本棚   TOP


風の吹くまま



「ほら、クーラ行くわよ」
 茶色の髪をした十六、七の少女はまだコンビニのから出てこない連れに声を掛ける。
「ちょっとまってよセーラぁ〜」
 呼ばれて慌てて出てきたのは白い肌に薄い栗色の髪を腰まで伸ばした少女。歳はだいたい十八くらいなのだろうが、顔つきのせいかかなり幼く見える。背も高く見た目だけなら明らかにセーラよりも年上なのだが、その幼く見える雰囲気のせいでセーラがクーラの保護者に見えてくる。
 事実、セーラは実質上クーラの保護者のようなものである。その為、外見ではなく雰囲気で二人の関係を読んだ方が正解しやすい。
「長居してると我侭坊ちゃんがきかんぼうを起すのは分かってるでしょ?
 買うもの買ったんだし、早く戻りましょう」
「は〜い」
 それこそ本当に保護者のような事を言うセーラに、クーラは子供のように返事をし、
「あ」
 すぐに、足を止めた。
「どうしたの?」
「ちょっと買い忘れたモノがあるの!」
 そう言って、すぐに踵を返すとクーラはコンビニへと戻っていく。
「ちょっと、キャンディーもアイスも買ったでしょ?
 他に何を買うの……って、もういないし」
 肩を竦め、セーラもコンビニへと足を向ける。
「あ、セーラ」
 そして入るなり、会計をしているらしいクーラが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「な、何?」
「お金足りない」
「はい?」
 なんとなく、頭を抱えながらレジへと代金を支払う。
 すでに商品は袋に入れられクーラが手にしていたので結局何を買ったのかは分からない。
「買い忘れって何を買ったの?」
「えへへ……ヒ・ミ・ツ♪」
 楽しそうに笑いながらクーラは駆け出す。
「ちょっと、クーラ」
「ほら、セーラ。早くしないと置いてくよ〜」
「まったく、あの子は」
 再び頭を抱えながらも、どこか嬉しげにセーラは微笑み、
「待ちなさいって、もう」
 少し足取りを速くしてクーラを追った。


「遅ぇ」
 黒いオープンカーに運転席で横になっている銀髪に褐色の肌をした青年は、サングラス越しに雲ひとつ無い青空を眺めながら、不機嫌につぶやいた。
 すでに、何回『遅い』とつぶやいたか分からない。二桁は行ってるはずだ。
「なんでこう――女共の買い物ってのは長いんだ?
 しかもコンビニだぞ? 品数がすくねぇんだから迷うほどじゃねぇだろ」
 愚痴をこぼしながらも、内心ではそれに満足を得ている自分にも気がついていた。
 別に変な意味ではない。
 彼――K’(ケイダッシュ)も含め、クーラ、セーラの三人は今まで、普通の人間にとって当たり前である事を出来ずに生きて来ているのだ。その原因である犯罪組織は少し前に壊滅し、そんな彼らにようやく訪れた平穏な日々。
 女の買い物につき合わされて愚痴をこぼすなど、少し前までは考えられなかった事ではある――事ではあるのだが……
「遅ぇ」
 だからといって、不機嫌である事には変わりない。
「ただいま〜」
 そして、もう何度目だか本気で分からないつぶやきをこぼすと同時に、クーラの能天気な声がした。
「遅いんだよ、お前ら」
「ごめんなさいね。クーラが突然、買い忘れをしたとか行ってコンビニに戻るから」
「あん?」
 セーラの言葉に眉をひそめる。
 だが、そんなK’の事など微塵も気にせず、
「はい、あげる」
 クーラが無邪気な笑顔で袋を差し出してきた。
「何だ?」
「う〜んとね、わたしばっか好きなの買っちゃってるからK’にも買ってあげようと思って」
「は?」
 意味が分からずも、とりあえず受け取るとって中身を取り出す。
「ああ、クーラはコレを買ったのね」
 なにやら納得しているセーラは捨て置き、クーラに視線を移す。
「お前な……」
 袋の中に入っていたビーフージャーキーの包みを乱暴に開けながら呆れたように告げる。
「こんなんで俺の機嫌が直ると思ってたのか?」
「うん」
 クーラはうなずく。
「お前……俺を何だと……」
 K’はジャーキーを咥えながら文句を言おうとして、
「直ってるじゃない。だいぶ」
 セーラに遮られる。
「おい」
 半眼で睨みつけるが、セーラは気にした風もなく車に乗り込む。
「ねぇねぇ、次どこ行くの?」
 クーラはまるで遊園地で遊ぶ子供のようにはしゃぎながら、二人に訊く。
「さぁな」
 言って、K’は車のエンジンを噴かす。
「何処だっていいじゃねぇかよ、別に。今の俺達にアテなんてのはねぇんだしよ」
「そうね。私達はもう自由なんだから、行こうと思えば何処にだっていけるし、何処にだっていられるわ。それこそ風の向くまま気の向くままに、ね?」
 クーラは少しキョトンとしてから、顔を輝かせる。
「じゃあさ、遊園地行きたい!」
「まんまガキの発想か、おい」
「いいじゃない。とりあえずの行き先が決まったんだから。さあさ、運転手さん、早く車を出して」
「早く早くぅK’」
 K’はため息を一つしてから、
「わーったよ。それじゃ、行くぜ?」
 面倒くさそうに言いながらもK’の顔には微かだが喜びが混じっていた。



本棚   TOP