんだと?」
 代わりに飛んできたのは子供の握りこぶしよりも小ぶりな石ころ。
 それを首だけ動かして避けた、次の瞬間!
 ギィィィィィン
 ジューダスの右脇腹を狙った一閃を左に持っていたシャルティエを下に向け受け止める。
 剣を受け止めた体制のまま、左の腰元に吊るしてあった短剣を引き抜くとルーティに向かって抜き放った。
 だが、ルーティが後ろに飛び退いたことで短剣は虚しく空を裂く。
「十八年間平和ボケして剣の腕が衰えたのか? とても英雄と呼ばれた人間とは思えんな」
「そう? そういうあんたは歳のワリにはやたらと腕が立つじゃない。セインガルドの騎士団式剣術をそこまで使えるなんてすごいわ。まるで、今は亡き王国の騎士団から手ほどきを受けたみたい」
 再び二人の間に沈黙が落ちる。
「何が言いたい?」
 長い沈黙の果て、ようやく紡がれたのはジューダスのそんな一言。
「別に……いい加減、事情を説明して欲しいなって思っただけ」
「何の話だ? 僕にはさっぱりだ」
「とぼけないで!」
「あまり大声をだすな。深夜だぞ」
「あんた、ねぇ」
 歯を食い縛るようにルーティはうめく。
 その瞳に涙が浮かんでいる事にジューダスは気付く。
 それから、ジューダスは内心で舌打ちをしてから告げる。
「僕に過去の記憶などない。名前もな。僕にあるのはカイルが名づけてくれたジューダスという名だけだ」
 そう言い捨てて、ジューダスはルーティの脇を通り抜け、孤児院へと向かう。
「なによ、それ」
 ルーティのつぶやく声が上ずっている。
 ジューダスは足を止め、天を見上げる。
 互いに背を向けあった状態で三度目の沈黙。
 そして、先に口を開けたのはやはりジューダスだった。
「この剣は――この剣は目が覚めたときすでに僕とともにあった。ソーディアン=シャルティエに似ているとは思っていたが、案外本物かもしれん。
 僕にはコイツの声など聞こえないが、四英雄であるお前なら聞けるかもしれんぞ。こいつが本物なら、な。
 今晩だけ貸してやる。明日の朝には返せ」
 背を向けた状態で、言うだけ言うと、ジューダスはシャルティエを地面に突き立て孤児院へと入っていた。
 しばらくの間、立ち尽くしていたルーティは溢れそうな涙を拭い、シャルティエの元へやって来る。
「確かに……これはあのクソ生意気なガキの持ってた剣にそっくりね」
 つぶやいて、引き抜く。
「さて、シャルティエ君。バラせること全部バラしてくれないと、そこの川で泳いでもらうことになるからね?」
 その冗談には聞こえないセリフに思わず苦笑を漏らしてしまい、
「あら? ラッキー。あなた、本物ね? ほ〜ら、包み隠さず話してもらおうかしら。でないと……」
 シャルティエをみるルーティの目はスゥーッと細まり、
「本気で投げ捨てる」
 そう言い放った。
 ぼっちゃん。ごめんなさい――内心でそうつぶやいてから、シャルティエはルーティに挨拶をした。


 翌朝。

「ストーンブラスト!」
 ルーティのその声が聞こえるなり、ジューダスは慌てて布団から飛び起きた。
 ボトボトボト……
 何もないはずの虚空から握り拳ほどの石が数個ほど出現し、石は今しがたまでジューダスがいた布団へと降り注いだ。
「危険な起こし方をするな」
 内心ドキドキしながら平静を装ってジューダスがうめく。
 そんなジューダスにルーティは言った。
「この剣、本物のシャルティエだったわ」
「そうか」
「色々と、本当に色々と聞かせてもらったわ。包み隠さずね」
 口元にはシニカルな笑みが浮かんでいるが、目には憂いがある。それを見逃すジューダスではなかったが、敢えて何も言わない。ただ、シャルティエに対しは、目で後で覚えていろと伝える。
 昨夜から数えれば四度目の沈黙。
 今回先に口を開いたのはルーティだった。
「ありがとう」
 そうして、彼女はシャルティエをジューダスに手渡す。
「それと、ごめん」
「何がだ?」
 とぼけたように肩を竦めてから、ジューダスは続ける。
「謝るのも、礼を言うのもみなこっちの方だ……姉さん」
 恥ずかしさか、それとも他の何かか。ジューダスのその言葉は徐々に小さくなっていき、最後の一言に関して言えば消え入るかのような声だった。
「え?」
 ルーティはそんなジューダスに目を瞬かせる。
「今、なんて?」
「さぁな。食事は出来ているんだろう? 先に下に行かせてもらうぞ」
「ねぇ、ジューダス!」
「なんだ?」
 部屋を出ようとしていた彼を止め、シャルティエを指差す。
「ちょっとだけシャルティエ貸して」
「何に使う気だ?」
「カイルを起こすの」
「ストーンブラストでか?」
 やや面を喰らったかのように訊くジューダスにルーティは首を振る。
「ストーンウォールよ」
「息子を殺す気か?」
 呆れながら嘆息するとジューダスは部屋を出て行く。
「あ、ちょっと! いいじゃない。貸してくれたって」
「そんな無駄な事をするのに貸せるか。死者の目覚めで充分だろ」
「あれって結構近所迷惑なのよ。だから剣貸して」
「それに関しては僕が迷惑している」
「いいのよ。あなた一人くらいの迷惑ですむんだから」
「うるさい。まったく、これが本当に人の親か?」
「ほほぅ……あんた、ケンカ売ってるワケ?」
「別にそのつもりはないが……売ってるとしたらいくらで買ってくれるんだ?」
「タダに決まってるでしょ? ウチに無駄な出費をしてる余裕なんてないの」
「なら、諦めるんだな」
「やだ」
「お前な……」



「ジューダスの奴……ルーティさんとケンカしてるのか?」
 一階のテーブルに着きながらロニは眉を潜める。
「なんか、そうみたいねぇ。ジューダスもワリとフツーのケンカもするのね〜」
 欠伸をしながらハロルドがうなずく。
「でもさ……なんか、あのケンカって、おもちゃの取り合いしてる姉弟みたいじゃない?」
 そう言うナナリーにリアラがうなずく。
「そうね。なんか楽しそう」
「楽しそうか?」
 ロニは首を傾げてから、
「でも、ま」
 肩を竦める。
「カイルも当分起きてこないだろうし。二人も当分下に降りてきそうにないから、先にメシ喰うか?」
「そうだね」
 そうして、ジューダスとルーティのケンカをBGMにどこかゆったりと朝の朝食が始まった。


 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 神の御使いエルレイン。
 歴史を狂わせている僕らの敵。
 でも、ぼっちゃんを蘇らせてくれた事には感謝するべきかもしれない。
 僅かな時間とはいえ、ぼっちゃんが望んでいた時間の一つを――
 ほんの一時とはいえ、与えてくれたのだから――


Irony of fate 〜 again 〜 FIN






本棚   TOP